第8話 ソフトボール その1
「みんな、突然だけど今日はソフトボール部の練習試合に助っ人として参加するわ」
オカルト研究部の部室に5人集まったところでルリが言い放った。
「えっ? なんで私たちが……。ソフトボールなんてやったことないよ?」
「え~~~? いやだよ。魔法の研究したいぃ~~」
「私は戦力にはなりませんし……」
「いいから。もう決まったことなの。さぁ、みんな用意して」
「ちょっと待って。魔王はどうするの? 男だけど。あっ、そうか。女の子になればいいんだ!」
「断る」
「なんで!」
「あっ! 見たい見たい! 魔王の女の子バージョン!」
「フンッ。この魔王は人間の指図など受けん。お前たちだけでやるがいい」
「めんどくさいな~。ソフトボールやってニコニコするのと、顔面ボコボコになるのと、どっちがいい? えぇ~?」
結局、魔王は女の姿になった。
「や~~~~ん。かわいいいいいいいい!」
「かっこい~~~~~~~~! いいなぁ~、いいなぁ~、あたしもこうなりたいぃ~」
「あぁ……美しいですねぇ……美を具現化したようです……」
「こ、これが魔王なの……?」
「え~い! うっとうしいわ! 離れろ!」
魔王は抱きついてきたミツコとココを引っぺがす。
しかし、まるでゾンビのように何度引きはがしても抱きついてくる。
「さ、さぁ、みんな。行くわよ」
コメディ高校の敷地内にある野球場。
その中に併設されているロッカールームにソフトボール部員およびオカルト研究部員が集合していた。
全員ユニフォームに着替えている。
「まず、レトルト研究部のみなさんに感謝を。あなたたちのおかげで今日の試合が流れずに済んだよ。ありがとう。センキュー」
ソフトボール部のキャプテン、長嶋シゲミが感謝の言葉を述べる。
黒髪でおさげ髪。
校則は順守するという決意を感じられる髪型だ。
「キャプテン、オカルト研究部のみなさんです」
「あぁ、オカルトね。それで、みなさんはどこのカレーが好きなの? りんごとアップル?」
「……え~っと、シゲミ。私たちソフトボールなんて初めてなんだけどよかったの?」
「いいの、いいの。野球なんてバット振れば飛んでいくんだから、球が。簡単でしょ? 振ればいいんだから、バット」
こう、ヒュッと振ればいいんだから、と言ってバットを振るジェスチャーをするシゲミ。
「ソフトボールですね、キャプテン」
「そう、ソフトボール。あなた詳しいね、野球のこと。野球部員なの?」
「ソフトボール部員です、キャプテン」
「あぁ、そうだったの、頑張ってね。それよりそこのあなた、大きいねぇ~」
身長164cmのシゲミ。
女性の中では高めのシゲミが見上げるほどに、魔王の身長は高い。
「あなた外国人なの? アーユー外国人?」
「外国人? 我は魔王――」
「マオ! マオって言うのよ、彼女は。最近オカルト研究部に入部したの」
「ふ~ん、そうなの。でも、このソフトボール部に入部したからには、外国人だろうと関係ないからね。バットを振ること、ボールを追いかけることが大事なの。わかる? バットアンドボール! オーケー? こう、ダッと振ってバァーッと走る。ね?」
「彼女たちはオカルト研究部のみなさんです。今日は助っ人に来て頂いただけで、うちに入部はしてません、キャプテン」
「あぁ、助っ人の外国人ね。それで、オカルトってどういう漢字書くの?」
「キャプテン、話の続きを」
「そうね。今日の相手は私立シリアス高校。うちのあれよ。いわゆるひとつのライバル校よ」
「ケツ高ね。そうだと思った」
「ケツ高だと?」
「シリとアスでケツ高。アスは英語でお尻って意味だからね。おまけに“私立”だから、三ケツとか言われてるの」
「あちらの高校では笑顔も笑いもなくて、常に真面目な……シリアス顔でいらっしゃる方が多いと噂のみなさんですね」
「ケツ顔だよ! ケツ顔! あはははは!」
「笑いごとじゃないのよ、ココ。ケツ高のソフトボール部っていえばラフプレーが多くて有名だし、今回私たちが助っ人に来たのも、ソフトボール部の選手たちが帰り道に襲われてケガさせられたからなのよ」
「えぇ!? なにそれ! そんな怖いところとやりたくないよぉ~」
「大丈夫、大丈夫。パッと見たところ、みなさんこうパァーっと輝くもの持ってる。もし向こうがなにかしてきてもサッとね、こうヒュッとよけてもらえばいいから」
「うぅ……だ、大丈夫でしょうか……不安です……」
「魔王、じゃない、マオ。ソフトボールのルールわかってるの?」
「貴様、我を愚弄する気か。知らぬことなどないわ」
「本当でしょうね? 信用できないんだけど……」
主審の前に整列する選手たち。
1塁側にコメディ高校。
3塁側にシリアス高校。
先頭に並んだシリアス高校のキャプテン、樹里アスカがシゲミを睨みつけた。
金髪に染めたウルフカットにピンク色のメッシュ。
片方を編み上げ、露出させた耳にはピアスがいくつもついている。
ヤンキー娘だ。
「長嶋ぁ、今日でてめぇのソフトボール人生は終わりだ。せいぜい最後の試合を楽しむんだね」
「私の人生はバットを振る人生だからねぇ。振り切ることが大切なのよ。いわゆるフォロースルー? ブォン! ブォン! ってね」
「ハッ! 言ってろ。あんだけ選手にヤキいれてやったのに、まだやるアホどもがいたとはね。新入りか?」
「彼女たちは非常に強力なあれよ、ストロングよ。目を見たらわかるでしょ? こう、パッと輝いていて体もヒュッとしていてダァーッて走っていく。わかるでしょ?」
「わかるか! おい、三下ども! シメられたくなかったらあんま目立たないことだね!」
挨拶が終わるとシリアス高校の選手はベンチへ、コメディ高校の選手は守備に散らばっていった。
「さぁ、始まりました。ど真ん中市立コメディ高校対私立シリアス高校、因縁の対決に今日、終止符を打つのか。司会進行はわたくし、古舘イヂロウがお送りいたします。そして、解説にはあの“怪物”江川スグリさんにお越しいただいております。江川さん、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「江川さん、今日の見どころを教えてください」
「えぇ、やはりコメディ高校の“ミス”長嶋選手とシリアス高校の“女帝”樹里選手。この二大スターの活躍でしょうね。えぇ。あとはどちらも強豪校ですけれども、コメディ高校は主要メンバーが怪我でいませんからね。助っ人と思われる5人の選手を入れてどこまでシリアス高校に食らいつけるか。そこが試合のカギとなるでしょうね」
「なるほど、まさに現役時代を彷彿とさせる鋭いコメントであります。まずは選手の紹介です。先攻はシリアス高校。4番ピッチャー樹里アスカ。残りはどうでもいい選手たちです。コメディ高校の選手を紹介していきましょう。1番ファースト南出屋ミツコ。2番ショート岡ルリ。3番サード媒師レイ。4番ピッチャー長嶋シゲミ。5番センターマオ。6番セカンド宮崎ココ。残りは覚えなくていい選手たちであります。背番号666番をつけているセンターのマオ選手、でかいっ! まるでアメリカはニューヨーク、マンハッタンにそびえ立つエンパイアステートビルのようだ! コメディ高校に彗星のごとく現れた新人の1人でありますが、その正体は一切不明。しかし、新人さを感じさせない、腕を組んでの不動の姿勢。動かざること山のごとし。貫禄十分であります」
――1回表
「さぁ、プレイボールの掛け声が球場に木霊する。試合のゴングが今、鳴らされたわけであります。長嶋選手、上半身を深く沈みこませる。深い! 深いぞ! どこまで沈みこむのか! まるで底なし沼のようであります! 投げた! 速い! バッター強振! ボールがミットに収まってからバットが振られました! 球速は? 160!? 160キロ! 160キロであります! 今の投球をスローで見てみましょう。長嶋選手が深く沈み込む。上半身を起こしながらステップを踏んで腕を回転……み、見えない! スローで見ても何回転しているのかわかりません! まるでギャグ漫画のような、走るときの足の渦巻きのようであります! しかし、これはギャグ漫画ではありません。地球が生まれて40と6億年。絶滅と進化を繰り返し、わたくしたちは今この大地に……現実の世界に生きているわけであります。その現実から逸脱した投球を見せた長嶋選手。その腕の回転はまさに竜巻製造機か! はたまたハリケーンか! 相手チームに甚大な被害を及ぼす巨大な暴風雨! “ハリケーン”シゲミであります!」
「さぁ、長嶋選手が投げる! バッター三振! スリーアウトチェンジ! あ~っと? 悔しがるバッター。バットを地面に叩きつけた! 長嶋選手を睨みつける! しかし、当の本人はどこ吹く風。颯爽とベンチへ戻っていきます。三者連続三球三振とした長嶋選手。すごい。すごいぞ長嶋選手。江川さん、どうですか?」
「えぇ、非常に素晴らしいですね。球速はもちろんですが、あの伸びですね。野球と違ってピッチャーとキャッチャーとの距離が短いですから。打者はですねぇ、球速以上の速さを感じるんですね。えぇ。ただ今回ストレートだけしか投げてませんからね。変化球も混ぜないとですねぇ、中盤以降ですね、目が慣れてきますから。そこは気をつけないといけませんね」
――1回裏
「シリアス高校の選手たちが、やる気なさげに守備に散らばっていきます。それにしてもシリアス高校の選手たち。なんとも奇抜な恰好であります。樹里選手以外はモヒカン頭に肩パッド、さながら世紀末のようだ。お~っと、火炎瓶を持った選手がおります。これはいけない! 神聖なグラウンドに火器はいけません! いったいなにに使うのか! 審判に没収されていきます。それはそうでしょう」
「コメディ高校の先頭打者は南出屋ミツコ選手。バッターボックスに入り、構えます。なんとも様になっております、南出屋選手。まるで新人とは思えない、強打者のオーラを放っているぞ。しかし、南出屋選手。右構えであります。左のバッターボックスに入って右構えであります。ホームベースにお尻を向けている。まずは挨拶代わりの小粋なジョークといったところでありましょうか。グラウンドに笑顔が溢れます。お~っと、慌てて右のバッターボックスに入り直しました。みんなの緊張をほぐそうという、なんとも憎らしい演出であります。さぁ、樹里選手の第1球。前傾姿勢から……投げた! これは!? なんということでしょう!? 波打っている! 球が上下に波打っている! まるで心電図のようだ! バッター空振り! 打てません! これは打てない! いったいどんな投げ方をすればこうなるのか。今の投球をスローで見てみましょう。樹里選手、前傾姿勢からステップして、ボールが手から離れる。波打つ! ボールが波打っている! 重力も物理法則も無視をして、ボールが上下に波打っている! そこには樹里選手の何者にも縛られないポリシーといいましょうか、はたまたプライドといいましょうか、そういったメッセージが込められているのでありましょうか!」
「媒師選手、えいっ、えいっ、という気合の入った掛け声とともに片手でバットを縦横無尽に振り回しております。樹里選手が投げる。当たった! しかし、ボテボテのショートゴロ。媒師選手、走る! 遮二無二走る! 懸命に自分の体を運んでいく! ショートがファーストへ送球……スリーアウトチェンジです。しかし、媒師選手、素晴らしい走塁でした。初心忘れるべからず。常に全力投球。これぞスポーツマンシップだ。シリアス高校の選手たちには爪の垢を煎じて飲ませてあげたいものであります。この回、三者凡退に打ち取りました樹里選手。江川さん、コメディ高校の選手たちはどうですか?」
「えぇ、南出屋選手、岡選手、媒氏選手、3人とも素晴らしい選手ですね。あの不合理でインチキな魔球とですねぇ、真っ向から立ち向かう姿勢と勇気ですね。えぇ。そして走塁ですね。全力で走ることでですね、相手にプレッシャーを与えてですね、それでエラーに繋がることも考えられますから。これからが楽しみな選手たちですね。伸びますよ、彼女たちは」
――2回表
「宿命の対決が、今まさに始まろうとしております。“ミス”長嶋対“女帝”樹里。勝利の女神は、どちらに微笑むのでしょうか。球場は静まり返っております。嵐の前の静けさといったところでありましょうか。さぁ、長嶋選手が上半身を大きく沈みこませる。投げた! ファール! なんと樹里選手。160キロの球をものともせずにバットに当ててまいりました。長嶋選手、ここは慎重に攻めていきたい。焦りは禁物。焦りは禁物であります。第2球……投げた! 弾き返した! センター前に落ちる! マオ選手、動きません! どうしたんでありましょうか! ボールはマオ選手の横を転がっていきます! マオ選手、まだ動かない! 不敵な笑みを浮かべております!」
「こらー! マオ! 笑ってる場合か! 動け! ボール取って投げるんだよ!」
「ファーストから怒号が飛んでおります。ライトの選手がカバーに入ってますがまだまだ時間がかかりそうだ。樹里選手が2塁を回る! これはいけない! このままではランニングホームランになってしまうぞ!」
「アッハッハッハ! ばーか! トーシロ連れてきやがって! あたいらの勝ち――だああああぁぁぁぁ……!」
「お~っと? 樹里選手が突然吹っ飛んだ! どうしたんでありましょうか。今の場面をスローで見てみましょう。ボールがマオ選手の横を転がってフェンスまで到達します。ライトの選手が走っ……い、いや、マオ選手です! 唐突にマオ選手がボールを拾っている! まるで瞬間移動してきたかのようであります! 投げた! 速い! まるでレーザービームのようだ! すごいすごい! 一直線にボールが飛んでいく! これは! ソニックブームであります! 音の壁を越えた際に生じるといわれるソニックブームであります! 樹里選手に直撃! 一瞬でフレームアウトしていった! はたして大丈夫なんでありましょうか。江川さん、どうですか?」
「えぇ、素晴らしい送球でしたね。ソニックブームが見れたということはですねぇ、音速を超えたわけですから。おそらく1,225キロ以上の速度が出たということですね。えぇ。ソフトボールの球の重さは190グラムくらいですから。それが体にまともにぶつかったらですねぇ、まず生きてはいられないでしょうね」
――2回裏
「さぁ、治療を終えて完全に回復した樹里選手。攻守を入れ替えて再び宿命の対決だ。あの魔球を攻略できるか、長嶋選手。正義と悪、あるいは光と影といったところでありましょうか。第1球……投げた! 波打つ! 球が上下に波打っている! 打った! ファール! なんと長嶋選手、あの反則的な魔球をすでに捉えはじめているんでありましょうか。怖い怖い、この表情。まるで猛獣が、息を潜めて今まさに飛び掛からんとしているようだ。逃げ切れるか、樹里選手。2球目を……投げた! ストレートだ! 危ない! あ~っと! デッドボール! デッドボールであります!」
「アッハッハッハ! 悪いね! 手が滑っちまったよ!」
「これはいけません、樹里選手。明らかに故意と思われる態度だ。長嶋選手、脇腹を押さえて1塁へ向かいます。大丈夫でありましょうか。お~っと、笑顔で手を振っております。どうやら心配いらないようです。なんとも爽やかだ、長嶋選手。1塁にランナーを置いて期待の新人マオ選手の登場です。さきほどは素晴らしい送球を見せてくれました。さぁ、バッティングのほうはどうだ。お~っと? バットを持っていません。手ぶらだ、マオ選手。どうしようというのでありましょうか。不気味な笑みを浮かべております」
「こらー! マオ! なに笑ってんの! バット持ってきなさいよ!」
「あの野郎、さっきあたいにボールぶつけた奴だ。落とし前つけさせてやんよ」
「マオ選手が腕を組んで仁王立ちだ。この威風堂々たる姿、まさに武蔵坊弁慶が現代に蘇ったかのようであります! さぁ、樹里選手が投げる! ストレートだ! 危ない! またぶつけようという気でありましょうか! まさに外道! この女の辞書にはスポーツマンシップも、あるいは道徳といったものもないのでありましょうか! よけた! よけた! 華麗によけてみせましたマオ選手! 器用に腰だけを大きく横にずらしました! 笑っている! 高笑いだ! 当てれるものなら当ててみろと言わんばかりであります! さぁ、樹里選手が再び投げる! またストレートだ! デッドボール狙いであります! お~っと? マオ選手がいつの間にかマタドールの恰好だ! 赤い布を広げている! ボールを闘牛に見立て、よけた! 華麗によけましたマオ選手! 実に華麗であります! 怒りを隠せない様子の樹里選手。第3球を投げた! またデッドボール狙いでしょう。さぁ、今度は? お~っと? いつの間にかマオ選手、タンクトップ1枚とジーンズに着替えております。なぜか鼻の下に付け髭をつけて、さらにはマイクスタンドを持っております。のけぞった! のけぞりました! ものすごいのけぞりかただ! 脅威の背筋だ! 筋肉が奏でるボヘミアンラプソディー! またしても華麗によけてみせました、マオ選手!」
「フハハハハハハハハ! どうした! そんな欠伸の出そうなノロい球ではこの魔王に触れることさえ……んっ?」
突如、魔王の視界がなにか白いものに覆いつくされた。
地鳴りとともに高速で転がってくる、超巨大な白球。
「ガッ……!」
なすすべなく下敷きになり、カエルのような恰好で地面に埋まる魔王。
それを見た主審は冷静にコールをする。
「デッドボール!」