第4話 コンビニ
さまざまな店が立ち並ぶ通りを、魔王が1人歩いている。
すると、1つのコンビニの前でその足を止めた。
ここは……店なのか?
前面ガラス張りで中が丸見えだが。
この世界の奴らはそういう性癖でもあるのか。
どこから入るのだ。
入口がない。
魔王がコンビニの前でキョロキョロしていると、中にいる1人の男が白い袋を持って、歩道に面したガラスの壁に向かってくるところだった。
このままいけばぶつかる、そう思われたが、ガラスの壁はまるで意思を持っているかのように左右へ開いて男を通りへ排出すると、再び閉じて元通りのガラスの壁へと戻った。
自動ドアである。
なるほど、ガラスの魔物ということか。
聞いたことがないが、この世界の魔物ということだろう。
魔族が人間の支配下にあるというのは到底許すことなどできんが、この世界の人間の強さを考えれば仕方のないこと。
なにせ1人1人が規格外の力を持ち、そして死なないのだ。
我ら魔族に勝ち目はない。
「許せ。今の我の力ではお前をここから救い出すことはできん。なんと不甲斐ない王よ。この『おもてなしの申し子』、『ムードメーカー』と賞賛された我が、魔物1人も助けることができないとは。だが安心するがよい。我は力を蓄え必ず戻ってこよう。そのときまで耐え忍ぶのだ。ところで、お前の種族はなんというのだ? 我の世界では見たことも聞いたことも――」
自動ドアの前で1人、喋り続ける魔王。
行き交う人々は哀れみの目を向けて、避けて通り過ぎていく。
まるで魔王の周りに見えない壁があるかのように。
喋るのを止めた魔王がコンビニの中へ入っていった。
建物の中だというのに、まるで昼間のように明るい。
この世界では、よほど魔法技術が進んでいるようだ。
天井に、常に光を放つ物体がいくつもある。
数多の物が整然と並べられているにもかかわらず床には、物はおろか1つもゴミが落ちていない。
掃除が行き届いているようだ。
しかし、店主がいない。
これでは物が盗み放題ではないか?
……そうか。
盗人はガラスの魔物に食いちぎられるということか。
この店の番人……処刑人というわけだ。
魔王がコンビニの中をぶらぶらしていると、レジの前に人が並び出した。
奥の扉から男の店員が飛び出してきて、客の対応に追われる。
あっという間に、レジの前には人の列ができた。
あいつがここの店主か。
ここまでの店を構えるとは、よほどの力を持つ者に違いあるまい。
1つ、その度量を見定めてやるとするか。
「そこの人間。我は魔王ボケール・ド・ドナイヤッチュウネンである」
「列の最後にお並びください」
「……なんだと?」
「列の最後にお並びください。あっ、次の方どうぞ~」
男に言われて列を見てみると、10人ほどの人間が並んでいる。
その後ろに並べだと?
思わずその男を消し炭にするために手を翳したが、こいつらが尋常じゃない強さの持ち主であることを思い出してなんとかとどまった。
この魔王に対して、なんという不遜な態度。
通常であればありとあらゆる拷問で苦痛を与えたのち、家族はおろか、3親等内の者まで殺すところ。
だが、私は非常に寛大である。
今日のところは許してやる。
今日のところはな。
フッ、なんという慈悲深い王だ。
我ながら惚れ惚れする。
仕方なく、列の最後に並ぶと私の後ろにも人間どもが並び出した。
1人、また1人と減っていき、ようやくあと3人終われば私の番というところまでくる。
そこで事件が起きた。
なんと、奥の扉からもう1人、男と同じ服装をした女が現れたのだ。
「2番目でお待ちのお客様~、こちらへどうぞ~」
列の2番目に並んでいる奴が女のほうへ向かう。
どういうことだ?
あの男がこの店の店主ではないのか?
女のほうが店主だったか?
しかし、2人とも同じような服装をしている。
ということは……そうか、夫婦か。
夫婦でこの店を営んでいたわけだ。
いいだろう。
一般人とどこが違うのか、この魔王自らが見定めてやるわ。
女のほうに並んだほうが早い。
そう思って列を外れた途端、あろうことか、人間どもが目にも留まらぬ速さで女のほうにも列をなした。
な、なんだとおおおおぉぉぉぉ!?
こいつら……速い……!
あっという間に5人も女のほうへ列ができてしまった。
ぬうぅ……この魔王を差し置いて……。
仕方がない。
男のほうの列に戻っ――し、しまった!
中途半端に動いたせいで、私のいた隙間がなくなっている!?
後ろにいた奴が前に詰めやがったんだ!
なんと余裕のない奴よ!
そんなせせこましく生きて恥ずかしくないのか!
こうなったら、私は列から外れたのではない、ちょっと見たい商品があっただけなのだ、という体裁で元の位置に戻ってやる。
私は後ろ歩きで元の位置へ割り込もうとするが、やはりブロックされた。
3番目に並んでいる年増の女に。
「ちょっと、あんた! 割り込まないでちょうだい! ちゃんと並びなさい!」
この女、よくもぬけぬけとそんなことが言えるな。
今までの私のムーヴはすべて見たはず。
人情、情け、思いやりといったものが欠片もないのか、この女は。
こんな心にゆとりのない奴と問答してもしょうがない。
並び直すしかないか。
そう思って列を改めて見てみると、再び10人の人間が並んでいた。
女のほうはというと、やはりそちらも10人の列ができていた。
怒りで青筋が立つ。
我慢して男の列の最後尾へ並び直し、再びあと3人終われば私の番というところで異変が起きた。
待てども暮らせども、一向に前の奴が終わらないのだ。
ぬうううう、なにをしている。
女のほうの列は、私が待っている間にどんどんと人が減っていく。
しかし、こちらの列はまったく動かない。
もう我慢の限界だ。
タイミングを見計らって女の列へ移動するしかない。
女の列の人間、残り3人。
2人。
そして……1人!
今だ!
私は素早く女の列に並び直す。
……はずだった。
信じがたいことに、いつの間にか女の列に3人並んでいた。
まさに光の速さとしかいいようがない。
しかも、私の前に並んでいたはずの2人が並んでいる。
こいつらは全員化け物かなにかか。
私は再び列と列の間の中途半端な位置で立ち止まってしまっていた。
まずい。
このままでは先ほどの二の舞だ。
魔王史上最速で振り向くが、案の定、元いた場所はすでに埋まっている。
正直、叫びたい気持ちでいっぱいだったが、私は魔王。
無様な恰好を下々の者に見せるわけにはいかない。
私は、別に女の列に並び直したかったわけではない、この肉まんと書かれた箱に興味があったのだ、という体裁を装っておいてから、ゆっくりと女の列の最後尾に並び直した。
まぁ、こちらの列のほうが早いだろう。
なにせあの男の列の奴は終わる気配がなかったからな。
そう思っていたら、私が並び直したのと同時にそいつが店を出ていった。
チッ、やってしまった。
動かなければ今頃は私の番だったはず。
なぜもう少し我慢できなかったんだ。
移動したことを後悔していると、今度は男の列がどんどんと進んでいく。
逆にこちらは一向に動く気配がない。
なんなんだいったい。
まぁいい。
もう動かんぞ、私は。
意思を固めてしばらく待っていると、男の列はすべて人がはけてしまった。
周りを見ても、店の中には私の前に並んでいる3人以外、人は見当たらない。
どうする。
動くか?
前の2人はなぜ動かない。
男のほうが空いているのだぞ。
早く移動しろよ。
お前ら光の速さで移動できるんだろうが。
……ハァ、わかったよ。
私が動けばいいんだろ。
動くぞ?
いいのか動いて?
本当に行くぞ?
なんてな。
私はもう動かないと心に決めたのだ。
動かんよ、絶対。
……今だ!
私が移動を開始した途端、前にいた2人がまるで瞬間移動のように男のほうへと並び直していた。
バカめ!
そんなことだろうと予想していたわ!
この魔王に2度同じ手を使うとは笑止千万!
すぐにとってかえし、女のほうへ並び直す!
まんまと私の陽動作戦に引っかかりおって!
この魔王と知恵比べするなど100年は早いわ!
はたしてお前ら人間は100年後も生きていられるかな?
私は生きているが。
フハハハハ!
すぐさま女のほうへ振り返る。
が、その広がった光景に目を疑った。
誰もいない。
店主と思しき女も。
一瞬、思考停止するが慌てて周りを見ると、奥の部屋に女が引っ込むところだった。
なにいいいいぃぃぃぃ!?
私は愕然として崩れ落ちてしまった。
ちょっと待ってくれよ。
そんなことあるか。
ひでぇよ、ずっと待っていたじゃないか。
まるで悪魔の所業。
悪魔……悪魔だ!
意思に反して涙が溢れてきた。
すると、私の肩にそっと優しく手を置く奴がいる。
私の心の中の天使だ。
小さい2頭身の子供の姿でアフロ、背中には羽が生えており、頭の上には光の輪が浮いている。
「魔王! 挫けちゃダメだよ。君が清い心の持ち主だってことは僕、よく知ってるよ! 今だって、人間を1人も殺さずに順番を守って列に並ぶなんて偉いじゃないか。なかなかできることじゃないよ。さぁ、立ちあがって。ほら、男のほうの列に並び直せばいいじゃないか。すぐに終わるよ。だって、たった2人しかいないんだからね。すぐに魔王の番が回ってくるよ!」
そうだ、私は魔王。
こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
男の列に並び直せばいいじゃないか。
私は気を取り直して立ち上がる。
しかし、目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
2人しか並んでいなかったはずの列は、いつの間にか長蛇の列となってぐねぐねと店の中を埋め尽くし、さらには外にまで続いていた。
通りに出て最後尾を確認しようとしたが、一直線に伸びた列は地平線の彼方まで連なっていて見えない。
天使と目を合わせる。
私の意図を感じ取った天使は頷き、笑顔でサムズアップを上下逆にジェスチャーする。
私は中にいる人間もろとも店を爆破してやった。