第4話 正義の旅、ようやく始まる
「……ようやく本格的に魔王討伐の旅を始めるってのに、酷い面ね」
長い事世話になったスプトの街出発の朝。ルリマの小言を聞き流しながら、ギルドの扉を開けてよろよそ歩いていく。
ぐわんぐわんと周期的に脳を襲っていた痛みの波はルリマがくれた薬のおかげで大分マシになったが……それでも青空から俺達を照らす太陽の光は大分キツい。これほんとに今日出発すんの?
「でも、流石に行かなきゃだよな。他の勇者たちには負けてられねぇ」
「その意気だ!……うっぷ」
「私の賢者としての評判もかかっていますからね……早速、出発するとしましょう」
俺達は街の門に向かって歩みを速める。いやぁ、随分長い事ここに居座ったもんだ。感慨深い。
「おーーい!!」
「ん?」
声に振り返ると、ギルドの扉から冒険者達が飛び出してきていた。何回も共に酒を飲んだ、見慣れた顔だ。
「勇者様ー!頑張ってくださーーい!!」
「ちゃんと勇者の役目果たせよなぁー!」
「酒飲みすぎんなよおお!」
「……ハハ。分かってるよそんな事!」
現役の冒険者から、もう引退したであろう老人。彼らに連れられた子供達。そして、あった事の無い人たちまで。
その光景はまるで、スプトの街全体が俺達を見送っているかのようだった。
「……流石にいないか」
思わず、アルマの顔を目で探してしまった。
「癪だけど、あんたのおかげでスプトの冒険者達の士気とか、実力が上がったのは事実だわ」
偉そうに腕を組みながら、ルリマは真っ直ぐと俺を見て言う。
「魔王は俺がなんとかしとくから、お前はスプトの平和を守っとけよ。俺がいなくて大変だろうけどな」
「……ほんとに。ほんとに癪だわ」
「んだよわざわざこんな時にまで態度悪いなぁ」
「……あなたの勇者と言う立場は、様々な人たちがそれぞれ強い視線を向けている」
そう言いながら、ルリマは俺に背を向けた。……こいつはいつもそうだ。真剣に話そうとするときに限って、人の顔を見ない。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「……あぁ。いってきますよ」
もう一度─────街を見る。目に焼き付ける。
「よし!未練なし!」
「俺もだ」
「では……行くとしましょうか」
歓声を背中で受け止め、俺達はこの街を去っていく。勇者という役目は大変だが……こういう瞬間があるからこそ、俺は頑張っていきたいと思えている。ここにいないアルマの為にも……俺はこの旅を諦めない。
「しかし、まるで夫婦かのようなやり取りをするのだな、ロクトくん」
「あぁ?」
スプトの街から最も近くに存在する森林。名前は……付いてたっけ。忘れちまった。
この森はどんどん進んでいくほど蔓延る魔物は強力になっていき、日光も遮られていく。おまけに空気中にめちゃくちゃ濃い魔力が溶け込んでいて、常人では数分で体調を崩す。
「ルリマさんの事でしょう?……まぁ、ロクトは女の子女の子言ってるくせに結局は彼女といい感じになって、この三人の中で一番早く結婚しそうな気はしていましたが……」
「うーん……どうだかなぁ」
両手で後頭部を抱え、上空を見上げる。木々で青空は覆い隠されており、白い雲と飛翔する鳥たちの代わりにやけに鋭そうな枝が見れる。
そんな危険のいっぱいなこの森だが、魔物と魔力の対処は全てサヴェルの魔法に任せている。
「アルマの索敵が無い以上、このように常時魔法を発動させて迎撃するしかないのですが……いくら魔力が無尽蔵な私でも、長い時間は無理ですからね」
「長い時間って、どんくらい?」
「フッ……およそ二週間ほどですね!!」
自慢げに片眼鏡をかけ直すサヴェル。本当に天才なのは分かるけど、才能に代償は付き物なのかなぁ。
「おい、話を逸らすでないぞロクトくん!お前は俺達を裏切るのか?ルリマさんと……そういう仲になってしまうのかぁ!?」
「だぁから、違うってずっと前から言ってるじゃねえか」
確かにルリマとの付き合いは長い。子供の頃も、学生時代も。少し会ってなかった時期はあったが……いや、俺が『違う』と言うのはそれが理由なんじゃない。
「あいつはさ、俺の事が本当に嫌いなんだよ」
「私は賢者なので分かるのですが本当に嫌いな人間に対してあのようないってらっしゃいは観測されませんが???」
「そうは言ってもなぁ……ま、俺は別にあいつの事嫌いじゃないからな。あいつが俺の女になってくれんならそれはそれで良しじゃねえかよ」
「俺は賢者ではないが勇者はそんな事言わないというのは分かるぞ……」
こんなくだらない話をしている間も、サヴェルの魔法は発動する。
「あ、なんかデカい犬が来たぞ」
「……グルルルル」
体毛は夜のように黒く、深紅の眼光が目立つ……頭が三つもある犬が、牙をむいて俺達を睨んでいる。
「おや……これはこれは。この瘴気の森でしか生息していないという『ケルベロスモドキ』ではないですか。珍しい」
「なんだその変な名前」
サヴェルが顎に手を当てて観察している途中、当然だが殺意ドバドバのケルベロスモドキは襲ってくる。砂埃を立てながら、その鋭利な爪と牙を活かして俺達を食料にしたいのだろう。
だが、サヴェルの魔法がそれを阻む。
「グガアアアッ!?」
「【自動魔弓】……古代の勇者が創造したとされる特殊な魔法でしてね。これを扱えるのも、この世界では私だけでしょう」
「お前その話何万回するつもりだよ」
魔力で生み出された矢が、でっかい犬の身体をまるごと貫く。地面に突き刺さった矢が消失すると、ケルベロスモドキの雄々しい動きもまた無くなった。この程度の魔物なら一撃だ。
「そういえばこの魔法がサヴェルくんしか使えないのはなぜなのだ?失礼だが、オンリーワンの魔法と言ったらもっと凄いモノだと思ったのだが……」
「あぁ……それはこの魔法の事が書いてあった文献、なぜか至る所が黒い丸で塗りつぶされていて、この魔法も『ファンネ●』みたいな感じになっていましてね。この黒丸の中を適当に埋めても魔法はいい感じに発動するという事を私が発見し、それを魔法協会に報告していないだけです」
「サラッととんでもない事言ったな。それって……なんというか、怒られないの?」
「知りません。賢者でも知らない事はありますので」
魔法協会っていうと……国や人種という垣根を越えて魔法を発展させる為の組織だよな?賢者の称号もそこで与えられるはず。いややっぱり駄目じゃね?
「……おや、もうすぐですよ最初の目的地に着きそうです」
「あれ、もうそんなに歩いてたのか」
俺達が魔王城を目指すうえで、スプトの街から旅立ち、最初に目安として向かおうとした場所。薄暗い木々の集団があと十数歩進めば終わりを迎えるのが分かる。景色はだんだんと明度を増していき……やがて、森を抜けた。
「おぉ……ここが噂に聞いた『勇者の爪痕』か……!」
ゴルガスは興味深そうに目の前の─────巨大なクレーターを覗き込む。大きさで言えば、スプトの街の四分の一程度はあるだろう。
「そっか。ゴルガスはこれ見るの初めてだったか」
「あぁ。しかしこれは……想像以上に大きいな」
ここはかつて、この世界に現れた初代勇者が放った魔法の跡だと言う。自身の全ての魔力を放つ魔法……今は禁忌とされて封印されているだとかなんとかサヴェルは言ってた気がするけど、とにかくやばめの場所だ。それにここは元は山だったという説もあるくらいだ。山から地面が抉れている状態にするなんてどんだけ暴れたんだ、初代勇者様は。
「……さてと!ここに直接の目的がある訳じゃないからな。先輩勇者を拝むのはこれくらいにしといて、先を進もうぜ」
あくまで魔王城への道のりにここがあったから通ったまでだ。足を止めるわけにはいかない。
俺達は抉れた地形に踵を返し、地図に沿って進んでいく──────
「っ!」
前方。クレーターから離れ、舗装された道が始まったぐらいの場所。見えたのは──────傷のついた馬車と、それを取り囲む、武器を持った集団だった。
「だ、誰かぁっ!たす、け─────」
聞こえたのは──────女の子の声。
……来た来た、『勇者』をできるシチュエーションが!