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第三話 カラーレンジャー 後編 11.最後の作戦

「はぁ!!?」


 今、なんつったコイツ。


 黒沢と


「別れたぁ?」


 ちょっと付き合ってくれ、と緑川に言われ、俺は緑川と駅近くのコーヒーショップに入っていた。注文を受け取り席につき、さっそく口を開いたと思ったら、緑川から飛び出したとんでもない報告に俺は驚きの声を上げた。


「桃井。声がおっきいよ。」

「お前、何やってんの?バッカじゃねえのか。」

「しょうがないじゃん。別れちゃったんだもん。」


 いじけたような声を出す緑川に、訊いてもいいのか迷いながら、それでも気になるので疑問を口にした。


「・・・・・・。理由は?」

「・・・・。言わなきゃ駄目?」


 そう言われるといくら俺でも追求は出来ない。俺は溜息を付くと、コーヒーに口を付けた。


「別にいーけどさ。いくらなんでも早過ぎねぇか?」

「・・・・うん。」

「喧嘩でもしたのか?」


 緑川は首を振る。

 そもそも黒沢が喧嘩する所なんて想像つかないが、こいつらが別れる原因なんてさっぱり思い浮かばなかったので、そんなありきたりの事しか出てこなかったのだ。


(黒沢が浮気するわけねぇしなぁ。)


 本人の口から聴いても、冗談にしか聞こえない。


「ほんっとーに別れたんだな?」

「うん。」

「テメェ嘘だったら承知しねぇぞ。」

「本当だもん。」


「・・・・・あっそ。」


 ここしばらく、二人の様子がおかしかったのはそのせいか。


 しかし、何だってそんな事になったんだ?

 本人が言いたくない以上無理に聞き出すことは出来ないが、だからと言ってこのまま流す事も出来ない。


 コイツ分かってんのかよ。お前まだ黒沢の事目で追ってるんだぞ。

 かと言って、第三者がどこまで首を突っ込んでいーのかは難しいところだ。


(あー、もう!!)


 だから何で俺が、こいつらの事でやきもきしなきゃなんねーんだよ!!






 放課後。俺は青山と共に学校の屋上に来ていた。

 上を見上げれば快晴の空が広がっている。だが、夕方近い時間帯だけあって真っ青な空ではない。後一時間もすればオレンジ色に染まる。その前の優しい色をした空だった。


 俺は、すぐに青山を呼び出した訳を話した。すると先ほどまで笑っていた青山の表情が変わる。

 驚き、堅い顔で俺を見返した。


「別れた・・・?」

「あぁ。」


 青山が動揺しているのが俺にも伝わってくる。


「本当に?」

「・・・ごめん。」


 青山は俺を真っ直ぐに見ながら、声を荒げた。


「何でだよ?何でそうなるんだよ!!」

「・・・・・。」

「嫌いになった訳じゃないんだろ?」

「あぁ。」

「・・・分かんねぇ。」

「・・・・・。」

「俺は・・、譲ったつもりはないけど、黒沢だから諦めたんだぞ。」

「・・・・。」

「それなのに・・。」

「・・・・・悪い。」

「理由を言えよ。」


 訊かれると分かっていた。嘘をつくつもりなんて毛頭ない。青山に報告しようと決めた時点で、全てを話すつもりだった。 

 だが、実際にその時が来ると、俺の口はうまく開かなかった。


 俺は青山から目をそらし、屋上からの景色を見ながらなんとか話始めた。


「・・・・・。このまま付き合っていても、俺はずっと緑川と一緒に居ることが出来ない。」

「どうして?」

「高校卒業したらアメリカに行く。多分、それが変わることはない。」

「・・・・・。それって卒業したら、だろ?今は」

「駄目なんだ。俺は・・・、もしこのまま緑川と続いて、それでも最後には・・・・。」

「・・・・随分、自分勝手だな。」


 怒ったような青山の声。当然だ。


「あぁ。分かってる。」


 それでも緑川に告白せずにはいられなかった。

 あの時は、留学のことも何も頭にはなくて、ただ緑川の事で一杯だった。

 まさか、自分の想いに応えてくれるなんて思わずに。

 まさか、未来の別れが辛くなる程、緑川のことが好きになるなんて思わずに。


 青山は深く息を吐くと、俺に背を向けた。


「・・・。悪い。先帰るよ。」

「あぁ。」


 俺はただ、その背中を見送ることしか出来なかった。


 青山が俺のことをどんな風に思っても仕方のないことだ。

 それに、これから先青山と緑川が付き合い始めたとしても、俺はそれを祝福しなければならない。


(緑川が、他の奴と付き合うなんて・・・・・。)


 今の自分には想像できない。それを笑って見ていられる自信なんて無い。

 それでも、やらなくては。緑川の幸せを自分が邪魔するなんてあってはならない事だから。


 再び空を見上げる。雲が夕日の光を反射してオレンジ色に光っている。

 とても綺麗な光景だったが、俺の気分は晴れないままだった。






 屋上から階段を下りながら、俺の頭は混乱していた。


 何度も黒沢の言葉を頭の中でリピートする。そして浮かぶのは、あの時の緑川の泣き顔。

 あの時は勢いで言ってしまったけれど、元々黒沢から緑川をとろうなんて考えていなかった。


(それなのに・・・・)


 緑川と黒沢が別れたなんて、本人の口から聴いても信じられない。あの日の放課後、緑川の様子がおかしかったのはそのせいなんだろう。

 なら、自分はどうする?黒沢と緑川が別れたのだ。改めて彼女に告白することだって出来る。


(だけど・・。)


 自分から見ても、まだ緑川は黒沢の事を想っているのは十分過ぎる程分かっている。そして黒沢も。


 俺には黒沢の選択が理解出来ない訳ではない。自分のせいで相手に寂しく辛い想いをさせてしまうなら、いっそのこと・・。そう思うのも無理はない。


 だけど、それはあくまで理屈だ。


 自分にとって大切な女の子が好きな相手から別れを告げられたのでは、彼女の味方をしてあげたい気持ちもある。しかも、それが自分の友人なら尚更許せない。

 なんとか、二人がやり直すチャンスはないのだろうか。


(変だな、俺・・・。)


 本当なら、自分の好きな子がフリーになったのだ。自分のものにしたいと思うのが当たり前の筈なのに。

 いつの間にか、俺もあの二人が好きになっていたみたいだ。


(馬鹿だよな。)


 それでも今は、自分の心に素直になろう。

 俺だって二人の仲間なのだから。






 サッカー部が終わって教室へ戻ると、ちょうど生徒会の集まりが終わった白田と一緒になった。


 俺達は荷物を持って教室を出る。すると、グラウンドを抜けて校門へ向かう黒沢の姿が、廊下の窓から見えた。

 部活に入っていない黒沢が今帰りなんだったら、多分図書室にでも寄っていたんだろう。

 ふと黒沢の後ろ姿を見て、俺は思い浮かんだことを口にした。


「そういや、最近緑川と黒沢、二人で帰んねーな。」

「あの二人別れたんだって。」

「へー、そうなん・・・・。は?」


 俺は隣の白田を見た。いつも通りの口調で言うから、一瞬理解が遅れてしまった。


「別れたって、緑川と黒沢が?」

「そう。」

「マジ?」

「まじ。」


 やっと言葉の意味を理解すると、思わず声が大きくなる。


「いつ!!」

「つい最近みたいだよ。」

「・・・なんで?」

「さぁ。理由は聞いてないから。」

「・・・・・・。なんか、あいつらが別れるなんて嘘みたいだな。」

「うん。僕もそう思う。」


 黒沢と緑川が別れた。二人が別れたからと言って俺達の関係が変わる訳ではない。現に、今日の二人もいつも通りだった。


 だけど、


「・・・・・。なんか、やだな。俺。」

「・・・赤木。」

「俺がとやかく言うことじゃねーけど。なんか、あの二人がバラバラなのは不自然な気がする。」

「・・・・。うん。そうだね。」

「あ、桃井。」


 靴を履き替え、昇降口を出た所で桃井と会った。桃井は委員会の帰りだったらしい。


「よお。今から帰りか?」

「あぁ。」


 俺は白田と一度視線を交わす。

 もしかしたら、桃井なら緑川から話を聞いているかもしれない。


「なぁ。緑川と黒沢、別れたって聴いた?」

「あぁ。」

「誰から?」

「緑川から。」

「!?・・何で、とか言ってた?」

「いや。言いたくないみたいだったから聞かなかった。」

「そっか・・・。」


 桃井にも言いたくないのなら、俺達が訊いても駄目だろう。


「あ、広樹だ。」


 バスケ部の部室から出てグラウンドを横切っていく広樹の姿を見つけて、俺は大きく手を降った。すると広樹はすぐに気づいて、部員達と別れこちらに駆け寄ってきた。


「広樹。お疲れ。」

「あぁ。皆一緒だったんだ。」

「偶然だよ。」


 すると桃井が神妙な顔で広樹の様子を伺う。


「なぁ。」

「何?桃井。」

「お前、あの二人別れたって知ってたか?」

「・・・黒沢達のこと?」

「あぁ。」


 皆が広樹に注目する。


 広樹の緑川への想いは皆が知っていたから、広樹に今回の事を話すかは迷っていた。正直桃井が訊いてくれて助かった。


「知ってるよ。」


 広樹は少し困った顔で頷いた。


「理由も知ってんのか?」

「あぁ。」

「黒沢が言ったんだな?」

「よく知ってるね。」

「黒沢が、告白する前にお前に報告したって言ってたからな。別れたなら絶対青山には話すと思ったぜ。」

「そっか。」

「で?なんで?」


「・・・・・。本当は俺の口から話すべきじゃないとは思うんだけど。」


 そう言って、広樹は俺達に黒沢から聞いた事を話してくれた。






 俺達は皆で駅に向かって歩いていた。

 広樹の話を聞いて皆それぞれに何か考え込んでいたようだが、しばらくして桃井が機嫌の悪そうな顔で「理解不能だな。」と言った。


「そう?理解は出来るよ。賛成はしないけどね。」


 白田はそう応えたが、俺はそうは思えなかった。


「俺も桃井とおんなじ。よく分んね。」

「だろ?別れる必要ねぇじゃん。」


 俺の隣にいた広樹が桃井に言葉を返す。


「黒沢は、将来絶対別れると分かっているなら、これ以上一緒にいるべきじゃないと思ったんだろ。」

「黒沢は随分大人だよね。」


 白田のその一言は、ちょっと皮肉めいていた。


 広樹の言うことも最もかもしれないけど、俺の中のモヤモヤは無くならない。


「・・・・・・。確かに、緑川の為にそういう選択肢もあるかもしれないけどさ・・。」


 すると桃井が不機嫌なままで俺達を振り返った。


「だから何でだよ?アメリカだろうがどこだろうが、死ぬ訳じゃねぇんだ。別れる必要ねぇじゃん。」

「待っててくれ、なんて男側の勝手だろ?緑川に寂しい思いをさせたくないんじゃないのか?」


 少し硬い表情で広樹が言い返す。けど、桃井も黙っては居なかった。


「寂しかろうがなんだろうが、黒沢の事が好きなら待つだろ?何でもかんでも自分の物差しで測りすぎなんだよ!その時になって、緑川が待ってられないと思ったら別れりゃいいし、別れるより待つ方が幸せならそうすりゃいい。どんな状況だって、別れる方がいいかどうかは緑川が決めることだ。そうやって黒沢が自分と別れた方が幸せだなんて決めつけてる事自体がおかしいんだよ!」

「・・・桃井。」


 そう言いきる桃井に、なんだか俺は嬉しくなる。


「流石緑川の親友。」

「誰がだ。ボケ。」


 すると広樹も桃井の言葉に心が動いたようだ。


「そうか、そうだよな。俺は黒沢の言い分も分かる気がしてたけど、それはあくまで男側の自己満足なんだよな。」


 そう言った広樹に、桃井は吐き捨てるように言った。


「そもそも緑川もバカなんだよ。あっさり引き下がりやがって。まだ好きなの丸出しなんだから、みっともなくてもなんでもいーから縋りつてみろっつんだ。」


 その言葉を聞いて、何故か白田が楽しそうに質問をする。


「桃井は花穂ちゃんから別れたいって言われたらどうするの?縋りつくの?」

「そんな事自体あり得ない。」

「あくまで仮定の話だよ。」

「俺が花穂を好きな限りは諦める訳ねーだろ。あらゆる手段を使って振り向かせる。」

「桃井らしいね。」

「うるせぇな。」

「でも、あの二人じゃそうはいかないだろうね。黒沢もだけど、緑川も変に理解がいいというか、聞き分けがいいというか。」


 そう言いながら、白田は溜息をついた。桃井もそれに同意する。


「黒沢のことになると気弱だからな。普段みたいにもっと言いたい事言えばいいんだよ。」

「ま、好きな人が相手じゃ仕方ないかもしれないけど。」


 皆の会話を聞きながら、俺の頭にはある考えが浮かんでいた。俺は白田と桃井の間に入り、二人の肩に腕を置く。


「これはさ、もしや俺達が目を覚まさせてやるべきじゃねーの?」


 俺がそう言うと、広樹が呆れた声を出した。


「翔・・・・。」


 だが、白田が笑って広樹を振り返った。


「あれ?青山は反対?僕は赤木に賛成。」


 それに桃井も続く。


「俺も。」


 俺も広樹を振り返ると、俺達を見て広樹は笑った。


「・・・・・。そうだな。」


 よっしゃ。俺はガッツポーズをとる。


「たまにはあの二人を懲らしめてやろうぜ!」

「青山にはその資格が十分あるよね。」

「俺達にもな。」


 俺達は顔を合わせると、桃井がニヤリと意地の悪い笑顔を見せる。


 俺達は俺達らしいやり方で、やってやろうじゃんか。





 * * *


(三学期が終わればこのクラスともお別れか。)


 休憩時間中、私は教室の黒板の横に掛けられたカレンダーをぼんやりと眺めていた。


(好きだったのにな、このクラス・・。)


 多分二年生になると選考する授業でクラスが別れてしまう。私達が全員また同じクラスになることは無いだろう。


(寂しいな・・・。)


 ちらりと横目で黒沢の席を見る。本人は今、席にいなかった。

 黒沢と一緒にいるのは少し辛いけど、でもやっぱり離れるのも辛い。このまま、仲間としてでいいから側にいたい気持ちは変わらない。


(黒沢は多分、物理専攻の理系クラス・・。)


 考えると思わず溜息が出る。どう考えても同じクラスになることはあり得ない。


「緑川。」

「あ、白田。何?」

「これ。」

「・・・・。何これ。」

「清き一票よろしく。」

「あぁ。生徒会役員選挙!」

「そ。」

「こんなのやるんだ。」


 白田から声をかけられ渡されたのは、副会長に立候補すること、当選したらどんなことをやりたいかを書いたB5のプリントだった。


「まぁ、選挙日当日以外は特に活動する気なかったんだけどさ。形だけでもこうゆうの、やっとかなかきゃ駄目みたいだから。とりあえずうちのクラスだけでも配っとこうと思って。」

「いいの?そんな手抜きで?」

「大丈夫でしょ。対抗馬もいないしね。」

「成る程ね~。不信任にしたって、他の立候補者がいなきゃ意味ないもんね。」

「そう言うこと。」

「でも、まさかあの三波君が赤木の言った通り会長に立候補するとは思わなかった。」

「あぁ。結構目立つのが好きらしいね。朝から校門前で演説しようか、とか張り切ってたよ。」

「本当に?面白そう。三波君が会長で白田が副会長なんてすごい面白い組み合わせだよね。」

「まぁね。彼は裏表ないからやり易いよ。」

「それ、どういう意味で?」

「いろんな意味で。」

「うわっ。黒っ。」

「あはははっ。緑川もこういうの期待してたんじゃなかったっけ?」

「そうそう。白田の裏生徒会ね。楽しみにしてる。」

「あっと、もう行かなきゃ。打ち合わせがあるんだ。」

「うん。頑張ってね。」

「ありがと。」


 白田は教室のドアを開けたところでこちらを振り返った。


「あ、そうそう。」

「何?」

「僕が当選したら当然お祝いしてくれるんだよね?」

「勿論。」

「良かった。じゃあね。」

「???」


(わざわざ確認しなくたって、お祝いぐらいするのに。)


 白田の言動に私は首をかしげて、教室を出て行くその後姿を見送った。



 



 生徒会選挙は想像以上に盛り上がった。

 それもこれも生徒会長に立候補した三波君の力だ。彼には天性のカリスマ性みたいなものがあるのかな、と正直思った。話も上手かったし、何より面白かった。

 人を楽しませたりするのが好きなんだろうなと、知り合いでもない私でもよく分かる。赤木と気が合うのも頷けた。


 白田はやっぱり、大勢の前でもいつも通りだった。

 他の候補者達と違って緊張した様子もなく、演説もあっさりとやってのける。期待を裏切らない所は流石だな、と思う。

 それに、会長が三波君なら、絶対に副会長には白田みたいな人間が必要な筈だ。盛り上げ役の会長と参謀の副会長。きっとこの二人の組み合わせは上手くいくだろう。


 選挙が終わってみれば、予想通り三波君、白田は見事当選。でも多分、対立候補がいたとしても、この二人は当選したんじゃないのかな。



 選挙結果が発表された土曜日の放課後、早速白田が声をかけてきた。


「緑川。」

「あ。白田!当選おめでとう。」

「ありがと。お祝いしてくれるって約束忘れてないよね?」

「当然。」

「じゃ、生徒会室に行こ。お願いしたいことがあるんだ。」

「うん。分かった。」


 私達は鞄を教室に置いたまま、三階にある生徒会室へ向かった。






 土曜日の放課後。ホームルームが終わると、俺はすぐに帰りの準備をする。

 今日も図書室に寄ってから帰るか、と思っていた所で、桃井が俺の席まで来た。


「よ、黒沢。」

「どうした?」


 訊くと、桃井は俺の机に片手をついて俺の顔を見た。


「黒沢。お前、俺に借りがあったよな。」

「あぁ。」


 桃井がニヤリと笑う。


 借りを返すのは当然構わないのだが、こんな笑顔を見せられると不安を覚える。


「んじゃ、一つ言うこと聞いてもらうぜ。」


 何を?と訊いても桃井は答えない。ただ黙ってついて来い、と言う。

 こんなに楽しそうな顔をしている桃井に従うのは若干、いや、かなり心配だが、負けは負けだ。仕方が無い。


 俺は頷いて、教室を出る桃井の後に続いた。






「生徒会室って一般の生徒が入ってもいいんだっけ?」

「平気でしょ。」

「副会長のお許しがあるから?」

「そうそう。」


 白田と共に生徒会室の前まで来ると、白田がドアノブを握る。最初から鍵が開いていたようで、そのまますんなりとドアが開いた。


「入って。」

「はーい。お邪魔しまーす。」


 初めて入る生徒会室は物が多いけど、綺麗に整理整頓されていて、他の教室とは雰囲気が全然違っている。棚には分厚いファイルや帳簿が並んでいて、私はその光景をなんとなく眺めていた。

 すると、中の電気がつく。振り返るとまだドアの所に立っていた白田が、横の電気のスイッチを入れた所だった。


「じゃ、二時間後に迎えに来るから。」

「・・・・へ?」


 にっこりと笑って言った白田の言葉が理解できなくて、私はぽかんと白田の顔を見返す。

 けれど、白田は生徒会室を出てドアを閉めてしまった。そのすぐ後にガチャガチャと音がする。それが鍵を閉めている音だと気づくと、私は慌ててドアに駆け寄った。


「ちょっと、白田!?」


 ドアの向こうからいつもの穏やかな白田の声。


「緑川さぁ。」

「え?何?」

「言いたいこと言わないなんてらしくないよ。」

「??」

「元に戻れなくても良い。でも不満でも何でもぶちまけちゃいなよ。」

「ねぇ、白田何言ってんの?」

「因みにここの鍵は外から閉められるけど、中からは開けたり閉めたり出来ないから。じゃあね。」

「ちょっと・・。何で?何やってんの?」


 混乱する私を余所に、ドア越しの白田はどこかへ行ってしまった。廊下に響く少しずつ遠くなる白田の足音が、それを私に伝える。


(な・・・・なんで?いたずら?白田が??)


 それにしたって、やってることが白田らしくない。

 白田がこんな無意味なイタズラするような奴じゃないことは私もよく知っている。


 それに、何で二時間後なんだろう。


「・・・・・。」


 考えても分からないので、とりあえず椅子に座ることにした。

 生徒会室の奥にはコの字型に長机と椅子が並んでいる。そこで時間を潰そうと思い振り返る。


「!!!?」


 私はまた言葉を失った。

 呼吸まで止まってしまったかのように、体が動かなくなる。


 長机の真ん中に男子生徒が一人座っていた。彼は私が見ているのに気がつくとこちらを見る。


 あぁ、こんな風に彼がまっすぐに私の事を見るのはどのくらいぶりだろう。別れてからは態度こそ変わらないものの、お互いに目を会わせることがなくなっていた。


「黒沢・・・・・。」

「・・・・。」

「何?黒沢までどうしたの?」


 すると黒沢は一度ドアを見た後、ゆっくりと口を開いた。


「桃井に連れてこられた。黙って此処に居ろって。」

「・・・そう。」


 桃井まで。


 白田は言いたいことを言えって、そう言ってた。その言葉は黒沢にも聞こえている筈だ。それを聞いて、黒沢はどう思ったんだろう。


「閉じこめられちゃったね。」

「・・あぁ。」

「二時間後だってよ。開けてくれるの。」

「あぁ。聞いてた。」

「なんで、こんなことすんだろ。」


 困った顔で笑う私に、黒沢は立ち上がってこちらに来た。

 心臓が大きな音で鳴り響く。


 いやだな。何で私まだ・・・。


「・・緑川。」

「何?」

「ごめん。俺・・」


 何?なんで謝るの?だって、私達の事はもう済んだことでしょ?


「自分勝手で、ごめん。」


 今更もう謝らないで。もういいじゃない。そんなこと。

 私は・・・。私はもう、黒沢のことは


「・・・・。」


 もう気にしないでいいんだよ。って、そう言おうとしたけど、唇が震えて言葉にならなかった。頬に生ぬるい物が触れる。私の涙だ。


 それを見て、黒沢の表情が揺らいだ。


 違うの。これはね、黒沢のせいじゃないんだよ。勝手に出ちゃうだけで。だから、


「緑川・・・。」


 黒沢に名前を呼ばれるとそれだけで心臓に響く。


「ごめ・・、私・・・・・。」


 俯き。手のひらで涙を拭く。


 黒沢には平気だって顔をしたいのに、なんで涙なんか出るんだろう。

 もうやだ。もう嫌なのに。


「・・・桃井に言われたよ。」


(え?)


 上を向くと、黒沢の辛そうな顔が見える。


「俺は、勝手に緑川のこと決めつけてるって。本人に確かめもしないで、自分勝手にそれが正しいと思い込んでるだけだってさ。」

「・・どうして?」

「俺・・、アメリカに留学したら俺は緑川を長い時間一人にする。それなのに俺のことを待ってて欲しいなんて、ずるいと思ってた。だったら別れて緑川は別の奴を見つけた方が幸せなんじゃないかって。だから・・・・。だから、これ以上一緒にいて、別れるのがもっと辛くなる前に、別れた方がいいと、そう思ってた。それが緑川の為なんだって。」


 黒沢の言葉に私は愕然とした。


「何それ・・・・・。」


 声が硬くなる。黒沢は私の為なんて思ってたの?黒沢と離れる事が私の為だって。


 そんなの、・・そんなの違うよ。全然違うよ。


「ほんと・・・・。そんなの勝手だよ。」

「・・・・・ごめ」

「バカ!!」

「・・・・。」

「黒沢は分かってない。何にも分かってない!!」


(あぁ、そうか。白田が言ってたことは、こういう事なんだ。)


 私は両手の拳を握り締めた。






 緑川が怒った顔に涙を浮かべて俺を見る。


「私が・・・・、黒沢以外の人を好きになれる訳ない・・。」

「・・・緑川。」

「・・そんなの出来るわけないよ・・」


 段々と緑川の声が弱くなる。俯き両手で顔を覆うが、泣いているのだと分かった。その顔が見えなくて不安になる。


「ごめん・・。俺・・・。」


 あぁ。まずい。ダメだこんなの。


 手を取っては駄目だ。触れては駄目だ。

 胸に溢れる彼女を愛しいと思う気持ちを、抑えなくては駄目だ。じゃなきゃ、俺は何の為に・・・


 俺の両手が彼女の手首に触れる。そっと顔を覆う手を避けると、彼女は両目から大粒の涙を流していた。


「緑川・・・。」


 駄目だ。これ以上触れれば、自分を止められなくなる。

 胸が熱くなって、呼吸が苦しくなる。


 気がつけば、俺は彼女を抱きしめていた。






 何?

 何が起こっているの?


 私は今、黒沢の腕の中にいる。でもそんな筈はない。だって私達はもう


「緑川・・・・。」

「・・・・。」


 彼の腕の中から、上を見る。彼は私の目を真っ直ぐに見ている。


 嘘。何で・・・・。


(黒沢が・・、泣いてる。)


 黒沢が初めて見せる涙に、私は今までに無い程動揺する。


(どうして?)


 私の目は黒沢に釘付けになっている。目がそらせない。


「ごめん。俺、本当にすげー勝手。」

「・・・・・。」

「緑川。」


 あぁ。胸が苦しい。黒沢が私を見てる。私の名前を呼んでいる。私に触れている。体中が熱い。


「やっぱり、諦められない。」

「え・・。」

「俺、緑川を諦められない。」


 苦しそうにそう呟いた黒沢に再び目が熱くなったかと思うと、涙が次々に零れ落ちた。


「緑川のこと、苦しめるかもしれないって分かってても、それでも・・・。」

「・・・黒沢。」






 緑川が俺の腕に触れる。


「私・・・、まだ・・、黒沢の事好きでいてもいいの?」


 そんなの、こっちの台詞だ。ひどいことをしてきたのは俺なのに、どうしてそんな言葉をくれるんだろう。


「緑川が望む限り、俺は緑川のものだ。」


 緑川が俺の胸に顔を寄せ、小さく頷いた。



 自分がこんなに誰かを好きなれるなんて思わなかった。

 諦めることが出来ずに、こんなにみっともなく足掻くことなんて考えてもみなかった。


 どうして一度でも手放そうと思ったんだろう。そんなこと無理に決まっているのに。


 こんな馬鹿な過ちを犯した俺を、彼女は好きでいてくれる。

 あんなに自分勝手に傷つけたのに、それでも・・・。


 俺だって同じだ。緑川以外の人を好きになるなんて考えられない。緑川以上に他の誰かを求めるなんてあり得ない。

 俺の腕の中で涙を流す彼女が、こんなにも愛おしいのに。


 俺はもう一度、強く緑川を抱きしめた。





 * * *


 白田、桃井、青山、赤木の四人は廊下を歩いていた。生徒会室に向かって。


 赤木は落ち着かない様子で、後ろを歩いている白田・桃井を振り返る。


「どう思う?」


 白田と桃井は顔を見合わせた。先に口を開いたのは白田だ。


「どうって?」

「だから、どうなってると思う?」


 すると桃井が面白そうに笑う。


「賭けるか?」

「もち!」

「んじゃ、負けた奴この後のメシ奢りな。俺元サヤに一票。」

「あ、俺も!」

「僕も。青山は?」

「俺も、そう思う。」

「えー。全員同じかよ。」

「んじゃ、俺達が勝ったら、あの二人の奢りだな。」


 生徒会室の前まで来ると、白田がポケットから鍵を取り出した。

 青山が腕時計を見る。


「ジャスト二時間。」

「じゃあ、開けるよ。」


 白田が鍵を差し込み回す。その横で、赤木が「やけに中が静かじゃね?」と呟いた。



 ドアノブを握ると、白田はゆっくりとドアを開けた。

 四人が同時に中を見る。口を開いたのは桃井だった。


「俺達の勝ちだな。」


 桃井が中に入り、二人に近づく。


 緑川と黒沢は奥のソファに座っていた。待ちくたびれてしまったのか、二人とも眠ってしまっている。

 お互いに体を預け寄り添って。


 その様子を見た四人はそれぞれに笑顔をみせる。


 桃井は二人の前まで来ると、容赦なく大きな声をあげた。


「おい!起きろ!メシ食いに行くぞ!!」


 緑川と黒沢の二人はその声に起こされてゆっくりと身じろぎした。はっきりと目覚めていないのか、まだぼんやりとした視線を向ける二人に桃井はニヤリと笑う。


「お前らの奢りでな。」






  第三話 カラーレンジャー END

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