第一話 仲間 6.噂(1)
四人で動物園に行った翌日。
詩織は私の予想外の言葉を口にした。
「ねぇねぇ。赤木君って緑ちゃんのこと好きみたいだよ。」
「えぇ?なにそれ、本人が言ってたの?」
「ううん。本人は否定してたけど、あれは絶対そうだよ。」
「あはははっ、そうなんだ。」
適当に誤魔化して話を通過する。
この手の噂は信じないようにしているが、信じないと言ったら詩織は絶対気を悪くするからだ。
でも、私はそれをとても後悔することになる。
数日後にはあっという間にその話が噂になっていたのだ。
* * *
「はぁ。信じらんない。」
放課後。机につっぷしたまま溜め息をつく。
なんでこういう噂は否定しても信じてもらえないんだろう。
否定しても無駄なら噂に対して当人は完全に無力じゃない。そんなのおかしい。
自分のことなのに。
私は最近クラスで流れている赤木と私の噂について、もう正直イライラしていた。
なんとなく赤木もそのことを気にしていて、申し訳ない気分になる。だって、その噂の元は詩織に間違いないからだ。
あの時ちゃんときっちり否定していたら、こんな事にはならなかったのかな。
今更どうしようもないと分かっていても、そんなことばかり考えてしまう。
赤木が私を責めることはないだろうけど、その代わり謝ることも出来なくて私の気持ちはもやもやしたままだった。
それに、詩織は赤木と私の事を話すと同時に、自分が青山と遊びに行った事を嬉しそうに皆に話していた。
本当は、詩織は皆に自分達の事を聞いてもらいたいだけなのかもしれない。
私達の事はついでのようなもので、青山と遊びに行ったのが本当に嬉しかったし、青山を好きな子達にアピールしたかったのかも。
(それにしたって・・・)
赤木はお調子者だし、子供っぽいけど、あの明るくて前向きな性格を好きな子だっているだろう。
赤木のサッカー部を遠巻きに見ている女子がよくいる事は知っている。そんな子達があの噂を聞いたら、私の事をどう思うんだろう。
もう一つ溜息をつく。同時に教室のドアが開く音がした。
「何やってんだ?」
「桃井。」
「やる事無いなら早く帰れよ。」
「桃井は?部活?」
「そ。」
「何部だっけ?」
「茶道部。」
「茶道!!」
「何だよ。」
「へぇー。意外。なんで茶道部入ったの?」
「うるせぇな。なんだっていいだろ。」
「もしかして、可愛い子がいるからとか?」
「・・!!」
「あー、ビンゴ!?」
「うるせぇ!さっさと帰れ!」
「はーい。頑張ってね。ちゃ道部。」
「ちゃ道っていうな!気色悪い!」
鞄を取って、教室を出て行く桃井に私はヒラヒラと手を振った。
桃井はかなり怒りっぽいが、最近はすぐ大きな声を出す所や口が悪いのも、可愛いと言われるのが嫌で、男っぽく見せようとしているからだと分かってきた。
そうと知れば彼の嫌味の数々も不快には感じない。
それに、
(いいこと知っちゃった。)
きっと桃井は恋愛の話なんてクラスでしないだろうから、茶道部に好きな人がいるなんて事も誰も知らない筈だ。
(もう付き合ってんのかな?今度聞いてやろ。)
さっきまでの気分もふっとんで、私も帰宅しようと席を立つ。
「あれ?」
鞄のポケットに入れていた携帯がいつもと違う事に気づいた。よく見ると、ストラップが無くなっている。
(取れちゃったのかな?)
ストラップなんて安物だし、金具が外れたり歪んだりしてなくなってしまうのは良くある事だ。けど、紐ごとまるまる無いなんて、そんな事あるものだろうか?
(買ったばっかりだったのに・・・。)
動物園に四人で行った時、赤木がお土産屋で見つけたストラップだった。
パンダが色々な色の服を着ているやつで、赤木はカラーレンジャーの皆の色を買って、おそろいで付けようと言ったのだ。
私も青山も面白がってそれにのった。皆にお土産って事で買って行って、翌日あげたのだ。
案の定、ピンクのパンダを渡された桃井は嫌がっていたが、赤木の勢いに押されて渋々つけていた。
パンダは元々白黒なんだから、白田と黒沢のはパンダはあんまり変わらなくてつまらない、とか赤木が言ってたっけ。
でも黒沢がパンダをつけているだけで、十分インパクトは強い、とか白田が言って皆で笑った。嫌がるかと思ったけど、黒沢はそんな表情も見せずに一言お礼を言って受け取ってくれた。
(かわいかったのにな・・・。)
残念ながら、私の緑パンダは何処かにいってしまったみたいだ。
鞄や机、ポケットの中も見たけど駄目だった。
確か今日の朝は付いていたと思うんだけど。いつの間に取れてしまったんだろう。