第一話 仲間 5.動物園(5)
「うわ!!」
べちゃっ、と不快な音がする。嫌な予感がして頭を触ると指に音と同じ感触がした。
「げ!」
「赤木!大丈夫?」
それが何か理解すると、俺は目の前の檻に両手でしがみつき、さっきまで俺の前にいたオラウータンを睨みつける。
するとさっさとそいつは逃走に移っていた。
「テメー!!」
俺が悔しさで歯噛みしているとその数秒後、俺に負けないくらいの大声で隣にいた緑川が笑った。
「あ、ひっでー!そこ笑うとこ!?」
「ごめ、だって、赤木、本気でオラウータン追い掛けそうな勢いだったから。」
笑いの発作はいつまでも治まらないようで、目には涙をうっすら浮かべている。
「檻さえ無ければ追い掛けたよ。」
「勝てる訳ないって。」
「山ではあいつらの方が速いかも知れないけど、平面なら俺が勝つね。」
「あははははっ!」
「信じてないな?」
「赤木のそういう所いいよね。」
「信じてないな?」
「うん。あ、どこ行くの?」
「頭洗ってくる!」
広場の横に手洗い場があったはずだ。俺はそっちに駆け出した。
「あ。」
頭を洗った後に気付く。そういえば、拭く物を持ってない。でも初夏の気候らしく今日は暑いし、
「ま、いっか。」
「良くない。」
声と共に白いタオルが降ってくる。
ん?っと声のした方を振り返ると緑川だった。
「おおー、準備いいな。サンキュー!」
「私が用意してる訳ないでしょ。ここの係の人に借りたの。」
「あ!その手があったか。」
「どーせ、拭く物あるかとか気にせずに頭洗っちゃったんでしょ。」
「すごい!なんで分かったんだ?」
「赤木の事知ってる人なら誰でも分かる。」
「すごいな、俺!」
「褒めてない。」
「なんか、緑川って広樹みたいだな。」
「・・・私もそう思うよ。青山も大変だよね。」
「そうなんだ!広樹は苦労してんだよ。」
「赤木が言う事じゃないでしょ。」
そんなやりとりをしていたら、いつの間にか広樹達が追いついていた。
「翔!何やってんだよ」
「広樹!聞いてくれよ!オラウータンに唾かけられた!!」
「・・お前なぁ、檻のとこに近付くと唾を飛ばすから注意って看板あっただろ。」
広樹の言葉に俺は緑川と顔を見合わせる。
「そうだっけ?」
「そうなの?」
「えー、なんで気付かないんだよ、緑川!」
「なんであたしのせいなの!」
「ふふっ、二人共おかしー。」
花田が笑う。理由はよく分からない。
「いいコンビね。」
その言葉に嫌そうな顔をしたのは俺と緑川だけではない事に、多分俺以外は気付いていない。