第5話 コイントス
通りを歩いていると、さきほどと同じような店を発見した。
前面ガラス張りではなく石かなにかの壁だがガラスの窓がはめ込んであり、中を覗くと棚に商品がたくさん並んでいる。
店内には店主と思われる男が1人いるだけで客の姿はない。
ここぞとばかりに私は中に入っていった。
場面は突如、ウエスタン風の風景へと変化する。
見渡す限り肌色の地面を、灰色の道路が1本まっすぐ通って分断している。
その中にポツンと白い店が1軒立ち、そのそばには車が横付けされている小さいガソリンスタンドがあった。
「いくらだ?」
魔王は棚からピーナッツの入った小袋を1つ取ると、袋を開けて食べながら値段を店主に聞いた。
「69円です」
「ガソリンは?」
「雨に降られました?」
「……どの道でだ?」
「異世界から来られたんでしょ」
魔王がピーナッツを1つ口に入れる。
「我がどこから来たのか、お前に関係があるか?」
店主が驚いた表情で見つめ返すと魔王が続ける。
「<友よ>」
異世界の言葉で喋る魔王
店主はしばし固まったままだった。
「……別に意味はありません」
「意味はありません?」
「ただの世間話でして……それで怒るならどうしたらいいのか……」
2人の間に少しの空白が生まれる。
「ほかに用はあります?」
「さあな、あるかな?」
ピーナッツを食べ続ける魔王。
「なにか気に入らないことでも?」
「なににだ?」
「なにかにです」
「お前は我に『なにか気に入らないことがなにかにあるのか』と聞くのか?」
「……ほかに用はあります?」
「それはさっき聞いたよ」
「……えぇと、そろそろ店を閉めますので」
「店を閉める?」
「そうです」
「何時に閉めるんだ?」
「今です。今から閉めます」
「”今”は時間ではない。何時に店を閉めるんだ?」
「いつもは暗くなってからです。外が暗くなったら」
魔王が深いため息をつく。
「自分がなにを言ってるか、わかってないだろ」
「え?」
「自分がなにをいってるか、わかってないだろ。お前はいつも何時に寝るんだ?」
「はい?」
「耳が悪いのか? 何時に寝るんだと聞いているんだ」
「……だいたい9時半……9時半ぐらいです」
「じゃあその頃にまた来る」
魔王が笑顔で答える。
「なんで戻ってくるんです? 店は閉まってますよ」
「あぁ、そう言っていたな」
店主は理解できないとばかりに頭を振る。
食べ終わったピーナッツの袋を、くしゃくしゃにしてカウンターに置く魔王。
「今までコイントスの賭けで負けてなくした一番のものはなんだ?」
「えっ?」
「一番大きなものだ。コイントスの賭けで負けた」
「……さぁ、わかりません」
魔王は右手の親指で1枚のコインを弾く。
コインはくるくると回転しながら宙を舞うとすぐに掌の上に落ちる。
魔王はコインをキャッチすると同時にカウンターに手を置いた。
その下にコインを隠して。
「コールしろ」
「コール?」
「あぁ」
「なんのために?」
「いいから、コールしろ」
「……なにを賭けるのか教えてくれないとコールできませんよ」
「お前がコールするのだ。我がコールすることはできない。それはフェアではない」
「私はなにも賭けてませんよ」
「賭けてるさ。お前は今までの人生でずっと賭け続けてきたのだ。知らなかっただけだ。これがいつ作られたコインか知っているか?」
「さあ……」
「1958年。63年旅をしたコインが今ここにある。表か裏か。言うんだ、コールしろ」
「私が勝ったらなにを貰えるんです?」
「すべてだ」
「というと?」
「勝てばすべてを得られる。コールしろ」
店主はカウンターに置かれた魔王の手を見つめながら唾を飲み込む。
「じゃあ……表で」
しばし、無言で視線をぶつけ合う二人。
魔王がカウンターに置いた手を見ると、つられて店主もそちらに視線を動かす。
ゆっくり手が動くとそこにあったコインは――。
表だった。
「よくやった」
魔王は69円分の硬貨をカウンターにバラまいた。
「なんですか? これは」
「ピーナッツの代金だよ。すべてを得られると言ったであろう」
「足りませんよ」
「……なんだと?」
「賭けに勝ったのにピーナッツ分のお金だけっておかしいでしょ。ただの買い物じゃないですか。有り金全部置いて」
「えっ……そんなこと言われても……」
「なに『よくやった』で済ましてしれっと帰ろうとしてるんだ。ごまかすんじゃないよ。有り金全部置いてって」
「そ、そう言われましても……これだけしかお金は持っていませんし……」
「なんだって!? ふざけるんじゃないよ! 『すべてを得られる』とのたまったからには責任をとってもらいますからね! あんたにはこの店で働いてもらう! 無給で! 私が死ぬまで!」
魔王が崩れ落ち、四つん這いとなる。
「賭けなんてするんじゃなかった……」
――テイク2
「私が勝ったらなにを貰えるんです?」
「すべてだ」
「というと?」
「勝てばすべてを得られる。コールしろ」
店主はカウンターに置かれた魔王の手を見つめながら唾を飲み込む。
「じゃあ……表で」
しばし、無言で視線をぶつけ合う二人。
魔王がカウンターに置いた手を見ると、つられて店主もそちらに視線を動かす。
ゆっくり手が動くとそこにあったコインは――。
縦だった。
カウンターの上に半分、縦に刺さったコインが現れた。
「これは……どっちですか?」
「……縦だ」
「えっ?」
「賭けはお前の負けだな」
「ちょっと待ってください。縦なんて選択肢あるわけないでしょ」
「問答無用! 死んでもらうぞ!」
店主が突如、業火に包まれた。
「ぎゃああああああああ!」
服は燃え尽き、体は煤まみれでアフロになった店主。
「り……理不尽だ……」
――テイク3
「私が勝ったらなにを貰えるんです?」
「すべてだ」
「というと?」
「勝てばすべてを得られる。コールしろ」
店主はカウンターに置かれた魔王の手を見つめながら唾を飲み込む。
「じゃあ……表で」
しばし、無言で視線をぶつけ合う二人。
魔王がカウンターに置いた手を見ると、つられて店主もそちらに視線を動かす。
ゆっくり手が動くとそこにあったコインは――。
なかった。
カウンターに置かれたはずのコインは忽然と消えていた。
「えっ?」
店主が困惑していると、魔王が右手を店主の胸ポケットに少しだけ突っ込んだ。
ゆっくりと出てきた魔王の右手には、なんとさきほどカウンターに置いたはずのコインがつままれている。
「えっ!?」
店主の驚いた表情を見て満足気な魔王が、笑顔でコインを見せびらかす。
「マジックすんな!」
店主の右ストレートが顔面を捉える。
吹き飛ぶ魔王。
壁に激突してめり込んだ。
「うぅ……な、なんで……?」
パロディ元は映画の『ノーカントリー』です。