わたしは嘘をついている
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乾いた寒々しい風が、鳥の声を吹き散らす。
粗い毛織りの外套を強く躰に巻きつけ、身を縮める。長く伸ばした黒髪も、帝国風に結い上げてしまえば、うなじを初冬の風から守ってはくれない。
黄金の陽は空を赤く染めて墜ち、影を長く伸ばす残照も薄れ、陰鬱な夜闇が裏庭を満たし始めていた。
庭の隅にうずくまったわたしの手には、割れた粘土板があった。表面には細かな文字がびっしりと刻まれている。今朝、日の出よりも早く起きて、薄明かりの中でどうにか完成させた詩だ。
――まだこんな駄文しか作れんとは、今までいったい何を学んできたのだ、つまらぬ石塊めが!
叩き割られた粘土板を見ていると、苦々しさがまた胸に突き上げた。
いちばん大きな欠片を取り、ごみ捨て穴に思い切り投げ込む。何度も削って書き直して、哀れなほど薄くなった粘土板。どうせそろそろ替えなければならない代物ではあるのだが。
(出来が気に入らないからって、ここまでしなくてもいいでしょ、くそじじい!)
苦労して書き上げた詩を、散々こき下ろされた挙げ句に目の前で粉々にされたことを思うと、怒りと悔しさは容易に収まりそうになかった。
十二の歳から、七年。エディスの町に来て、誓文士ロクサの住み込みの弟子となってから、それだけの月日が経った。
ロクサ先生は癇癪持ちで、偏屈だ。詩の出来は勿論、石板の準備が悪いの、文字に色をつける顔料の調合が下手だのと、ことあるごとに怒鳴り散らす。半分以上は八つ当たりだ。寄る年波で膝が痛むか、さもなくば、二日酔いで頭が痛むのだ。
怒鳴り返したいと思わないわけではない。この家を飛び出し、どこか他の町で別の仕事をして暮らしたいと思ったことも、数え切れないほどある。
けれど、できない。
頼れる親族もなく、学問も《才》も、美貌も家柄もない十九の娘が、何の当てもなく家を出て行って、どうやって暮らしていけるというのか。良くても娼婦や物乞い、下手をすれば盗賊の獲物か、獣の餌になるのが落ちだ。それが分かる程度の分別は、ある。
それに、怒鳴り返せないのは、わたし自身にも理由があるのだし……。
冷たく暗い風に吹かれて、首すじとともに躰の奥も冷えていった。
重苦しい後ろめたさが、いつものように胸を沈ませた。詩が出来ようと出来なかろうと、わたしは、誓約の儀式には立ち会えない。何か理由をつけて家に引きこもる。そうしなければならない。
――誓文士は、神々に捧げる誓いの詩文を代作する者。
その言葉は端整にして麗しく、かつ、真実でなければならない。
虚言をもって誓約を穢せば、神の怒りに触れ、誓いは呪いと化し、災いとなって戻ってくるだろう。
それなのに。
誓文士見習いのわたし、今はラキスと名乗る女は、ずっと、皆に嘘をついている。