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番外編 初恋 (桃井圭 編)

 うちの離れには茶室があって、週に2回母親がそこで茶道教室を開いていた。

 だから物心ついた時には知らない大人(主におばさん)がうちにいるなんて当たり前で、着物を着る母親の姿も見慣れたものだった。

 ある日、おばさん達に混じってめずらしく俺と同じ年頃の女の子が家に来た。

 桃色のワンピースと同じ色の髪留め。白い肌のその女の子はでっかい目で俺を見ると、顔一杯の笑顔を見せた。

 俺の世界はその笑顔一つで180度変わる。

 一目惚れだった。


 その日から彼女の母親がうちの茶道教室に通い始めた。

 するとまだ幼稚園に通っていた彼女を独りで留守番させるのは忍びないと、稽古の間は一緒にうちに来て俺が遊び相手になる事となった。

 その少女が花穂だった。

 俺達が五歳の時の話だ。






 お母さんに連れられて初めて訪れたお家はとても大きなお屋敷だった。

 塀がどこまで続いているのか分からない程で、中に入ると広いお庭に目を奪われた。お庭の池の向こうには桜が咲いていたのを今でも覚えている。

 中に入ると着物を着たとても綺麗な女の人が出迎えてくれた。お母さんに促されて私も挨拶する。その女性は茶道教室の先生だった。先生は私を見ると家の中に向かって誰かを呼んだ。出てきたのは私と同い年位の男の子。睫毛の長い綺麗な目をしたその子は先生の息子さんだという。

 先生は茶道教室が終わるまでその子と遊んで待っていてね、と言った。


 彼はジロリと私を見る。第一印象はちょっと怖かった。

 それが圭くんだった。






 俺と花穂は小学校が別だったので、会えるのは茶道教室がある毎週土曜日の14時。それが待ち遠しくて土曜日は友達からの誘いを全て断わり、花穂が母親の奈緒さんと家に来るのを待っていた。

 だが、小学校3年頃になると花穂が家に来なくなった。花穂も一人で留守番できる歳になったし、奈緒さんもパートの仕事を始めてあまり教室に来られなくなったからだ。

 家に居る理由が無くなった。


 2週間ぐらいして、そろそろダチと遊びに行こうかと思った頃、花穂が一人でうちに来た。初めて会った日と同じ色の着物を着た彼女はとても新鮮だった。

 それから花穂は一人でうちにお茶を習いに来るようになった。


 昔から母親の姿を見てきたせいか、男ながらに茶室を満たす空気や茶道のお手前を眺めているのは好きだった。前々から母親に勧められてはいたのだが、おばさん達にまじって茶道に勤しむ気にはなれずにいた。けど、花穂がいるなら話は別だ。

 俺もいつしか花穂と共に茶道を始めていた。






 お母さんと一緒に茶道教室に通うのが楽しみになったのはいつからだろう。行けば必ず圭くんがいる。

 私達はお庭で遊んだり、家の中でゲームをしたり、本を読んだり色々なことをして過ごした。最初はぶっきらぼうに感じた圭くんの言葉の端々に優しさを見つけては心が温かくなった。

 茶道教室の間の2時間なんてあっという間で、帰る時には圭くんが必ず「またな」と言ってくれた。それが嬉しかった。


 圭くんのお家では季節ごとにイベントがある。お花見、暑気払い、お月見、紅葉狩り。季節ごとの木や花を楽しむ事ができるお庭で茶道教室の人達が集まるイベントだった。私は圭くんと色んな季節を過ごした。


 小学校中学年頃になると、お母さんがパートを始めて茶道教室にあまり行かなくなってしまった。いつの間にか土曜日も近所の女の子と遊ぶ事が多くなっていて、ふと会いたくなる時があった。圭くんとは学校が違ったので、茶道教室に行かなくては逢えないことにその時やっと気付いたのだ。

 私はお母さんに一人で茶道教室に通わせてもらえるよう頼んだ。

 私のお母さんも圭くんのお母さん、紗代さんも賛成してくれた。すぐにお母さんと新しい着物を買いに行った。習い事を始めるにはとても不純な動機だった。


 茶道教室の前日は緊張で眠れなかった。当日も何度も鏡で着物や髪型をチェックして、ドキドキしながら一人で圭くんのお家へ向かった。

 圭くんがいなかったらどうしようなんて全然考えなかった。きっと居てくれていると思ってたから。


 茶道教室に通い始めると、なんと圭くんも一緒に茶道を始めてとても驚いた。偶然とはいえ嬉しかった。

 再び私の幸せな土曜日が始まった。






 中学は花穂も一緒だった。思春期というだけあって、中学になると周りの奴らが急に色ボケ始める。中でも花穂は男共に人気があった。(俺には言わなかったが)告白もかなりされていたようだ。おかげで一部の女子のひがみもあったようだが、それほど問題ではなかった。花穂の周りは圧倒的に味方の方が多かったからだ。


 家が近いのと、クラスも部活も同じだったのもあって俺はほとんど花穂と一緒に下校した。当然ひやかしてくる奴も多かった。「市倉の事好きなんだろ?」とか「見せ付けんなよ」とか言ってくるので全部肯定してやった。否定する必要などなかった。

 2年に上がる頃にはひやかしも無くなった。


 夏休みに入る前、名前も知らなかった1コ上の先輩から告られた。「興味無いんで」と俺が言うと、「恋愛に興味がないの?」と聞き返してきたので、「市倉花穂以外興味がありせん」と更に返した。

 それ以来、同じセリフで告白を断るようになった。


 だが、花穂に告白はしなかった。中学が男女交際にうるさい学校だったからだ。付き合うのならコソコソする気はなかった。だから中学の間は我慢した。






 学区が一緒だったので私達は同じ中学に通う事になった。学ラン姿の圭くんはかなり新鮮で、週一日だった圭くんとの時間が増える事を私は単純に喜んでいた。

 けど、楽しい事ばかりじゃなかった。

 学校が同じになって初めて気付いたのだけれど、圭くんは女の子に凄い人気があったから。圭くんは目も大きいし、睫毛も長い。美少年とかジャニーズ系だと女子達が騒いでいるのを何度も聞いた。

 最初は特に先輩達に人気があった。

 勝手にアイドルのオーディションに圭くんの写真を送った人も居た。書類審査を通過したと騒ぎになったけど、圭くんは「興味がない」と相手にしなかった。すると「そっけない」とか、「可愛げがない」とかで一時は先輩達も騒ぐのを止めたけど、逆に同学年の女子達には「媚びない所が良い」とか「クール」だとかで圭くんの人気が上がってしまった。

 私は圭くんが遠くに行ってしまったような気がして寂しい思いをした。


 けれどほとんど毎日圭くんは私と一緒に帰ってくれた。2年生になるとクラスが分かれてしまったけど、教室まで迎えに来てくれた。1年生の時には一緒にいることを色々言う人も居たけど、その頃には周りも何も言わなくなっていた。皆の中でもそれが当たり前に見えていたのかもしれない。

 よく「付き合ってるの?」と訊かれたけどそうじゃなかった。付き合ってないのに一緒に帰るのは少し変だったかもしれない。でも、周りにどう思われても一緒に居られるならいいと思ってた。


 けれど、段々と不安も大きくなる。


 私は圭くんにとって何なんだろう。

 どうしていつも一緒に帰ってくれるんだろう。

 もしも私の自惚れではないのなら、どうして好きだって言ってくれないんだろう。


 家に帰って一人になると泣きそうになる時もあった。だけど、それを確かめる勇気も無かった。その答えを聴いて、傍に居られなくなるのが嫌だったから。






 俺達は当然のように同じ高校へ進学し、当たり前に二人で茶道部に入部した。

 俺は高校に入ったらソッコー花穂に告ろうと思っていた。だが、茶道部初日にハプニングが起こる。


 部長が新入部員への挨拶で「茶道部は部内恋愛禁止だから」と、ほざきやがったのだ。「じゃあ俺辞めます」と部員達の前で言うと、は?と言わんばかりの顔をされたので、俺の隣に立っていた花穂の頭に手を置き「これ俺のなんで」と言って部室を出ようとした。

 すると部長がでかい声で笑って謝罪してきた。どうやら1年をからかっただけらしい。しかも毎年恒例だというからタチが悪い。

 だが、お陰で中途半端に告白した形になってしまった俺はしばらくどうするべきか悩む羽目になった。俺としては納得いく形ではなかったが、かと言ってもう一度告白しても今更な気がする。

 ソッコー告るという目標に二の足踏んでしまった訳だが、結局あんな告白じゃ花穂に手も出せないので、改めて一学期の期末前に告白した。

 花穂が断る訳もなく、素直に頷いた事に満足して今に至る。






 同じ高校に入った私達は相談したわけでもないのに一緒に茶道部の部室を訪れた。迷うことなく入部を決め、仮入部期間が終わると部長さんが集まった1年生の前で挨拶をした。部長さんは背の高い男の先輩で、茶道部というよりはバスケット部にでもいそうな雰囲気をした明るい人だった。

 一通り挨拶と活動の説明を終えると、最後に部長さんは皆が驚くことを口にした。


「茶道部は部内恋愛禁止だから。」


 その言葉に1年生がどよめく。すると隣の圭くんがそれ以上に驚くことを言った。


「じゃあ俺辞めます。」


 誰もがあっけに取られて言葉を失う。それは私も同じだった。すると圭くんが私を見て軽く私の頭に手をのせた。


「これ俺のなんで。」

「!?」


 みるみる内に耳まで熱くなる。信じられなかった。ずっと圭くんから欲しかった言葉をこんな所で聞くことになるなんて。皆の前なのに涙が出そうになる。

 引き止める間もなく圭くんが部室を出ようと出口に向かう。すると部長が大きな声で笑った。そして「ごめんごめん」と私達に向かって手を合わせる。

 結局、部長の言葉は冗談だったらしい。けどこれがきっかけで圭くんは先輩達に随分気に入って貰えたみたいだった。


 その後の私達はいつもと変わらずに日々を過ごした。それで十分だった。あの言葉だけで私は圭くんの隣にいていいんだと自信が持てたから。

 でも、圭くんはそうじゃなかったみたい。

 後日改めて圭くんから告白してくれた。あんなに照れている圭くんを見るのは初めてだった。何もかもが嬉しくて、思わず目から零れた涙に圭くんが驚いていた。


 私の手を握りながら「初恋が実らないなんて嘘だな」と圭くんが呟く。私もその言葉に頷いた。

 だって私も圭くんが初恋の人だったから。






  初恋(桃井圭編) END

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