第6話 性転換
「あっ! いた! 魔王!」
ミツコが指をさして声を上げた。
いつの間にかいなくなっていた魔王を探して、来た道を戻ってきたオカルト研究部員たち。
「お前たちか」
「どこ行ってたの! 勝手にどっか行ったらダメでしょ? 他人に迷惑かけてないでしょうね?」
「わ、我がそのようなことをするはずがないだろう」
「本当でしょうね? あんたが変なことしたら召喚した私の責任になるんだから。これからは私の許可なくどっか行かないこと。いい?」
「フン、我を召喚したからといって保護者面するな。この魔王を束縛しようなどとは思い上がりも甚だしいわ」
「そう、痛い目に合わないとわからないみたいね」
ミツコの体から禍々しい黒いオーラが立ち上がった。
その中には、苦悶の表情で嘆く人の顔らしきものが無数に見え隠れしている。
拳を掌で包み、バキバキと指を鳴らす。
他の3人の部員たちは遠くへ避難していった。
「そ、その程度でこの魔王ボケールが臆するとでも思ったか!」
滝のような汗をかく魔王。
「ちょうどいい。ここらでどちらの立場が上か、はっきりとさせてやろうではないか! ただの人間が、この魔王に勝てるはずがないのだ! 冥途の土産に我の本気を見せてやる! もうどうなっても知らんぞ! たとえ地球が破壊されようともな! フハハハハ!」
数秒後、地面にカエルのような恰好でめり込んだ魔王がいた。
3人と別れたミツコは、魔王を連れて自宅へと帰ってきた。
ギブスで固めた右腕をさらにアームホルダーで固定し、左手で杖をついている魔王。
プルプルと全身は震えており、頭の上にはたんこぶ、顔はボコボコ、目の周りは青いあざ。
今にも倒れそうだ。
「ただいま~」
「おかえりなさい。あら?」
リビングからミツコの母親が顔を出した。
「ママ。こいつは魔王。部活で召喚したの」
「あらあら、そうなの。いらっしゃい、魔王さん。背が高くって男前なのねぇ」
魔王はいつの間にか、すっかりと元通りの姿に戻っていた。
「フン、我が来てやったからには――」
ミツコが魔王の足を踏む。
「グッ! お、お邪魔します……」
45度の角度でお辞儀をする魔王。
「あらあら。礼儀正しいわねぇ。ミツコちゃんの初めてのボーイフレンドになるのねぇ。今日はお祝いしなくちゃ」
「そんなんじゃないから。私はポメラニアンが欲しかっただけなんだからね」
「あら、そうなの? じゃあ、魔王さんはどこで寝るの?」
「……あ゛っ」
ミツコは魔王を連れて2階へ上がると、自分の部屋の扉を開けて中へ入っていく。
「ほう、ここがお前の部屋か。犬小屋より狭いではないか」
スパン、と小気味よい音がすると魔王の鼻から血が出てきた。
ミツコの部屋はクローゼット付きの8畳で、内装は女の子らしくピンク系で統一されていた。
「じゃあ私、お風呂入ってくるから。大人しく待ってなさいよ?」
「まぁ、よかろう」
失敗したな~。
私はため息をつきながら階段を下りる。
ママやパパの部屋に置いとくわけにはいかないし。
ハァ……。
あれでも一応男なんだよね?
そりゃ、私も男の子と付き合ってみたいと思うけどさ。
ずっと一緒の部屋なんて無理だよ。
なにが犬小屋より狭いよ。
本当に犬小屋作って鎖で繋ごうかな。
どうしよう……。
洗面所に入るとすぐに違和感があった。
湿度が高くて、浴室への扉が開いている。
魔王がお風呂に入っていた。
「えぇ!? なんであんたが入ってんの!? さっき部屋にいたのに!?」
「遅かったではないか」
「な、なんであんたが先にお風呂入ってるの……?」
「大人しく待ってろと言ったではないか」
「私の部屋で待ってろって言ったの! あぁ、もう! 早く出てよね!」
その後、仕方なく魔王のあとにお風呂に入って、洗面所でパジャマに着替えた。
他人がいるとめんどくさいな~。
魔王が女の子だったらよかったのに。
あいつ、部屋でなにか変なことしてないでしょうね。
私は足早に階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を開けると突如既視感に襲われた。
魔王がお風呂に入っていたから。
「えっ!? な、なんで……?」
「遅かったではないか」
「なんで私の部屋がお風呂になってるの……?」
「大人しく部屋で待ってろと言ったではないか」
「……勝手に部屋改造するな! 元に戻して!」
「わかった、わかった。まったく、冗談の通じぬ奴だ」
魔王がそう言うと、瞬く間に元通りの部屋へ戻っていく。
まるで魔法のようだ。
いや、実際魔法なんだろう。
魔王っていうくらいだし。
その後、机に向かって少し勉強しようとしたら、魔王は本を読みだした。
これなら静かに集中できるかな。
「……フッ……フッフッフッ……」
「……」
「フハハハハ……あー……」
「……」
「……ウハハハハハハハハ!」
「うるさいなもう! 静かにしなさいよ! いったいなにを読んで――」
魔王が読んでいるのは『黒魔術入門』の本だった。
「それのどこがそんなに面白いの!?」
「フフフ……最高に面白いぞ。お前の本棚には似たような本がたくさんあるな。いい趣味してるじゃないか」
「はぁ……もういい。寝るから電気消すよ」
「あぁ」
魔王が私のベッドに寝っ転がった。
「ちょっと! なんであんたがベッドで寝てんの」
「仕方なかろう。こんな狭っ苦しいところで寝るのは息が詰まるが――」
「あんたは床で寝るの! それ私のベッド!」
「……なんだと?」
「それが嫌だったら魔法でなんとかしなさいよ。できるんでしょ? あっ、そうだ! あんた女の子になることできないの?」
「貴様、誰に対してものを言っている? この魔王に不可能の文字はないわ」
「本当!? じゃあ早く! 早く女の子になってよ!」
「ぬぅ……なぜだ」
「いいから早く!」
魔王の見た目が変化していく。
筋肉質だった体が細身の体型に。
大胸筋は大きな胸に。
腰にくびれができて、お尻はツンと上向き。
服装も露出度高めの服へ変わった。
「きゃああああああああ! かわいいいいいいいい!」
ミツコが魔王に抱きつく。
「うぐっ……く、くるしぃ……」
魔王は、抱き枕のように絡みつかれたまま眠れぬ夜を過ごすことになった。