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第10話 ライバル意識は年月で研ぎ澄まされる

 あの後、ミネスに何事もなかったことを確認した後は結局リェフルちゃんとはお互いに空気読んでお別れ、アルマとは気まずい空気を払拭できずにさようなら……。


「なんでこうなっちゃったんだかなぁ~!」


「……これからどうするんです?」


 アルマ達はツーキバルへ向かった。俺達の行きたいのもツーキバル。一緒に行くと気まずくて死んでしまう。だからアルマ達を先に行かせたけど……。


「だからってずっと待ってる訳にはいかない」


「アルマくんがあんなに女性を引き連れていた以上、予定通りミネスに入って女の子をスカウトなんて事をするのは……少し屈辱だぞ」


「……気になったのは、北の勇者ことリェフル氏がなぜナルベウスに来たか、です」


「「!」」


 サヴェルはモノクルをいじりながら話し始める。


「彼女とあの獣が走り去った方向もツーキバルではありませんでした。となると、彼女達の魔王城へのルートはツーキバル通過しないという事になります」


「……っつーと」


 俺は地図を引っ張り出し、ゴルガスとサヴェルと一緒に覗き込む。


「……まさか」


「赤刃山脈を登るというのか!?」


 滅茶苦茶に尖った地面、単純に標高がクッソ高い上に魔王軍本拠地も近くて危険すぎると評判の赤刃山脈を……登る!?


「馬鹿げてんだろ!」


「……もしかしたら、あのどこかで見た事のあるような獣なら……登れるのかもしれません。それか、雷の聖剣に特別な力があるとか」


 雷の聖剣に関しては……なんつーか、俺の勘違いじゃなければだけど、俺が聖剣に選ばれていないように特別な事情があるんじゃないのかなって思った。……同類の波動を感じた。俺がそう思いたいってのもあるだろうし、甘い憶測で二人を惑わすつもりはないから言わないでおくけど。


 ……でも、でも。


「……でもよ。あいつらが本当に登るとしたら」


 ──────俺達は迂回して行くというのに?あいつらは正面突破ってか?


「───────負けてらんねぇよなぁ!?」


「フッ……あなたならそう言うと思ってましたよ」


「行くというのだな?赤刃山脈を……!!」


「あぁ!行こうぜ!」


 俺は地図に書いておいた当初の予定のルート、休憩できそうな地点などをすべて無視して……今ここにいる場所から魔王城まで一気に線を引いた。

 勇者なら越えてやろうじゃないか、山の一つや二つくらい!


「よっしゃ!一気に突っ走るぞお前らァ!」


























 ー ー ー ー ー ー ー


























「うーん……100年ぶりくらいですかね?」


 彼女の目の前に広がるのは、見渡す限りのクレーター。彼女の周囲を覆うのは、常人ならば体調の異常を訴えるほどの濃度の魔力。


 だが、彼女にとっては心地よいものだった。


「ふぅ……」


 フードを外し、長く、透き通る蒼さの髪を空気に触れさせる。

 頭部に突き立つのは、二本の漆黒の角。


「用事も済ませましたし、ようやくここに来れました」


 最も深く、広いクレーターの中心部に彼女はしゃがみ込む。手で砂を払い、石板を露出させる。そこに掌を当て─────魔力を注入する。


 その瞬間、彼女がしゃがみ込んでいた半径数メートル程が音を立てて降下していく。

 クレーターの地下に立った彼女は目的のものと対面した。


「やっぱり、二人とも掃除しに来てはくれてないんですねぇ……全く」


『それ』に歩み寄り、両手で触れる。右手からは水魔法を、左手からは風魔法を、低出力で。


 その石にはこう刻まれている。


『勇者、ここに眠る』


 その下には『彼』の名と、『彼』が駆け抜けた年数。


「挑戦しましたが、やっぱり私には荷が重いです。玉座なんかに座っちゃってるんですよ?似合いませんよねぇ」


 布巾を取り出す。


「あぁそうだ!サクラちゃん、生き返ってましたよ。……もう私の事も覚えてませんでしたけどね」


 丁寧に、彼の名前をなぞっていく。


「きっとあなたの事すら忘れていますが……幸せそうだったので、それでいいですよね?」


 二桁の数字をなぞる。


「私は……あなたの何倍生きてるのでしょう。もう、数えたくなくなっちゃいました」


 もう一度水魔法をかけて『勇者、ここに眠る』の文字をなぞっていく。


「無暗に命を投げ捨てないで、とあなたは言っていましたね。でも……私もここで寝たいなぁって、来るたび思います」


 次元魔法を発動し、中から花を取り出す。


「……今日もまた、作ってきましたよ」


 続いて取り出すのは……二つの小さな小皿。乗せられているのは、乳と卵と砂糖を冷やして固めたものに焦がした液体状の砂糖をかけたもの。動かす度、ぷるんと揺れる。


「……いつ食べてもスライムみたいで、好きになれませんね。これだけは本当に……」



























 ー ー ー ー ー ー ー






















「バレるかと思ったぁ~!」


 森林を駆ける獣の背の上で、少女はため息を風に乗せた。


「短気すぎるぞ。もっと計画性を持て小娘が」


「だ、だって……他の国の勇者ってなったら警戒しちゃうよ。あーあ、帝国とか魔女の森の勇者が不安でしかないよ……」


 リェフルは袋の中身を覗き込みながら言う。


「聖剣、急に直ってくれたりしないかなぁ……って、どうしたの?」


「……ここまで来れば警戒されないだろう」


 狼はひとしきり走ったところでその四足を止めた。


「サクラ────あの赤い鳥を使役していた小僧を追う」


「あぁ……こっそり付いて行きたいから一度離れたって事?びっくりしたぁ、一瞬赤刃山脈の方行くのかと思っちゃったよ。流石にそんな馬鹿すぎることしないか!でもあの子の場所分かるの?」


「分かるのだ。奴からは『あの女』の匂いがした」


「『あの女』?」


 狼は嗅覚を研ぎ澄ませ、アルマ一行の位置を把握する。

 彼に付いていた匂いは、もう一つの懐かしい匂い。記憶を失ったかつての仲間とは別の物。


「貴様ら勇者が倒すべき対象」


 巨躯は湿った土を抉りながら森林を突き進む。


「『魔王』……レナ・ブレイヴ・ラグナフォートの匂いだ」


「────ごめん、聞き間違いかも」


「あの小僧は魔王と接触している」


「ストレートな言い方になって帰ってきちゃった!」


 魔王。

 この世界の最上位に君臨する七体の災害級生物の一体であり、生物としての名は『統率者(エリュトロス)』。魔物、または魔族を従え、代替わりしながら存在し続ける王者。基本的に魔王が誕生すると同時に聖剣が姿を現し、勇者を選定する。そして勇者は魔王を倒しに向かい、魔王は勇者を迎え撃つ。

 それがこの世界の理であった。


 その点レナ・ブレイヴ・ラグナフォートは歴代魔王の中で最も異質な存在と言える。唯一他種族との平和的関係を築こうとした魔王であり、実際それは上手くいっていた。

 十数年前、突如として魔物達の侵攻が再開するまでは。


「っていうかなんで魔王の匂いなんて知ってるの?……もしかして実は魔王軍の手先であたしを殺そうとしてるとか……」


「ヤツの部下になるなど想像しただけで寒気が止まらん」


「じゃあどういう関係性なんですかぁ」


「────ただ、同じ主に仕えていただけだ」


「…………ふぅん」


 リェフルはまたもや、乗っている背中から寂しさのようなものを感じた。

 もう帰ってこない人を想っているような、儚くて切ない感情が。


(─────もし)


 白き獣は速度を落とさず走行を続けながら、ふと思う。


(もし、今の魔界を動かしているのがレナでないのなら)


 それは彼が知っている『レナ・ブレイヴ・ラグナフォート』という魔族は決して自分から戦争など起こそうとしない性格だから、という言葉にするのが少し恥ずかしいような、堅い信頼から来るものだった。


(今の魔界は─────本気で勇者を殺しにくるはずだ)


「ってちょっと待って。こっちって僕達私達の愛しき祖国の方向じゃない……?」


「当たり前だろう。あの小僧を追っているのだからな」


「やだっ……ツーキバルやだっ……!」


「……いたぞ」


 走行を止め、ゆっくりと前足を折りたたみ、ポチは茂みの隙間から覗き込む。目線の先はアルマと彼を囲む女性陣一行。


「うーわモテモテだねぇ」


「……」


 ポチは接触することもせず、ツーキバルへの道を進むのを睨み続ける。


(付近に巨大な魔力反応は感知できない。レナと接触しようとしている訳ではないようだ。それか、レナが我の感知能力を上回るレベルで魔力反応を消しているか、だ)


 彼とて、自分の背に乗っている少女に死んでほしいわけではない。事態の急速な終息を願っている。

 だからこそ、魔王が今も魔王の座に着いているかを確かめる必要があった。


「ツーキバルに行ったら、まずどこへ行こうか」


「あ……お墓参りに行きたいです。父さん、寂しがっていると思うから」


 聞こえてくる会話は完全に彼らの事情。アルマを追っていても、これ以上の収穫はないかもしれないと思い始めていた。だが、魔王の手がかりは彼しかない。


「お墓、かぁ。同じ獣人として気の毒だよねー奴隷って。良い家に生まれて良かったー」


「その良い家は今頃、お前が聖剣を破壊したのが発覚して大騒ぎだろうがな」


「うぅ……」


 歩みを進めていくアルマ達を追おうとしたところだった。


(─────墓)


「どしたの?」


 獣は動きを止め、その強靭な四肢で大地を踏みしめた。


「…………そうか。どうして気付かなかった─────!」


「ちょ、うわぇえ!?」


 踏みしめた土は埃となって宙に舞い、足元の草花は散っていく。アルマ達とは逆を向き、巨躯は再び走り出した。


「いきなりどうしたの!?あの子についてかなくていいの?」


「あぁ。奴の居場所が分かった」


 レナ・ブレイヴ・ラグナフォートの魔力は『魔王』の肩書に恥じない規格外の量だ。だからこそ感知能力に長けているポチならばすぐに居場所が魔力で分かってしまうはずだった。


 だが、感知器官が痺れてしまうほど魔力が濃い場所にレナが来たとしたら?


「我が眠っている間に来ていた訳か……!」


「ん?よく分かんないけどあたしがポチさんを起こしちゃったのはお手柄だったって事?」


「舌を噛むぞ小娘」


「はいはい。それで、今度はどこに行こうと?」


「──────『勇者の爪痕』だ」


 元々魔力が濃い場所として知られている、数少ない場所。ポチが感覚を研ぎ澄ましても感知できないのではなく、とっくに魔力も感じてはいる上でそれがさらに巨大な魔力に上書きされてしまい、レナの魔力だと認識できていなかったのだ。初代勇者が残した瘴気と化している強大な魔力によって。


「奴もまた、墓参りに来ているのだろう。わざわざ我が寝ている時期に来るとは……」


「ふーん……ん?ってことは──────」


 リェフルは顎に手を当て、数秒考えた後、全身から冷たい汗を噴き出した。


「い、今から……魔王に会いに行く……って事?」


「そうだ」


「いやいやいやいやいやいやいやいや!!」


 リェフルは手に持った袋をギュッと握りながら、ポチの頭を殴った。


「何をする小娘!!」


「おかしいでしょ!!聖剣壊れてるんだよ?あたしとポチさんしかいないんだよ?そんな状況で魔王に会いに行くなんてどうかしてるよ!!ってかまだ旅始まったばっかだし、こういうのって普通は各地で幹部的なやつを倒してからいざ魔王城へ!って感じじゃないの!?いきなりすぎ!大体なんで魔王が人間が住んでるような所に!?ナルベウス王国怖すぎでしょ!!」


「ギャーギャー騒ぐなやかましい!安心しろ、あちらに敵意は無いはずだ。……多少意見の食い違いで口論は起きるかもしれないがな……」


「ほんとに?ほんとに口論で終わる?手出そうとしたらポチさんさっきのあたしの事言えなくなるからね?」


「生意気な事を言うな小娘。振り落とすぞ」


「ひど……」


 リェフルは無意識に、袋の中を覗き込む。もう何回この動作をしただろうか。溢れ出る不安が彼女を突き動かし、意味の無い期待が袋の中身に向けられる。


 相変わらず、中に入っているのはバラバラになった剣。

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