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番外編 初恋 (白田優 編) 2.園芸部

「・・・。」


 僕は目の前の二枚の紙を見下ろした。一つは退部届。もう一つは入部届けだ。

 僕が所属している囲碁部で呼び出されて視聴覚室に集まると、顧問から部員達へこの両方が配られたのだった。

 囲碁部と言っても部員は三人だけで今までロクに活動もしていない。うちの中学は部活が必修である為、囲碁部は部活動が面倒な生徒が集まる場所だったのだ。もちろん囲碁に興味のある生徒などおらず、それは顧問も同様だった。活動するのは文化祭前の数日だけで、当日でさえ囲碁の歴史やうんちくを展示しているだけだ。

 そんなやる気の無い生徒の逃げ場だった囲碁部がとうとう廃部になる、と言うのが先程顧問から告げられた一言だった。あまりに活動をしない実態が問題になったのかと思ったがそうではなく、今まで顧問だった白石という教師が定年退職するかららしい。この際だから無くしてしまおう、という事なのだろう。

 他に楽な部なんてあっただろうか。目の前の入部届を見ながら思った。

 既に顧問は退室していて、二年生の部員の一人も顧問の話が終わると同時にさっさと視聴覚室を出ていた。同じ部員と言っても一年に数日だけ共に作業しただけの仲では別れを惜しむ気にもならない。

 もう一人の一年生部員は隣で「面倒くせぇ」とかブツブツ言っていたが、昼休み終了のチャイムが鳴ると席を立った。僕もそれに続く。

 さて、どうするか。






「どうだった?囲碁部。」


 授業間の休憩時間中、笠原がそう訊いて来た。僕は白紙の入部届を机の上に出して見せる。


「何コレ?」

「廃部になるから別の部に入れって。」

「マジで!まぁ、活動あんましてなかったしなぁ。楽で良かったのにな。」

「まぁね。」

「次どこにするか決まったのか?」

「全然。」

「やりたい事ないの?」

「無い。」

「そっか。パソコン部とか楽だって聞くけどなぁ。」

「あぁ。パソ部ね。まぁ、適当に楽そうなの考えとくよ。」


 チャイムが鳴るとそれぞれ生徒達が席に戻る。ガタガタと椅子の音が鳴って各々次の授業の準備を始める。

 僕は教科書を出す事も無く、しばらく入部届けを眺めていた。






「あ、白田君!」


 放課後、下校途中で後ろから声がかかる。顔だけで振り返ると昇降口から三咲がこちらに小走りで向かって来るのが見えた。仕方なく、僕は立ち止まり体ごと振り返る。

 三咲が自分の下に着く頃には彼女の息は軽く切れていた。息を整えながら顔を上げる。


「なんですか?」

「ごめんね。帰る所だったのに。実はね、囲碁部の事先生方に聞いたの。」

「・・あぁ。前にも言いましたけど、園芸には興味無いですよ。」


 三咲が苦笑する。用件を言う前に断わられればそんな顔にもなるだろう。


「やっぱり駄目かぁ。もう部活はどこ入るか決まった?」

「いえ。」

「でも園芸は駄目?」

「・・・・。」


 今の所入りたい部が無いのは確かだ。今から各部活を見学する気にもならない。だが、園芸という生き物を相手にする部なのだから、それなりに毎日世話もしなくてはならないのだろう。


「園芸部って何するんですか?」

「えーと、人数も少ないし、今の所は花壇の水やりと雑草取りくらいかな。」


 面倒くさい。分かり易く嫌な顔をして見せると三咲は慌てて早口になる。


「あ、でも水やりは朝だけだし家には早く帰れるよ。雑草取りも一ヶ月に1回だし。」

「・・名前貸すだけじゃ駄目ですか?」

「え?貸すって?」

「とりあえず部員が一人居れば廃部にはならないんでしょう。」

「うーん。さすがにそれは・・。」


 三咲が腕を組んで渋い顔をする。あまりこの教師には似合わない姿だ。


「あ、じゃあ、私と交代は?月水金が白田君で火木土が私が水やり。どう?」

「・・・。」


 なんだか入る方向で話が進んでる気がするが。

 だが週3で朝の数分水まきするぐらいなら苦労はない。この学校の花壇は二つだけでそれほど広くもなかったはずだ。僕の他に部員もいないのなら、積極的な活動もしないだろう。


「それぐらいで済むんだったらいいですよ。」

「本当!!」


 ぱっと三咲が笑顔を見せる。

 その表情の劇的な変化に、蕾が咲く瞬間はこんな風なのだろうかと、柄にもなくそんな馬鹿な事が頭に浮かんだ。






 朝、8時30分。僕は花壇の前でジョウロをかざしていた。中から細かく分かれた糸のような水が流れて植物を濡らす。朝の太陽に反射して光の粒が眩しかった。

 今日は園芸部で最初の活動の日。と、言っても水撒きだけだけど。


「じゃあ、後は片づけね。」


 そう言って三咲がジョウロ片手に立ち上がる。


「本当に水やりだけで大丈夫なんですか?」

「ん?」

「花の種類によっても養分与えたりしなきゃいけないものじゃないんですか?こういうのって。」


 僕が言うと、少し驚いた表情をした後に、三咲が笑った。


「大丈夫、大丈夫。植物も生きてるからね。そこまでしなくても意外と強いんだよ。」

「・・・そうですか。」


 世話が面倒なだけじゃないのか?こんなんで人を園芸部に誘うのだからたまったもんじゃない。


「花壇より鉢植えの方がいいやつとか、色々あるんでしょう?」

「白田くん。」

「はい。」

「もっと気軽でいんじゃないかなぁ。」

「・・・はい?」


 言葉の意味がさっぱり分からない。俺は怪訝な顔で三咲を見返した。


「植物が育って、花が咲いて。それを自分や周りの人が見て喜ぶ為に園芸ってあるんだと思うの。知識を詰め込んで正しく生き物の世話をする為だけじゃなくてね。」


(それはただの自己満足じゃないのか?)


 そう思ったが、口には出さなかった。

 普段は常識だの知識だの押し付けるくせに、自分の事になるとどうでもいいような事を正論として堂々と言ってのける大人には慣れている。別に好きで入った部でもないし、園芸のあり方について議論する気などサラサラない。

 僕は適当に相槌を打って片づけを始めた。




 

 * * *


 その日美術は屋外での写生だった。課題は学校。天気がいいので外に出るのは嬉しいが、漠然と学校と言われても何を描いたらいいのか分からない。

 僕は小島達と共に校舎裏に来ると題材を探してブラブラ歩いた。小島や笠原は早く終わらせて遊びたいらしく、意外に真剣に探している。すると、花壇の前で二人の女子が話しているのが耳に入った。


「ねぇ、この花なんだっけ?」


 反射的に花の名前が浮かぶ。


 シクラメン


 花壇への水やりは一日置きに当番を決めた筈なのに、三咲は僕が当番の日も何故か毎回顔を出していた。その度に花壇に植えてある草花の話をするものだから、園芸部に入って1ヶ月も経つと僕はすっかり草花の名前に詳しくなっていた。

 すると二人はこっちを振り返る。二人とも同じクラスで、当然スケッチブックを抱えている。どうやら花壇の花を描こうとしているようだ。


「今の白田くん?」


 そこで初めて僕は花の名前を声に出していた事に気がついた。自分では心の中だけで呟いたつもりだったのに。


「お花詳しいの?」


 すると僕が答えるより先に、小島が僕の肩を抱いてでかい声を出した。


「あぁ!こいつ園芸部だから。」


 嬉しそうな顔を見ながら、耳元で大声を出された事に僕は顔をしかめた。だが口は挟まない。どうして小島が急にテンションを上げたのか、その理由を良く分かっているからだ。

 僕に話しかけてきたクラスメイト、堀川はうちのクラスで一番可愛いと評判の女子。そして小島の片思いの相手だ。

 好きな相手へのダシに使われるくらい構いやしないが、いつまでも肩を抱かれたままでは気持ち悪い。そう思い小島を見るが本人はおしゃべりに夢中で僕の事など視界に入っちゃいなかった。笠原は一歩後ろでニヤニヤとこの状況を眺めている。溜め息が漏れそうになった所で堀川が意外な事を口にした。


「園芸部があるなんて知らなかったな。今度見学に行ってもいい?」

「勿論!な?」


 堀川と小島が僕を見る。だが、僕は気が進まなかった。


「新体操部って兼部は駄目じゃなかった?」

「・・・そうだったかも。」


 堀川が残念そうな顔を見せる。

 彼女が所属している新体操部は顧問が厳しくそれなりに伝統がある部だから部の掛け持ちはできないのだ。園芸部に興味を持つ位だから、花が好きなのかもしれないがどうしようもない。


「写生。後20分しかないよ。」


 校舎の時計を見上げてそう言った僕の言葉にその場の全員が慌ててスケッチブックを広げて適当な場所で鉛筆を走らせた。


(部員が増えれば三咲が喜んだかもな・・・ )


 自分で断わるような事を言っておきながら、写生の間そんなことが頭の隅を占めていた。




 

 * * *


(あ、咲いたな・・。)


 昨日まで蕾だった鮮やかな黄色い花弁が開いている。確か彼岸花の一種でステルンベルギアとかいう花だ。もうすぐ咲きそうだと先日三咲が騒いでいたから、見たら喜ぶだろう。

 僕が花壇に着いて5分もしない内に、三咲も顔を出した。


「白田君おはよう。」

「おはようございます。」

「あ!見てみて!咲いてる!!」


(知ってるよ。)


 すぐにステルンベルギアに気付いて、三咲はその前にしゃがみこんだ。花が一つ咲いたぐらいでこれ程テンションが上がるなんて信じられない。


「嬉しそうですね。」


 僕が言うと、三咲は満面の笑顔を向けてくる。


「うん!嬉しい!!」


(友達じゃないんだから・・。)


 今の三咲は教師というよりただの同級生のようだった。

 僕はいつも通りグラウンド横外の水道までジョウロに水を入れに行く。振り返ってみると、三咲はまだステルンベルギアをにこにこと眺めている。

 何がそんなに嬉しいのだろう。花が咲いた。それだけだ。花なら花壇にいくらでも咲いている。いつどの花が咲いても、芽を出しただけでも三咲はいつも喜んだ。


(子供みたいだよな。)


 けど、授業で見る三咲はそうではない。新任とは言えそれなりに教師として生徒達の前に立っている。子供のような姿を見せるのは園芸部の時だけかもしれない。そう思うと、腹の辺りがむずむずした。

 ジョウロを水で一杯にして花壇に戻る。いつも通り三咲は水をまき終えるまで僕の隣で花壇を眺めていた。

 チャイムが鳴る。後5分で朝のホームルームが始まる合図。そして園芸部の一日の活動が終わる合図でもあった。






「最近、白田雰囲気が柔らかくなったよな。」

「・・・は?」


 放課後。昼から降り続いている雨のため、珍しく部活のない小島と一緒に僕と笠原は帰り道を歩いていた。すると突然小島が大まじめな顔でそんな事を言うので、僕は小島に冷ややかな目線を向ける。しかし小島は僕の顔をまじまじと見て「だってさぁ」と言葉を続けた。


「前はなんか大人っぽいっつーか、近よりがたい雰囲気持ってる感じだったけど、最近そう言うのが無くなった気がしねぇ?」


 小島は隣の笠原に同意を求める。すると笠原までおかしな事を言いだした。


「確かに。最近クラスの女子もそんな事言ってたぜ。」

「だろ?」


 まるで世紀の大発見をしたかの様に小島が胸を張る。だが、僕には何の事だかさっぱりだ。


「園芸部に入って良かったんじゃん?」

「・・何言ってんの?」

「ほら、植物ってヒーリング?効果?みたいなの、あるって言うじゃん!!」


(あぁ。植物がね・・・。)


 何も言わなくなった僕に、小島は前に回り込んで僕の顔をのぞき込んだ。


「ホーラ、笑って笑って!」

「バーカ。」


 小島を追い越して僕は早足で歩きだした。


 背中越しでも後ろの二人が笑っているのが分かって、その日の帰り道は居心地の悪い思いをする羽目になった。

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