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第3話 ギャグの世界

 魔王はなにか考え事をしている様子で少し歩くペースが落ち、オカルト研究部の4人から離れていってしまう。

 5人はコメディ高校の出入り口からまっすぐに伸びた大通りを歩いている。

 幅の広い歩道沿いにはさまざまな店やビルが立ち並んでおり、等間隔に樹木も植えられているが、電線は地中化されており電柱は見受けられない。

 行き交う人々は魔王を見ると、ほとんどの人がニヤッと笑いながら通り過ぎていく。


 ……気に入らん。

 この魔王が、玉体を見せてやっているというのに、どいつもこいつもニヤついて通り過ぎるだけだ。

 元の世界ならば魔族どもは当然、道を譲って膝を折るが、人間どもが私を見れば恐怖して逃げるか、あるいは立ちすくんで動けなくなるかしていたものだ。

 ここは1つ、魔王の威厳というものを教えてやるとするか。


「おい、そこのお前!」


 私は、目についた1人の男に声をかけた。

 なんの特徴もない、凡庸を絵に描いたような男だ。

 モブという言葉がふさわしい。

 その男は驚いた顔でこっちを見ている。


「えっ? 俺? なんでしょう?」

「問答無用! 死ぬがいいッ!」


 私は掌を男に向け、ファイヤーボールを放った。

 火の玉が射出されて男に直撃。

 一瞬で男の周り一帯が炎の海と化した。


「ぎゃああああああああ!」

「フハハハハハハハハ!」


 男が炎に包まれてのたうちまわる。

 ファイヤーボールは威力を抑えた。

 すぐには死なないようにな。

 この魔王に慈悲はない。

 悶え苦しみながら死ぬがよい。

 それにしても……。

 人が1人、炎に包まれて焼け死ぬところだというのに、周りの奴らは誰1人として騒ぎもしないとはどういうことだ?

 男のほうをチラッと見て避けて通るだけだ。

 まるで路傍に落ちた糞と同じ扱い。

 人が死ぬのは日常茶飯事ということか?


 男は黒焦げになり、動きを止めるとついに地面に倒れ伏した。

 ぶすぶすと、体の所々から煙が上がる。

 炭のように黒くなった体は、誰が見てももう生きてはいないということが一目でわかる。

 しかし、次の瞬間。

 男がむくりと体を起こした。


「いきなりなにすんだ、あんた! びっくりするじゃないか!」


 魔王に詰め寄ってそう言う男の体は少し煤で汚れているだけで、さきほどの出来事など嘘のように元通りだ。

 服は燃えてなくなったが、なぜかパンツの部分だけは残っており、髪はアフロになっている。

 思考が停止したかのように棒立ちの魔王。

 男は小言を呟きながら去っていった。


 ……ハッ!?

 いかん、わけがわからずにボーっとしてしまった。

 威力を弱めすぎたか?

 しかし、炎は全身をくまなく焼き尽くし、炭と化したはず。

 確実に致命傷だった。

 なのに、なぜ生きているのだ。

 しかも、びっくりした、だと?

 びっくりしたで済むか。

 もっと他に言うことあるだろう。

 ……フゥ、意味がわからん。

 あの男がたまたま尋常じゃないタフネスの持ち主だったか?

 ほかの奴にも試してみるか。


「おい、そこのお前! ちょっとこっちに来い!」


 私は、たまたま通りがかった1人の女に声をかけた。

 なんの特徴もない、平凡を絵に描いたような女だ。

 モブという言葉がふさわしい。

 その女が驚いた顔でこっちへ向かってきた。


「えっ? 私ですか? な、なんでしょう?」

「問答無用! 死ぬがいいッ!」


 私は女の鳩尾に全力で掌底を叩きこんだ。

 さらに、ありったけの魔力で生成したエネルギーの塊を爆発させる。

 人間など脆弱な生き物はおろか、ありとあらゆる生命を細胞単位で消滅させてしまうだろう。

 この魔王は女子供であろうと容赦はしない。

 私の下では、すべてのものは養分であり玩具であり弱者なのだ。


 魔王と女の間から閃光弾のような、目もくらむような光が溢れる。

 辺りを光が包むと同時に、女が弾丸のような速さで後ろに吹き飛んだ。


「きゃああああぁぁぁぁ……」

「フハハハハハハハハ!」


 一瞬で視認できない距離まで吹き飛ぶ女。

 重力を無視して吹き飛ぶなどありえないが、さらにありえないことには、吹き飛んだはずの女が魔王の後ろから出現したことだ。

 高速で飛行してきた女が魔王と衝突する。


「ガッ……!」


 コンクリートの地面に、カエルのような恰好でめり込んだ魔王。


「ちょっと! いきなりなにするんですか! 髪型が崩れるでしょ!」


 女は、地面にめり込んだ魔王の背中にストンピングをすると、怒った様子で去っていった。

 地面にめり込んだまま微動だにしない魔王。

 その上を、人が気づかずに通行していく。

 ミリッ、ミリッという嫌な音が聞こえてくる。

 さらにはキックボードに乗った少年。

 ピンヒールを履いた女性。

 力士。

 草野球チーム。

 阿波踊りの集団。

 そこまできて、ようやく魔王が立ち上がろうとする。


「うっ……ぐぅ……な、なにものだ……あの女は……」


 空間魔法の使い手だったのか……?

 なぜ私の後ろから現れるんだ。

 いや、そもそも無傷なのがおかしい。

 私の全力の攻撃を受けて、髪型が崩れる、だと?

 これが……これが侍従長の言っていたギャグの世界か……。

 なんとも末恐ろしい世界よ……。


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