第一話 仲間 9.仲間
バタバタと廊下を走る足音が朝の学校に響く。
それが自分の背後にまで迫ってきたと思った瞬間、肩を軽くはたかれた。
「緑川、おっはよー!!」
「なっ!」
私に大声で声をかけてきた後、走ってきた勢いを少しも緩めることなく赤木は教室へ向かって走り去った。
あいつ、昨日白田から話を聞いてないわけ!?
いや、聞いてても忘れてんのかも。赤木ならありうる。
でも、そうじゃなかった。
「おい!翔!カバン忘れてるぞ!!あ、緑川おはよう。」
いつも通りの爽やかな笑顔で赤木を追って青山が通り過ぎる。
「・・・・・。」
「よぉ。今日もブサイクだな。」
そしていつもの通り、失礼なことを言って桃井が私を追い抜いていく。
何で?
そして、驚き言葉の出ない私の隣にいつの間にか黒沢が並んで歩いている。
まさか、と思いつつも黒沢を見上げると、
「おはよう。」
「・・・・・・・。」
黒沢まで。
黒沢も私を追い越して行ってしまう。もしかして、白田は誰にも昨日の事を話さなかったのだろうか。
「緑川!」
呼ばれて振り向くと、そこには笑顔の白田が立っていた。
「おはよう。」
驚きで思わず足を止める。すると白田がこちらにゆっくり歩いてくる。
「体は平気?僕はあちこち筋肉痛でさぁ・・。」
そして、白田が目の前まで来た時、思わずその肩を掴む。
「ねぇ?ちょっとどうゆうこと!?皆に話してないの?」
「話したよ。」
「え?・・・じゃあ、何で?」
白田は変わらず笑顔だ。
「あの話を聞いたからって、僕達がそれに従う理由はないだろ?」
「は!?」
「ホラ、早く教室に入らないと遅刻だよ。」
白田の言葉が終わると、すぐにチャイムが廊下に鳴り響いた。
隣で嬉しそうに詩織が笑う。これじゃあ、話し掛けるな、なんて言う事は出来ない。
もしかしてこれも計算の内なんだろうか。
なるべく会話をしないよう努める私の横で、青山、赤木、詩織の三人は昨日の体育祭の話で盛り上がっていた。
青山が私に声をかける。だけど、私は窓の外を見たまま目を合わせないように答えた。
「緑川は?」
「何?」
「今の話聞いてなかった?筋肉痛。どこかなってない?」
「・・ない。」
「嘘つけ!」
突然、腕を掴まれたと思ったら赤木だった。
私は驚いて思わずそちらを見てしまう。
「ちょ!何、いたっ!」
「ほら、痛いんじゃん。」
「ばか!赤木が引っ張ったからでしょ。」
そこまで言って我に帰る。このままじゃ赤木のペースだ。
「俺らが筋肉痛なってんのに運動してない緑川がなってないわけないじゃん!」
「昨日は大して動かなかったからだよ。…トイレ行ってくる。」
「緑ちゃん。次移動教室だよー。」
「ごめん、詩織。先に行ってて。」
トイレの鏡に向かって溜息をつく。
まさかこうくるとは思ってもみなかった。下手に反発して詩織に怪しまれる訳にはいかないし。かと言ってこの状態を彼女達が見逃すとは思えない。
これじゃあ四面楚歌だ。
* * *
「それじゃあ席が近い人とペアを組んで、お互いの顔を写生して。この時間中に提出すること。特に女子同士でペアを組むと変に遠慮した絵になるから、できるだけ男女ペアで組むように。」
美術の時間。どうやら今日は人物画の授業らしい。
先生の言葉に私は嫌な予感がする。
席が近い・・・。
「緑川。」
後ろから声がかけられる。逃げる間もなく掴まってしまった。
まぁ、黒沢なら大丈夫か。
私は潔く振り返った。
「すごい下手だけどいいの?」
「関係ないだろ。」
「黒沢の顔が不細工になっちゃうじゃん。」
「関係無いよな?」
「本人に影響したりしてね。」
「・・・お互い様だ。」
周りがペアを組み始め、美術室内が騒がしくなる。独特の騒音はまるで不透明の壁の様で、クラスメイトと私達が遮断された気分になる。
そのせいか、私は何となく先程までの警戒が溶けて、黒沢と言葉を交わしていた。
黒沢の顔を見ると目が合う。当たり前だ。お互いを見合っているのだから。
私は黒沢に見られる事を急に意識してしまい、スケッチブックから顔を上げられない。
「それだと描けない。」
「勘で描けば。」
「お前も描けないだろ。」
「勘で描くよ。」
「・・赤木呼ぶぞ。」
「あ!何それ。ずるい!」
あ・・・。
思わず顔を上げると目が合った。今度は顔を下げられずに、黒沢の顔を見つめてしまった。
黒沢が微笑んでいたからだ。耳が熱くなる。
「・・ハメたな。」
「人聞きが悪い。お互いの美術の成績の為だ。」
「あそ。じゃあせいぜい美人に描いてよ。」
「努力する。」
「しなくていい。」
どんな風に、私は見えてるんだろう。それがちょっと気になった。
真っ白な紙の上にBの黒い鉛筆で線を引く。いくら引いてもこれが黒沢になるとは思えない。
黒くて短い髪。薄いレンズの眼鏡。その下にあるあまり大きくない目。太い首に体格のいい体。白いシャツがとても似合っている。
背が高いから足も長い。足のサイズもでかい。
その体格には似つかわしくない落ち着いた優しい声。
頭の中が、目の前の黒沢の事で一杯になる気がして、私は目を逸らした。
「よう。緑川。」
「桃井最悪。」
「俺に当たるな。」
「・・・・・何か用?」
「嫌がらせ。」
「最低。」
「光栄だな。」
「悪趣味。」
「それはドSに言えよ。」
「誰?」
「分かんねーの?」
「知らないよ。」
「鈍いな。」
「五月蝿いな。」
「あいつ怒らせると怖いぜ。」
「・・あ、分かった。白田だ!」
「遅い。最初に白田に話したのは人選ミスだったな。」
「・・・・・・・。」
「周りの女共はどーだ?」
「・・・・。最悪。」
「そりゃ残念だな。」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに桃井がそう言った。
桃井なら私が困っているこの状況が楽しくて仕方が無いに違いない。
昼休み。一人になれるだろうと思っていたのに、まさか図書館にまで来るなんて。
私は思わず周りを見渡した。しかし、あの時の彼女達の姿はそこには無かった。それを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
結局今日一日一人にはなれなかった。
目の前の桃井を見る。
いつの間にか手にしていた本をペラペラを捲っている。どう見たって本の内容に興味があるようには見えない。
ということは、本は此処に居る為の言い訳なのだろう。
どうする事も出来なくて、私は再び本に目を落した。
声をかけられたら終わりだ。
そう予感していたからこそ、ホームルームが終わると共に急いで教室を出て来たのに。
「緑川。」
信じられない事にすぐ後ろから声がかかる。無視出来ないその声に恐る恐る振り向く。その先にいたのは予想通り黒沢だった。
なんで追い付かれたんだろう。これだけ身長差があるなら、一歩の距離が違うからだろうか。
隣に並んで歩き始める黒沢の横顔を見上げる。すると頬に汗が垂れた。彼は無意識にそれをシャツの袖で拭う。それだけの動作に私は目が離せなくなる。
私の目線に気付いて、黒沢がこちらを見た。
「何?」
「もしかして、走って来たの?」
「・・・緑川が歩くの早過ぎるからだろ。」
その一言に涙が出そうになる。
黒沢は何も言ってない。私の為だなんて一言も言ってない。それなのにどうして、こんなに泣きたくなるんだろう。
本当は分かってる。皆が私の為にしてくれてるんだって分かってる。
それ以上黒沢の顔を見る事が出来なくて、私は顔を逸らして歩いた。
その後はまともに目を合わせる事のないまま、ぽつぽつとたわいのない話をして家に帰った。
* * *
皆の行動の理由は分かる。常に皆が居てくれれば私が何かされる事が無いだろうと、考えてくれているんだと思う。
でも、
「緑川?」
翌日のお昼休みに屋上に来ると、すぐに後から階段を上がってくる足音が聞こえた。
そちらを見ずに待っていると、ドアを開けて眩しそうに目の上に手のひらで庇を作って現れたのは白田だった。
私は名前を呼ばれて初めてそちらを振り返る。
屋上の手すりを握る右手に自然と力がこもった。
「私、あの時白田に言ったよね。」
「え?」
突然の私の言葉に、白田は少し驚いた表情を見せる。
「皆と口利かないってタンカ切ってきたって。」
「うん・・。」
「喧嘩売ったのは私の方なんだよ。」
「・・・・。」
「だから、もういいから。」
「緑川!」
そのまま白田の方を見ずに、私は屋上を出た。
全身に寒気がしたのは温かい日向から急にひんやりとした日の当たらない校舎の階段に入ったからに違いない。
前を見る。
これは私の問題なんだ。
だから、守られたんじゃ意味がない。
私は、私の力で皆の側にいる資格を勝ち取らなきゃ意味がない。
だから、私はあの時あの子達の前で戦う事を宣言したんだ。
「緑川さん。」
掛けられた声に振り向くと、渡り廊下に立っていたのは案の定、体育祭の時に私を呼び出した三人だった。
「あんた、あの時言った事守ってないじゃない。」
不愉快さを前面に出して言う彼女達に私は肩を竦めて見せた。
「だってあいつら私の言う事きかないんだもん。」
私の言葉に、真ん中に立っている子が更に機嫌を悪くする。
「何それ?そんな言い訳通じると思ってるの?」
「本当のことだもん。仕方ないじゃない。私からは一言も声を掛けてないわよ。」
「そんなの屁理屈よ。」
「そっちの言ってる事だって結局は屁理屈じゃない。皆が、なんて言ってるけど、単に自分達があいつらと仲良くしたいだけでしょう?だったら勝手すればいいよ。私は別にあいつらに彼女ができようが、何しようが関係ないし。むしろ応援してあげるよ。」
反論する言葉が出てこない様で、彼女は握った拳を震わせた。両隣の二人も口は出してこない。
「もういい?」
やはり返事が返ってこないので、私はそれを待たずに踵を返した。
翌日の朝。教室に入ると皆が何かざわついていた。いつもと違う雰囲気に、何があったのかと思って席の方へ行くと、私に気付いた詩織がらしくもなく不安げな声で私を呼んだ。
「緑ちゃん・・・、これ・・」
直ぐにその原因が目に飛び込んでくる。私の机の下に教科書などの荷物が散乱していたのだ。
書きかけの古典のノートには殴り書きのような字で、嘘つき、と一言大きく書かれていた。
誰かが先生を呼んできたようで、担任が教室に入ってくる。
先生も驚いて私を見た。
「緑川、これどうした?」
そんな事聞かれるまでも無い。犯人も分かってる。
なら、やる事は一つだ。
「心当たりあるのか?」
私は横の先生の顔を見た。
「あります。」
教室が騒然となる。
「なので、先生の介入は要りません。話しつけてきます。」
「え、あ、おい!緑川!!」
私は直ぐに教室を出る為に駆け出した。すると教室の出入り口の横に白田が立っている。
白田は何も言わずに、そこから出ようとする私に右手を差し出した。すれ違いざまに私も手を出すとそこには小さな紙が渡される。
廊下へ出て直ぐ紙を開くと、そこには私の知らない三人の女子生徒のクラスと名前が書かれていた。
あの三人に違いないだろう。
(さすが、白田。)
そういえば白田は彼女達の顔を見ている。
いつの間に調べたんだろう。
(後でお礼言わなきゃな。)
私は授業が始まる前の三人の教室へ入った。
直ぐに彼女達を見つけると、目の前まで言って声を掛けた。
「おはよう。吉村さん。坂口さん、早瀬さん。」
彼女達は自分達の名前を呼ばれて一様に驚いた表情を見せた。
「ちょっといい?」
いつも三人の真ん中に居て私につっかかって来た吉村さんもさすがにクラスメイトの前では何も言えないようで、有無を言わさず教室の外へ連れ出すことに成功した。
直ぐに私は持っていたノートを広げて彼女達に見せる。
「これ、あなた達がやったの?っていうか、あなた達ぐらいしか居ないんだけど。」
すると坂口さんと早瀬さんは怪訝な表情で首を振った。
そして吉村さんを見る。
私も何も言わない彼女を見た。すると彼女は下を向いてどうするべきか頭を回転させているようだった。
彼女の顔は自分がやりました、と書いてあるも当然の表情で一杯だった。
「玲子ちゃん、こんな事したの?」
早瀬さんが栗色のウェーブ掛かった髪を不安そうにいじりながら、真っ先に吉村さんにそう言った。
吉村さんは信じられない、といった表情で早瀬さんを見返す。なんて事を口にするんだ、と。
元々目尻の上がった顔をした吉村さんが怒りの表情を見せると迫力がある。
その迫力に押されたのか、早瀬さんは「あ、ごめん。」と小さく言って後ずさりした。
でも、そんな事私には関係ない。
「吉村さんがやったの?」
吉村さんがはっ、として私を見た。
けど直ぐに目を逸らし、後の二人をちらちら見ている。
あくまでこんな状態でやり過ごす気だろうか。
「実はクラスの子が先生を呼んじゃって、うちの担任がこれ見ちゃったの。」
吉村さんはビクッと肩を震わせ、聞こえるか聞こえないか位の微かな声で「えっ」と漏らした。
明らかに「まずい」という表情に変わる。
「だから私は教室に戻ったらこの事を先生に説明しなきゃいけないの。けど、あなたがやったって今認めるなら、先生には上手く説明しておくよ。騒がれるのは私も好きじゃないし、うちの担任は口煩いけど話は分かるから。あなたの名前も出さない。」
私がそう言っても彼女はしばらく黙ったままだった。
廊下には各教室から漏れる生徒達の声が響く。
しかし、彼女達のクラスの人達はそろそろ私達の様子がおかしい事に気付き始めているようだった。
ちらちらとこちらを伺っている生徒の姿も見える。
それに、朝のホームルームが始まる時間になればそれぞれの先生達もこの廊下を通る。
そうなれば、私は教室に戻って担任に全て話す事になる。
私はスカートのポケットから携帯を出して時間を見た。
「後5分なんだけど。」
「・・・・。」
吉村さんは完全に下を向いてしまった。だが、何とか声を絞り出した。
「・・私がやったわ。」
「そう。分かった。」
それだけ聞けば十分だ。
私はすぐに教室へ戻った。吉村さんが何か言おうとしたのが背中越しに分かったけど、声を掛けられなかったので振り返りはしなかった。
その後、教室に戻ると私の机はすっかり片付いていて、通常通りホームルームが始った。
けど、やっぱり終わりには昼休み職員室に来るように先生言われた。「もう解決したんですけど。」と、言ってみたけどやっぱり駄目で、「どう解決したのか報告に来い。」と言葉を返された。
私の机を片付けてくれたのは詩織と皆だった。
私はお礼を言ったけど、その場でそれ以上は皆何も聞いてこなかった。
昼休みは約束通り先生の所へ行って、当事者の名前と原因以外については全てしゃべった。すると案外あっさり先生は引き下がっってくれた。
ただ、「次に同じ事があったら絶対に首突っ込みに行くからな。」と言われた。
私の担任は意外とまともな先生だったらしい。
* * *
「お疲れ。」
放課後。帰り支度をする私にそう声を掛けてきたのは白田だった。
「あのメモ助かったよ。いつ調べたの?」
「体育祭が終わってすぐ。」
「え!そんなに前から分かってたの?」
「まぁ、知らない人の顔なんて時間が経てば忘れちゃうから、すぐやんないとね。」
「・・・色々とありがとね。」
「色々って何の事?」
「え?」
「僕は緑川にお礼を言われるような事は何もしてないよ。」
「白田・・・。」
「それより謝って欲しいんだけど。」
「へ!?」
白田が笑顔でとんでもない事を言う。
それに驚き、二の句が告げないで居ると、桃井も入ってきた。
「その為に今まで苦労したんだもんな。」
「は?」
「と言う訳で、お前この後強制連行だから。」
「え、何?どういう事?」
白田がいつにも増して柔らかな笑顔で私に微笑む。
「この前皆でファミレス行った時、緑川来なかったでしょ。同じ店に今日の放課後皆で集まる事になってるから。」
「えぇ?なんで??」
「強制だって言ってんだろ。つべこべ言わず、さっさと来い。」
そう言って、桃井が私の鞄を持って教室を出てしまう。
「ちょっと待ってよ!」
そこに白田から声が掛かる。
「緑川。」
私は嫌な汗が首筋を伝うのを感じながら、恐る恐る白田を振り返る。
「・・何?」
「そこで、皆に謝って貰うからね。」
「・・・・・。」
白田の満面の笑み。
私は彼の笑顔に初めて寒気を覚えた。
「真に申し訳ございませんでした。」
ファミレスのテーブルに額が着きそうな勢いで私は謝罪の言葉を口にした。恐る恐る顔を上げると、私の席の正面には白田が座っている。
「緑川。」
「はい。」
私は親に説教されているような気分で、背筋を伸ばした。正直、内心は何を言われるのかハラハラしっぱなしだ。
「もしかして皆に迷惑掛けた、とか思って謝ってない?」
「え・・・。そうだけど。」
何が違うんだろう。
私の答えに白田は大袈裟な程大きな溜め息をついた。
そこに白田の右隣に座っている桃井に「バーカ。」と言われた。いつの間に頼んだのか、手元にはコーラのグラスが握られている。
その更に横では赤木がタッチパネルでフライドポテトとカレーを注文していた。
何この状況・・。
混乱中の私に次に声を掛けたのは青山だった。
「どうして、何も言ってくれなかったんだよ。」
「え?」
「今回の事。原因が俺達じゃ仕方ないかもしれないけど、でもあんなやり方ないんじゃないか?」
「あ・・・・・。」
つまり、私が話しかけるなって言った事に対して怒ってるって事?
「売り言葉に買い言葉というか・・、勢いで約束しちゃったし。ごめん。」
「それじゃあ、まだ30点。」
「えぇ?」
白田からまた指摘を受ける。私は他にも皆に酷い事をしてしまったのだろうか。
「緑川~。早くしないと白田は怖いぞ~。」
赤木が茶化してくるが、でも私はそれ所じゃない。本気で悩んでいると、隣に座っている黒沢から溜め息が一つ。
「緑川は何でも一人でやろうとし過ぎだ。白田が言いたいのはそこだよ。」
「そーそ。こんなに俺達頼れるのにね~。」
「赤木なんかやったっけ?」
「ヒデー、桃井よりは頑張ったよ!」
「翔、そう言う事は口に出すものじゃないだろ。」
「広樹は緑川に怒られるんじゃないかって、ビクビクしてたもんな~。」
「翔!」
「俺は緑川より白田の方がヤバかったけどな。」
「桃井に怖いものなんてあったんだ。」
「お前ぜってぇタチ悪いよな・・。」
いつものように皆が笑う。
目が熱くなる。涙が出そうになって、両手を握り締めた。
あの子達の言う通りだよ。私なんて名前がきっかけなだけで、皆に何かしてあげた訳じゃない。それなのにどうして?
何で皆こんなに優しいんだろう。
「なんて顔してるんだ。」
頭の上に乗せられた黒沢の手の暖かさに、涙腺が緩んだ。
ずるい。
涙をこぼす事はしなかったけど、視界が涙で歪んだ。
「・・ごめん。」
やっとの思いで搾り出した一言は、震えていてかっこ悪かった。
第一話 仲間 END