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第8話 ソフトボール その2

――4回表



「再び相まみえました永遠のライバル。“ミス”長嶋対“女帝”樹里。ここまで、樹里選手以外には塁に進むことを許していません、長嶋選手。現在4回の表、2アウトという状況であります。さぁ、長嶋選手が投げる! 速い! 球速は未だ落ちていません! 打った! センター前に落ちる! マオ選手、動かない! ニヤついている! 再現だ! 2回表の再現であります! ボールはマオ選手の横を通過していく! 樹里選手が2塁を回って……いや、止まった! 樹里選手、2塁でストップしました!」


 ハッ!

 どうせまた3塁行く途中でボールぶつける気だろ。

 同じ手は食わねぇよ、まぬけ。

 気にいらねぇが、ここで我慢だ。

 そのバカげた強さの肩だけは褒めてやんよ。

 ほら、さっさと3塁に投げろよ。

 なにやってんだ。


 5分後。


 おいいいい!

 なにやってんだ!

 早くボール取りに行けって!

 なんでレフトもライトも動かねぇの?

 あいつらの作戦か?

 あたいに走らせてボールぶつけようってか!

 ハッ!

 そうはいくか!

 こうなりゃ我慢比べといこうか。

 あたいは絶対にここを動かないからね。


 1時間後。


 おい、こらぁああああ!

 さっさと動けや!

 なにやってんだよ!

 なんで誰も動かねぇの?

 あいつはずっとニヤついたまんまだしよぉ。

 審判どもなにやってんだ?

 なんで傍観してんの?

 なんとかしろよ!

 おかしいだろ!

 この状況!

 なんかクソガキが虫取り網でチョウチョ追っかけてるし。

 試合中のグラウンドに入らせるなよ。

 危ないだろ。

 っていうかお前らが全員動かねぇからガキも入ってきてんだって!

 なんなの?

 これ。

 ルール上どうなんの?

 守備がわざとボール取りにいかずに、バッターもわざと塁進まないって。

 聞いたことねぇよ。

 クソ!

 進む……か?

 あいつの送球に当たらなければいいんだから……。

 フゥ。

 よし、行ってやる!

 当てれるもんなら当ててみやがれ!


「――現代に再現された達人同士の……お~っと? 樹里選手、走る構えをとりました。ついに動くか。この膠着した状況を打破せんとする、決意に満ちた表情であります。走った! ついに動きました。ここが天王山となるか! いや、引き返した! 引き返しました、樹里選手。半分ほど進んだところで引き返してしまった。なるほど、警戒しております。送球をかわすために、フェイントを入れていこうというところでありましょうか。再び3塁へ走る! また引き返した! 徐々に徐々に進んでいこうというところであります。まさに石橋を叩いて渡る。あるいは3歩進んで2歩下がる作戦といったところでありましょうか。さぁ、どうする、マオ選手。まだ動きはありません。じっと前方を見据えて笑みを浮かべております。いったいなにがそんなにおかしいんでありましょうか。消えた! いつの間にかボールを拾っている! 投げた! さぁ、今度はどうだ! お~っと! はずした! はずしてしまった! 殺人的な剛速球は、無情にも樹里選手の横を通過してしまった!」


「アッハッハッハ! あたいの勝ちだ! これで1点はもらっ――」


 アスカは、突如出現した超巨大白球に轢かれた。



――4回裏



「――媒師選手が再び素晴らしい走塁を見せてくれましたがピッチャーゴロで1アウト。ランナーなし。さぁ、ここで二大スターの対決だ。2回の表では卑劣にもデッドボールで勝負を避けた樹里選手ですが、はたして今回はどうだ。注目の第1球……投げた! お~っと? これは! 円を描いている! ぐるぐると! ぐるぐると螺旋状に飛んでおります! ストライク! 長嶋選手、見送りました。これは打てない。いったいどういう投げ方をすればこうなるんでありましょうか。まるで螺旋階段……冥府へと続く片道切符。地獄の主が、虎視眈々と断罪のときを待っております。抜け出せるか、長嶋選手。第2球……投げました! またぐるぐるだ! 打った! 引っ張った! ボールが左中間を割る! 2塁を回って……いや、戻ります。2塁でストップです、長嶋選手」


「チッ! マジ、ざけんなよ! あの野郎! 死ね! 死ね!」


「地団駄を踏んでおります、樹里選手。素晴らしい選球眼です、長嶋選手。冥府や地獄もなんのその。ソフトボール界に舞い降りた天使。“エンジェル”シゲミであります! さぁ、1アウト、2塁。絶好のチャンスにマオ選手の登場だ。今度はバットを持っております、マオ選手。ゆっくりと、実にゆっくりと、片手でバットを肩に担いで、右のバッターボックスに入る。不敵な笑みを浮かべております。樹里選手が投球姿勢に入る。投げた! ぐるぐるだ! さぁ、どうする。マオ選手! お~っと? 左手を前に翳して……? なにをしようというんでありましょうか。あ~っと! 止まった! ボールが止まった! ボールが空中で静止しております! 江川さん、どういうことでしょう?」


「えぇ、おそらくですね、マオ選手の超能力によるものですね。えぇ。物体を意のままに動かす念力ですね。サイコキネシスともいいますが、これが使えるとですねぇ、ヒットにもホームランにもし放題ですから。素晴らしい能力ですよ」


「はぁ!? 汚ねぇぞ、てめぇ! なにしやがった!」


「我にかかればこんなことは造作もない。さぁ、覚悟しろ。場外ホームラン……いや、大気圏まで飛ばして宇宙の塵にしてくれるわ! フハハハハハハハハ!」


「や、やめろぉおおおおおおおお!」


 スカッ。


「ムッ。い、意外と難しいな……フンッ!」


 スカッ。


「ぬうううううううう! 当たれ! 飛べ! 吹き飛べ! 消えろ! この!」


「マ、マオ選手、なかなか当てられません。バットを高速で振り回しておりますが……お~っと! 当たった! 高い! 高く上がった! 高く上がって……取りました。キャッチャーフライです。2アウト」


「あ~、もう~。なにやってんの、マオ。って、あれ? 消えた」


 球場の声や音が、かすかに聞こえてくるコメディ高校のロッカールーム内。

 魔王はそこに置かれた長椅子に座り、顔を両手で覆っていた。



――7回表



「――ライト、取りました。ライトフライで1アウト。長嶋選手、ここまで0点に抑えております。樹里選手以外には塁に進むことを許していません。しかし、さすがにシリアス高校の選手たちも目が慣れてきたんでありましょうか。ここは踏ん張りどころであります。さぁ、“女帝”の登場だ。今日は2打席、2安打。慎重に攻めていきたいところであります。球場内が、緊張に包まれる。投げた! 速い速い! 未だ球威は衰えることを知りません! 打った! 大きい! 大きい! センター方向! ホームランコースだ! お~っと? 止まった! ボールが止まった! 空中で静止! マオ選手です! 念力でボールを止めてしまった! ボールが落ちる! まさに急転直下! 自然落下していきます!」


「ざけんな! そんなのありかよ! インチキじゃねぇか!」


「落下地点にいるマオ選手。しかし、捕球する様子がありません。笑みを浮かべております。どうしようというのでありましょうか。ボールはマオ選手のすぐ近くに落下! 樹里選手は2塁を回る!」


「クソッ、こうなったら3塁を狙って……あっ! しまっ――たああああぁぁぁぁ……!」


「あ~っと! 吹き飛んだ、樹里選手! 球場の壁が、人型にくり抜かれてしまいました。大丈夫でありましょうか」



――7回裏



「7回の裏、コメディ高校の先頭打者は“ミス”長嶋。この回で決めておきたいところであります。点が入ればその時点でサヨナラ、コメディ高校の勝ちとなります。さぁ、長嶋選手の登場です。いつの間にか観客席は満員御礼。5万人のシゲミコールだ。お~っと、ウェーブも起こっております。ファンの声援に応えることができるか。樹里選手が投球姿勢に入る。静まり返る球場。5万人が固唾を飲んでおります。投げました! お~っと! これは! 分裂している! 球が分裂している! 6つ……いや、7つに見える! 分裂魔球だ! 打った! なんともあっさりと打ち返した長嶋選手! ライト前に落ちる! 大歓声であります。長嶋選手は1塁でストップ。さぁ、ノーアウト、1塁。最高の場面でこの選手の登場だ。なにをしでかすかわからない。危険な雰囲気を纏っております。まさにコメディ高校の火薬庫、あるいは時空のインフレーション、ビッグバンといったところでありましょうか。いつものように不敵な笑みを浮かべてバッターボックスに入ります。お~っと、マオ選手、バットを高く掲げて……スタンドを指します! ホームラン予告だ! 沸いております、球場内。割れんばかりの大歓声。怒っている。怒りを体中で表現しております、樹里選手。さぁ、ここはなにを投げるか、見ものであります。注目の第1球……投げました! お~っと? これは!? 球が膨張して……? 膨らんでいきます! 全長1メートル! 2メートル! 3メートル! 4……うわっ! 私のスカウターが壊れてしまいました! なんということだ! 計測不能だ! 超巨大白球だ! しかし、マオ選手! 果敢にもバットを当てていく!」


「こ……ここ……こんな……もの……! こっ……こんな……!」


「ボールとバットのぶつかり合い! 意地と意地のぶつかり合い! 1対1のタイマン勝負! どちらも引かない! 引けるわけがない! さぁ、こらえろ! マオ選手! どうだ! こらえろ、マオ選手! 肉体が悲鳴を上げる! 筋肉のグランドキャニオン!」


「アーッハッハッハッハ! 終わりだね。さぁ、球場のバカども。あたいに歓声を送りな! とどめをさしてあげるよ」


「球場全体からブーイングの嵐であります。樹里選手に対して罵詈雑言だ。あ~っと! 白い球が少しずつ、少しずつ縮んでいきます! いったいなにが起こっているんでありましょうか! 江川さん!」


「えぇ、球場にいる全員の想いがですねぇ、一丸となってボールを縮めているんですね。えぇ。人の想いというのはですねぇ、見えませんけれども、ときにパワーを持つものですから。えぇ。見えませんですけれども」


「なるほど! さぁ、徐々に、徐々にマオ選手が押し返しております! ここまで耐えた、マオ選手。止まない雨はないように。明けない夜はないように。日の出が、今まさにその姿を見せようというところでありましょうか!」


「ハァアアアアアアアアーーーーーーーー!」


「打ち返した! 打ち返した! 打ち返した! ホームランだ! ぐんぐん伸びて! 場外! 落ちない! まだ落ちない! 1直線に飛んで! 星になった! 勝った! サヨナラだ! サヨナラ! グッバイ、ベースボース! コメディ高校の勝利であります!」


「やったああああああああ!」


 歓喜するコメディ高校の選手たち。

 球場全体がお祭り騒ぎの狂喜乱舞。

 魔王は、3塁方向へ歩きだしたところでコメディ高校の選手たちに一斉にツッコまれた。

 ゆっくりと1塁へ向かう。

 四つん這いで項垂れるアスカを尻目に、ムーンウォークで進む魔王。

 いつの間にか1塁と2塁の間に腰くらいの高さの板が設置され、エスカレーターのパントマイムで進む魔王。

 セグウェイに乗って3塁へ向かう魔王。

 最後は腕を組みながら堂々と歩いて、コメディ高校の選手たちが待ち構えている場所を目指し、ホームベースを踏んだ。


「みんな! マオを胴上げよ!」

「わ~っしょい! わ~っしょい!」


 私は腕を組みながら、浮遊しては落下するということを繰り返している。

 元の世界とは随分と異なる変な世界だが、こちらにしばらく身を置くのも悪くないかもしれんな。

 フッ。

 人間どもと仲良しごっこする魔王か。

 まぁ、たまには……ん?

 一瞬、夜空になにかが光った。

 星か?

 それにしては大きい……。

 どんどん近づいてくる!


「げっ!」


 地球を1周した超巨大白球が、球場にすっぽりと収まるように落下した。


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