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第一話 仲間 2.勉強

  本鈴のチャイムが鳴った。

 担任の先生が自分の担当教科である数学の教科書を持って入ってくる。教室に入って、教壇に立った先生の顔はいつものやる気の無いものとは違い何だか厳しい顔つきをしている。


「あーっ、この間やったテストを返すぞ。成績番号順に取りに来い。」


 教室がざわついた空気になる。テストというのは一昨日やった抜き打ちテストのことだ。

 全ての答案用紙を返却した後、いつもならここでテストの解説が始まるのだが、先生はそれを中々始めない。

 すると先生はとんでもない事を言った。


「今返した回答の間違っている所を直して明日までに再提出しろ。」


 教室中から不満の声が上がったが、恐ろしいのはそれだけではなかった。


「後、今回点数の悪かった赤木、緑川!お前等はそれと俺の特製問題プリントを追加だ!」

「げっ。」

「えーっ。」


 私は思わず声を漏らしたが、それよりもはるかに大きな声で赤木が叫んだ。


「ひどいっすよ、先生。なんで俺らだけなんすか!!」


 目立つのが大好きな赤木らしく、席から立ち上がってオーバーリアクションを取る。

 それを見てクラスメイト達は笑っていたが、よりにもよって赤木と同じレベルであると言われてしまった私が笑える訳もなく、顔が引きつった。


「点数が悪かったって言っただろ。いいから早く取りに来い!授業が始められないだろ。」


 赤木は相変わらずふざけた様子で、私はしぶしぶ教壇まで行ってそのプリントを受け取った。

 そしてプリントを見て更に顔が歪む。


「こんなに?」

「たいした量じゃないだろ?」


 私の呟きを聞き逃さなかった担任は意地悪にもそう言ってのけた。

 だが、プリントに載っている問題の数は約30問。こんなの地獄だ。大体明日までに終わる筈無い。


「明日までじゃなきゃ駄目ですか?」

「駄目。」


 一縷の望みをかけて言ってみたが一刀両断された。

 こんなの出来る訳がない。

 思いっきり肩を落とす私と、さっきから私の横で不満を言いまくっている赤木の様子を見て、担任はまた爆弾を落としてくれた。


「じゃあ、青山、黒沢。お前等こいつらの勉強みてやれ。」


 思いもかけず名前を呼ばれた二人は、びっくりして先生の顔を凝視する。


「えっ、なんで?」


 驚いているが何も言わない黒沢に代わり、思いっきり嫌そうな顔をして青山が先生に聞き返す。


「この中でお前等が一番数学得意だろ。何よりお前らは同じレンジャー仲間だ!仲間が仲間を助けるのは当然だろう。明日までに提出できるように面倒見てやってくれ。因みにこれ、拒否権無いから。」


 一方的な教師の言葉にクラスメイトは面白がる人がほとんどだったが、一部の女子は明らかに不満そうな顔だ。

 黒沢はともかく赤木と青山は女子に人気がある。赤木の事は面白がっているだけの女子も居るだろうが、青山は本命狙いだ。


 ほんと、私はこの担任ととことん相性が悪いらしい。

 ついてない。






 放課後、私は先生の命令も気にせず、飄々と帰り支度を始めている黒沢に声をかけた。そうしなければ、絶対に黒沢は帰っていただろうから。周りの目(特に女子)を気にして私は青山に教えてもらうのは絶対止めようと決めていた。

 案の定、一部の女子は厳しい目で私を見ていたが、相手が黒沢だと分かると安心したのかすぐに教室を出始める。それを確認して、私はほっと胸を撫で下ろした。


「大変だな。」

「えっ。」


 その様子を見ていたのか、黒沢がそう声をかけてきた。

 意外と人の事見てるんだな、とか思いつつ、私は黒沢の机の前で「よろしくお願いします。」と言って座った。

 隣ではそのやり取りをしばらく見ていた青山が、そそくさと部活に行こうとする赤木を急いで捕まえる。


「お前、何逃げようとしてんだよ!」

「逃げてなんかないって、ちょっとトイレに」

「嘘付け!なんで鞄持っていく必要があるんだ!」


 そう言って青山は赤木を無理やり席につかせ勉強を始める。やっぱり青山は赤木の世話係だ。

 赤木は不満そうな顔で抗議する。


「そんなに怒んなくてもいいじゃんか。」

「ばーか、お前が明日までにこれが解けなきゃ俺の責任になるんだぞ。」


 その言葉を聴いて、赤木は急に笑みを広げる。明らかに何か悪巧みを思いついた時のいたずらっ子の顔だ。

 そして急に小声になって周りに聞こえないように青山にささやく。


「そんなこと言っちゃって、緑川が黒沢の方に行っちゃったのが気に入らないんだろ。」


 それを聞いて青山は顔を真っ赤にして赤木の頭を掴む。


「何言ってんだよ、お前!ふざけんな!」

「いててててっ、痛いって!いいじゃんか。本当の事だろ!」

「うるせぇ!」


 隣で何やら騒いでいる声を聞き流しながら、私はわけの分からない問題に悪戦苦闘していた。

 問題が解けないのはもちろんなのだが、目の前に黒沢が居ることに予想以上のプレッシャーを感じ、中々手が進まない。

 自分で考えもせずに黒沢に答えを聞くのは恐い気がして、何とか自分で答えを出そうと私は教科書を睨みながら回答を埋めていく。


 そうして20分程たった頃、初めて黒沢が口を開いた。


「・・って。」

「えっ?」


 微かな声を聞きつけて、私は顔を上げた。

 すると、黒沢は声をかけたことを後悔するように、遠慮がちに話し始めた。


「あぁ、いや・・・。緑川ってそんだけ勉強する姿勢はあるのに、何でテストでこんな点数取るんだ?」

「・・・・勉強してるのは今だけだよ。自分の成績が悪いだけならいいんだけど、さすがに他人を巻き込んじゃったことには責任感じちゃってさ。」

「・・・そうか。」


 私はふと窓の外に眼を向ける。

 そこから見えるサッカー部の練習風景の中にはよく知った顔があった。それはさっきまで同じ教室で勉強していたはずの赤木だ。

 いつの間に抜け出したのだろうか。少なくとも問題が解き終わったわけではないことは確かだ。

 いや、私がそう思いたいだけなのかもしれないけど。


「赤木は大丈夫なのかな?毎日勉強せずに部活ばっかりだけど。」


 私がそう言うと、黒沢の返事の声が雰囲気を変えた。


「さぁな。」


 それがまるで怒っているように聞こえて、どうしていいか分からず、なんだが罪悪感が募る。

 思わず私は黒沢に謝っていた。


「・・・・ごめんね。」

「何が?」

「つき合わせちゃって。」

「別に。俺は部活なんかやってないからな。」


 目線を合わせないまま、黒沢は気を使った声でそう言った。


「じゃあ、ありがとう。」

「・・・・・・。どういたしまして。」


 顔を外に向けたまま彼が言った。その仕草に、私はそれ以上余計なことを言うのは止めた。

 だが、黒沢の一端が見えた気がして、何だが気分が良い。これはきっと、照れ隠しだろう。それを顔に出せば黒沢は良くは思わないかもしれないと、私は口を閉じた。


 そこからは話しかけるタイミングを失って、気まずさを隠すようにノートの上の数式に集中した。


 しばらくしてその手が止まった。その理由は勿論、問題が分からなくなったからだ。


「2xyをXとして式を直す。」


 そこを見計らってか、絶妙のタイミングで黒沢が助言する。

 見てないようで良く見てる。面倒見が良いのかもしれない。ノートから目線を上げないまま思った。もしかしたら私の目の前で小説を読んでいるのも、私が気にならないように無関心を装ってくれているのかも、と。


 そこから余計なことを言わずに、計算を続ける。


 2分後。


「あっ。」

「どうした?」


 間の抜けた顔をして私は顔を上げ、黒沢を真っ直ぐに見た。その口は開いたままだ。

 彼は言葉を待った。


「終わった。」


 喜ぶ私の答えに、彼は簡潔に答えを返す。


「良かったな。」


 

その言葉を聞いて私は表情が緩んだ。


「ありがとう。」

「・・・まだ全部が済んだ訳じゃないだろ。」


 少し感情を抑えた声でそう言うと、黒沢は私のプリントを手にとって答え合わせを始める。


 彼が自分の回答をチェックしている間、私は一度伸びをして再びグラウンドを見た。そこにグラウンドを走る青山の姿を見つけて驚いた。さっきまであんなに赤木に勉強しろと言っていたのに、青山も部活に出ているのだ。

 青山も赤木と同じ部活馬鹿って事か。二人の動きを目で思いながらそんな事を思っていると、静かに答案が私の方向に向けられて机の上に置かれた。


「3と17、19、25、29、30が間違ってる。」

「えっ・・。」

「解き方は合ってる。後は単純な計算ミス。」


 その言葉に、私は少なからず安堵した。ここまでやって問題の解き方そのものが間違っていたなら堪らない。


「できるんじゃないか」

「へ?」

「数学。30問中24問解けるなら十分だろ。これだけできれば今までのテストも解けたはずじゃないのか?」


 彼の疑問に答えるのに、私はしばらく考えなければならなかった。

 でも彼が言うと、どこかの教師の様に説教しているようにも嫌味を言っているようにも聞こえないから不思議だ。


「あんまり、興味持てなくて。数学って。」


 私が正直に感想を言うと、なんて言ったらいいだろう。ちょっと黒沢の顔に隙の様なものが見えた気がした。

 そして彼は私の答案に目を落とす。


「そうか。」

「黒沢は好きなの?数学。」


 単純に思った疑問を口にしたら、意外にも黒沢は少し考える仕草を見せた。

 そんな難しい質問だろうか?


「・・音楽よりはマシ。」


 私はその時どうしてだか分からないけど、小さな子供が「ピーマン嫌い。」と言うのを聞いたかのような錯覚に陥った。

 それが黒沢にちっとも似合わなくて、体の奥から笑いがこみ上げてくる。

 ここで笑ったら失礼かもと頭の片隅で思いつつも、私は笑いの発作を抑えることができなかった。

 下を向き、口を手で押さえて声を押し殺す。だが、やっぱり笑い声は外に漏れてしまった。

 突然私が下を向いた事に黒沢は一瞬驚いたようだったが、しばらくして目の前で俯いた私から小さな笑い声が聞こえてきて更に驚いていた。

 そして驚きの表情は憮然としたものに変わる。


「そんなに笑うことか?」

「ご・・・ごめ。そうじゃなくて・・・・。」


 謝りながらも止まらない笑いに、私は隠すのをやめて顔を上げた。すると眉間に皺を寄せた黒沢の顔が視界に入る。


「ごめん。」


 私がもう一度謝ると、黒沢は小さな声で「もういいから。」と言った。けどその顔は、やっぱり納得がいかないようだった。

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