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第12話 迅速な非難が重要です

 前魔王の政策は平和を尊重し可能な限り人間達との対話を目指した。最も近い帝国との交流を重視した影響で、魔王城は帝国から侵攻を受けやすい設計となっている。今私が立っているこの巨大な門──────それを超えてしまえば帝国は簡単に魔界へ入る事が出来てしまう。だからこそ、数年かけ防御設備を厳重にしているが……帝国が軍単位で魔界に攻め入る時は、魔界自体の負けが確定している時なのだから意味が無い。

 軍事力が優れている帝国でさえ、聖剣を使いこなす勇者を送り込む方が速いと判断しているのだ。帝国軍がわざわざ来るときは陛下が黒の勇者に敗北し、魔界を完全に支配する時。


 私は門の端に立ち、空中へと右足を踏み出す。吹き荒れる風に、身体を委ねる。


「っ────」


 名前の無い風魔法だ。私が思いついて使っているのだから、私が名前を付けなければ無名のまま。翼を生み出すわけでも、魔力を噴射する訳でもない、ただ単に空を漂うだけ。

 ───────高速で。


 風を切る音のみが耳に入ってくる。


 護衛などいらない。と言うよりはいない方が良い。

 この任務において東の勇者を殺害する場合、それは暗殺という形になるだろう。魔の象徴たる頭部の角を折られた私の外見はほぼ人間と変わらない。それを利用した私にしかできない勅命。人間界で暮らした時間は少ないから、この真っ白な髪が珍しくないかが分からないことが不安要素だ。

 ……もう一つの不安は、私が東の勇者に殺された場合。この任務は最悪、東の勇者を殺せなくとも、捕らえられなくとも、私が情報を持ち帰ることが出来れば十分だと陛下は仰った。


 東の勇者の情報があまりにも少ないからだ。黒髪の男で、一人旅というわずかな情報しか偵察部隊は運んでこれなかった。

 それ以外の情報を掴んだ者は恐らく排除された。東の勇者に……。


(西の勇者が何を考えているかは知らないが、他の勇者と手を組んだりしない限りは無駄死にするだけだろう。私の役目は戦力が西の勇者に削がれている間に何の情報も無い東の勇者を相手にしなければならないという状況を防ぐ事)


 ……気付けば、帝国領に飛び込んでいた。

 私は魔力量が少なく察知されにくい代わりに、こうして飛んでいける時間が短い。


(……魔界と一番近い街。名前は何と言ったか)


 上空からでは微かに見える程度だったが、建造物の集合体があるというのは分かる。


(最後に発見報告があった場所と勇者の移動ペースからして、この街に来ている可能性はかなり低いが……念のためだ)


 私は徐々に高度を下げていく。

 魔界へ突入する前の準備などの要因から、東の勇者がここに来るのはほとんど確定しているようなものだからだ。しかし、そのタイミングで勇者と接触するようでは遅い。まずはこの街の中で風魔法を使い住民たちが勇者の話をしていないか確認して────────


「…………む?」


 ……まだ地上への距離は離れているはずなのに、街から多くの声が聞こえてくる。何か……祭りのようなものだろうか?


「──────いや、違う」


 これは──────悲鳴だ。

 魔界の軍か?……違う。帝国方面は私の管轄内でありそんな指示は出していない。関係ない街を襲うなど以ての外だ。


 ……段々と、見えてくる。家、家、噴水、教会───────。


「あれは……何だ?」


 そこにいる人々は、とても祭事を楽しむような様子には見えず、何者かに襲われているようにも見えなかった。

 ──────うずくまる大人。走り回る老人。泣き叫ぶ子供。


 そして────────そこには、『あってはならないもの』があった。


「ッッッ!!」


『それ』を視認した私は落下しながら勢いよく身体を捻り、さっきまでいた上空を見上げる。


 だが──────見られているのは私の方だった。


 上空を覆いつくすのは……いくつもの『巨大な目』。それはこの世界に七つ存在する絶望の象徴の一つであり、街に出現していたものと同じ。


「『傍観者(ロズ)』─────だと……ッ!?」


 マジストロイ陛下と同じ『災害』が、街と私を覆いつくしていた。






























 ー ー ー ー ー ー ー






















ーーーーーーー

勇者の爪痕前

ーーーーーーー



「てかポチさぁん!?」


「なんだ!」


 疾走する獣、そしてそれにしがみ付く少女。移り変わる景色と押し寄せる空気の波に耐えながら、白い毛を握り続ける。


「勇者の爪痕って魔力が濃すぎて体調悪くなるんでしょ!?いくらあたしがスーパー獣人だからって長い時間いるのは厳しいよー!?」


「無論、分かっている」


 獣の視界は既にクレーターの端を捉えていた。彼の脚力ならば、瘴気の中心まで到達するのに一分もかからない。


「……障壁を張る」


 ポチの瞳が翡翠色に光る。

 高速移動する獣と少女の周囲に魔力によって生成された薄い膜が展開される。それは外から見れば少しだけぼやける程度の見た目の変化であり、さほど頑丈な物には見えないが───────


「突入するぞ」


 勇者の爪痕の、瘴気と化した魔力を完全にシャットアウトしていた。


「わ……魔力どころか風も当たってこない!風圧でブサイクになっちゃってたから助かる~」


 風圧が無くなったことで、外の景色もしっかりと目を開いて見れるかとリェフルは思ったが……恐ろしい速度で移り変わる景色を見ても酔いそうになるだけだった。


 ──────が、景色の色が一定に変わった。

 一面、大地の色。

 それと同時に獣の脚も段々と速度を落としていく。


「ここが……勇者の爪痕。勇者として一度来てみたかったんだけど……」


 想像以上に殺伐としていた。その肌で瘴気を感じなくとも、悍ましい死の気配や根拠のない危うさが彼女の獣的本能を刺激する。


「…………ん?」


 クレーターの中心部。


 そこには何もない。だが、何かがある。


「ポチさん、あそこって─────」


「……うむ」


「!」


 リェフルはその両手で、ポチの全身の毛が逆立っているのを感じた。

 迂闊に触れ続ければ、肌に刺さるのではないかと思ってしまうくらいに。


「いるんだね?あそこに」


「いる。あの下に」


 海とも言えるほどの量の魔力に包まれていても、毛の一本一本が感じ取っている。

 魔力ではない。魔を統べる者の覇気を。


「…………」


 遅いわけでも速いわけでもない、しかし着実に一歩一歩を踏みしめる獣の歩み。リェフルは背中から降り、膜の中から出ないようポチにくっついて自分の脚でクレーターを歩く。


 やがて、中心部に到達する。何もないはずの地面を見下ろし、ポチは砂を器用に前足で払い、現れた石板に魔力を流し込む。


「「……」」


 リェフルは何も言わずに、降下していく足元を見つめる。


(…………多分、いる。顔を上げたら、魔王が。災害が)


 こんな場所では魔力は感じ取れない。単なる気配だ。それが彼女の恐怖心と────なにより好奇心と、闘争心を刺激する。


(聖剣はなし、仲間は置いてきたしポチさんは戦ってくれるのかよく分からないし対魔王の準備なんて何も出来てない。戦う気がないなんて信用できない……)


 肩、瞼、膝が震える。


(そんなの─────────燃えるじゃん)


 もちろん、武者震いだ。


「っ!」


 ガコン、という音と共に地面は降下を止め、地下の部屋らしき場所に到着する。その音を聞き取った瞬間、リェフルは顔を上げ─────目を見開いた。


「あんたが魔王かァ!!」


 唾を飛ばすような勢いで、むき出しの本能を声に乗せた。そして───────目に焼き付けた。


「……ふぁい」


 スプーンを口に突っ込みながら、気の抜けた返事をする魔族を。


「……ごくん。『元』ですけどね」

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