第一話 仲間 1.命名
きっかけはなんだっただろうか。
あぁ、そうだ。全てはあの担任のせいだった。
教室に入ってきた担任の顔を見た時から、私とは相性悪そうだと思ったんだ。
高校入学初日。
ありきたりな入学式を終えて、ざわざわと騒がしく自分達の新しい教室に入った。生徒達は自分の出席番号と席が書かれた黒板を見て席に着く。
それぞれに皆、自分と席の近い人達と自己紹介しあっている。私にも前の席に座っていた女子が後を振り向いて話しかけてきた。
声をかけてきた子は、今時の目の大きい可愛い子だった。髪型やメイクでオシャレが好きなんだと分かる。
逆に私は男所帯で育ったせいか、オシャレとか流行には疎かった。中学の時も話題についていけない事が良くあったのだが、唯一私が興味を持ったのは歌ぐらいのものだ。
御蔭で音楽の話題にだけはなんとかついていけるんだけど。
「私は花田詩織。中学も詩織って呼ばれてたから、そう呼んで。」
「あ、ほんとに?名前一緒だね。」
私が微妙な心境でそう答えると、彼女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに
「え?そうなの?」
と、言った。
こんな可愛い子と名前が一緒である事を少し複雑に思いながら、私も自己紹介した。
「私は緑川栞。字は違うみたいだけど。」
私は配られたクラス名簿を見ながらそう言った。
「あ、本当だー。じゃあ、なんて呼ぼうかな?しおりだとかぶっちゃうもんね。」
「苗字でいいよ。」
「でも他人行儀じゃない?それじゃ、緑川だから緑ちゃんって呼ぼうかな?いい?」
「うん、いいよ。」
話を聞くと彼女は元々この高校の近くの中学出身で、同じ中学出身の生徒が多く居るそうだ。逆に私は地元からは少し離れているから、知っている顔なんてクラスにはいなかった。同じ中学出身なんて同じ学年でも私を入れて3人だけだ。
私達がそんな話をしていた時、担任の先生が入って来て、教室が静かになった。
担任は30代半ばほどの男の先生で、中肉中背のどこにでも居るような人だった。唯一の特徴は茶色の大きな縁の眼鏡だ。
先生は軽く自己紹介した後にお決まりの出席をそれぞれの顔を確認しながら取った。
出席確認が終わった後、何故か中々出席簿を閉じずに上から下へ何度も名簿を見直している。何をしているのかと担任の次の言葉を待っていたら、彼は生徒達のある共通点に気付いて口を開いた。
「何だかこのクラスは名前に色のつく奴が多いな。青山、赤木、黒沢、白田、桃井、それから緑川。これじゃあ、お前ら何とかレンジャーみたいだな。」
それを聞いてクラスメイト達が笑い声を上げる。生徒達にウケて先生も楽しそうに笑った。
先生にしてみたら、ちょっと珍しい事を発見して口にしただけだろうけど、その発言はそれだけに留まらなかった。
なんと、面白がったクラスメイト達がそれ以降私を含めた名前に色がある人達をカラーレンジャーと呼び始めたのである。
* * *
「なんでー?面白いじゃん、カラーレンジャー。お前らだって昔見てただろ?」
このあだ名を喜んでいるのは赤木、唯一人だけだ。
赤木翔は私達六人の中で一番の能天気、クラスでも目立つお祭り男だ。話してみるとすぐに分かるのだが、唯のガキだと思う。
「昔見てたとか見てないとか、そういう問題じゃないだろ。」
このあだ名に年甲斐も無くはしゃぐ赤木に突っ込んだのは青山だ。青山広樹はバスケ部なだけあって長身で、見た目爽やか。性格もしっかりしていて女子に人気が高い。
大抵この二人は一緒にいて、何だかコンビみたいになってしまっている。私には赤木の世話係にしか見えないけど。
「まぁ、いくら僕らが嫌がってももう定着しちゃったよね。」
穏やかそうな笑顔で二人のやり取りを見ていた白田が、赤木のフォローなのか口を挟んだ。
大人しそうな外見の白田優は、いつもにこにこしていて、同い年とは思えないくらい穏やかだ。元々目が細いので、笑うと目が無くなってしまう。その笑顔には無条件に人を信用させる力があるかのようだった。
「だろ?今更ごちゃごちゃ言っても遅いんだよ。」
「うるさいな、でも俺は嫌なんだよ。」
白田の意見に赤木は嬉しそうに同意したが、青山はあくまで嫌らしい。その気持ちは良く分かる。
だが、青山と同意見なのは私だけではなかったらしい。むしろ私と青山よりもこのあだ名を嫌がっている奴が一人いた。
「お前達はまだマシだろ。俺は桃井って名前だけでモモレンジャーとか言われて女扱いなんだぞ。」
「それは名前だけのせいじゃないんじゃないの?」
思わず私が口を挟むと、ものすごい顔で桃井が私を睨んできた。
「ああ、そうだよ。どうせ俺は生まれつき女顔だよ。お前らに俺の気持ちが分かってたまるか!」
そうなのだ。パッチリとした二重に、長い睫毛。柔らかそうなウェーブのかかった髪に小柄な体型。正直、桃井圭はその辺の女の子よりも可愛い。その上、名前が桃井だから、戦隊モノの紅一点のキャラクターとなってしまっている。
自分の顔にコンプレックスがある桃井にとっては相当辛いらしい。けど特に女はこの手のことを喜ぶから、今や桃井はクラスの女子の人気者だ。
「緑川よりも可愛いから、しょうがないよなー?」
「赤木は一言余計。」
「はーい。」
私は赤木の失礼な一言を一蹴したが、赤木は相変わらず懲りてない。むしろ嬉しそうなのは何故なのか。
けど、赤木の言葉を否定できないのがなんとも虚しい所だ。
「桃井もだけど、黒沢も可哀相だよな。」
桃井の興奮した様子を見て青山が呟いた。
そうなのだ。戦隊モノで黒というのは通常味方ではない。赤木の話では黒というのは、最初は敵で最後に味方になるとか、味方の中にいても孤独な存在だとか、訳ありなキャラクターらしい。
おかげで、黒沢にも勝手なイメージが付いてしまっている。
だが、そのイメージを肯定するかのように、黒沢洋平は六人の中で一番謎の人物だった。単にあんまりしゃべったことが無いだけかもしれないけど。私達がこの話をしていても、黒沢が話しに入ってきたことはないし、他の人と話しているのもあまり見たことが無い。
彼の方を見ると、自分の席に座って何かの本を読んでいた。
「黒沢ぁ、黒沢はどう思う?」
能天気男、赤木が黒沢に大声で話しかけた。
私達の会話を面白そうに聞いていたクラスメイト達も黒沢に注目する。
「何が?」
面白くもなさそうに、彼は一言。
「いや、だからさー。俺達カラーレンジャーとか言われてんじゃん。黒沢はどう思う?」
「・・・・・。さぁ。どうでもいいけど。」
表情一つ変えずに黒沢が言う。なんだか愛想の無い人だけど、その態度が彼に似合っているようで複雑な感じだ。
短い黒髪にめがね、おまけにこんなに愛想もない。 それだけ聞くとなんだか暗そうなオタクを思い浮かべるかもしれないがとんでもない。
彼はクラスでも一目置かれるほど存在感がある。私の勝手な意見だが、それは体格の良さのおかげかもしれない。
長身で高一には見えないほど、がっしりとした体つきをしている。何か格闘技でもやっているのかも知れない。
強そうな体格をしているのに地味というアンバランスさが、上手く言えないけど、彼はそれでいいんだって納得させる何かがある。
「じゃあ、別にカラーレンジャーって呼ばれても良いって事?これから黒沢の事を皆ブラックって呼ぶんだよ?本当にいいの?」
「・・・・・。」
白田の指摘に、思わず黒沢も読んでいた本から顔を上げる。
その顔は表情を読み取るには難しいが、微妙に歪んだ眉に苦悶の感情が見て取れた。
「ね?嫌でしょ?」
普段めったに人を相手にしない黒沢を困らせたことが嬉しいのか、白田の顔にはいつもより楽しそうな表情が見える。例え本人が違うといってもそうとしか思えないような、意地悪な笑顔だ。
しかし実際、このままクラスの皆がカラーレンジャーと私達の事を呼んだとしても、黒沢のことだけは皆軽々しく「ブラック」なんて呼べないんじゃないだろうか。
「・・・・呼ばれても振り返らないけどな。」
「あぁ、なるほど。」
思わず皆が納得して相槌してしまったその一言を最後に、黒沢はまた本に目を落とす。
何の本を読んでいるのかと覗いてみたら、それは小説のようだった。私の位置からはどんな内容かは分からない。
「で、結局どうするんだ?」
「なにが?」
赤木が青山に間抜けにも聞き返す。どうやら話が長くなりすぎて、何の話をしていたのかさえも忘れてしまったようだ。
「もういい。」
がっくりと青山がうなだれる。なんだが、青山はいつも赤木に振り回されている気がする。
気の毒な彼を尻目に、私はこのメンバーは居心地がいいなんて、そんな事を考えていた。