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番外編 初恋 (白田優 編) 4.メッセージ

 冬になると園芸部の花壇に植えている植物は何も無い。その為、冬休みに活動は無い筈だった。それなのに三学期の始業式の前日、園芸部の活動だからと三咲から連絡があった。

 冬休み最終日。僕が今、誰もいない学校のグラウンドを横切っているのはその為だ。校舎をぐるっとまわって裏庭へ行くと、雑草さえも生えていない花壇の前で三咲がしゃがんでいた。


「おはようございます。」

「あ、白田君。」


 三咲は白い息を吐きながら笑って立ち上がった。


「草むしりでもするんですか?」

「ううん。ごめんね。今日は何もないの。」


 呼び出されたのに何も無いとはどう言う事だろう。僕が問うように三咲の顔を見ると、困ったように微笑んだ。


 あぁ。そうか。


「留学、決めたんですね。」

「・・・すごいなぁ、白田君は。」


 僕の問いには答えていないが、それが何よりの答えだった。

 あぁ、なんだろう。頭は冴えていくのに、体は熱くなっていく。ダッフルコートのポケットに突っ込んだままの手のひらが汗で濡れて気持ち悪い。


「始業式で皆の前で挨拶する事になったの。春には産休とっていらした守山先生が戻ってくるし、三学期が最後。」

「・・そうですか。」


 いつもより自分の声が低くなっているのが分かる。


 どうして僕はこんな話を聞かなきゃならないんだろう。なんで三咲はわざわざ僕を呼び出してこんな話をしているんだろう。

 何故僕は、この話を聞きたくないと思っているんだろう。

 

「園芸部に付き合ってくれた白田君にはお礼しなきゃと思って。」


 三咲は白いコートのポケットから小さな小箱を取り出した。黄緑色のラッピングがされている。


「これ。」


 受け取ると、小さな割には重かった。


「園芸部にちなんだ物がいいかなと思ったんだけど、植物だと長持ちしないし、音楽教師っぽいものにしてみました。」


 ふわふわと三咲が笑う。全身を白いコートに包んだ三咲は雪のようで、このまま消えてしまいそうだった。

 僕は礼も何も言わずに包みを開ける。中に入っていたのは細かい彫刻がデザインされている木箱だった。更にその箱を開けると、ガラスの中に金色をした小さな細かい部品が緻密に組み立てられている。箱の右上には小さなレバー。それはオルゴールだった。

 僕は一度三咲を見る。彼女は「どう?」と言って笑う。その言葉にどう答えたらいいのか分からなくて、黙ってレバーを回した。金属のツメが弾かれゆっくりとメロディーが流れる。流れたのは僕の知らない曲だった。

 何か言わなくてはいけないのに言葉が出ない。こういう時、僕はいつもどうしていたんだっけ?


「白田君。」

「・・・はい。」


 手元のオルゴールが震える。これはきっと寒さのせいだ。


「私の我侭聞いてくれてありがとう。とっても楽しかった。」

「・・・・そうですか。」

「うん。」


 何か、何か言わなきゃならない。なんで、僕の口は動かないんだ。

 段々オルゴールから聞こえてくるメロディーが速度を落す。


 あぁ、まずい。これが止まったら沈黙になる。そうしたら、きっと三咲は帰ってしまうだろう。春になるまで園芸部の活動は無い。つまり、これが三咲との最後の部活になるんだ。


(僕は・・・)


 オルゴールが止まる。僕が顔を上げると、三咲はもう笑っていなかった。

 なんだよ。大人のくせに。そんな顔するなよ。なんでいつも笑ってる三咲が、泣きそうな顔をしているんだ。


「先生。」

「ん?」

「ありがとうございました。」

「うん。」

「これも、園芸部に誘ってくれた事も。」

「・・・・。」

「僕も楽しかったです。」

「・・・・・・。うん。ありがと・・。」


 三咲の目から涙が零れた。慌ててそれを手のひらで拭うと、三咲は照れ隠しに笑う。


 あぁ、笑った。良かった。


 僕達は握手を交わして、そのまま別れた。






 翌日の始業式では校長の挨拶の後、三咲の辞任が全校生徒の前で発表された。特に関心を示さない生徒も居れば、残念がる生徒も居る。三咲は女生徒から人気があったから、特に女子の落胆は大きかった。

 同時に山下の他の中学への異動が発表された。生徒達がその場で声を上げる事は無かったが、始業式が終わった後の廊下や教室はすごい騒ぎになっていた。特に男子の騒ぎようはすごかった。それは当然の事ながら小島と笠原も同様だ。

 実はその後、山下の異動の原因について様々な憶測が生徒達の間で流れ始めた。とっぴょうしのない噂もあったが、中には生徒達から没収した品を横流ししていた事も噂になっていた。

 僕の他にも気付いた生徒が居たのかもしれないし、あの時進路指導室の周りに居た生徒達に話が聞こえていたのかもしれない。

 でもまぁ、そんなのはどうでもいい事だ。


 短い三学期はあっという間で、園芸部という繋がりのない僕と三咲はただの生徒と教師だった。

 そんなの前からそうだった筈だけど、それでも僕の中では何かが区切りをつけた気がした。廊下ですれ違っても簡単に挨拶する程度で、三咲が以前のように僕に声を掛けることもなかった。



 桜の蕾が膨らむ頃、三咲が学校から居なくなって、やっと僕は失恋した事に気がついた。泣くことも嘆く事もなかった恋だったけど、僕の中に何かが残ったのは確かだ。今では堂々と、あれが恋だったんだと自分でも言える。


 どうしてあの時は気付かなかったんだろう。気付いたとしても何か変わったわけじゃないけれど。


 中学の卒業アルバムを捲ると、部活ごとの写真が載っているページがある。そこに園芸部の写真が掲載されている。僕と三咲のだけの集合写真。最初で最後のツーショット。

 写真の三咲は笑っている。僕は、多分笑っていない。


 彼女との思い出はこの写真と残されたオルゴール。

 あれから一度も鳴らしてはいないけれど。

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