第2話 ゾンビ
ど真ん中市立コメディ高校。
日本のヘソといわれる場所に位置するこの高校は、広大な敷地の中に講堂、校舎、食堂、体育館、プールなどの基本的な設備のほかに、アリーナ、野球場、サッカー場、テニスコート、ゴルフ場、陸上競技場など、ありとあらゆる施設を持っている。
もはや高校の枠を超えた高校……それがこの、ど真ん中市立コメディ高校である。
「私たちの高校は日本っていう島国の真ん中にあってね、霊力が集まりやすいって噂なのよ」
部活が終わって、夕方の帰り道。
ミツコたち4人のオカルト研究部員と魔王は、高校を出てど真ん中市の街中を歩いていた。
青い空とオレンジ色の雲がコントラストを成している。
「幽霊を見た人も多いし、怪奇現象にあった人も多いわ。霊力かなにかわからないけど、特別な力が働いてることは確かよ」
「この前はゾンビを見たって大騒ぎになってましたね」
「あたしたちも探しに行ったんだけど結局見つからなかったんだよね~」
「ゾンビなら我の世界には腐るほどいるぞ」
「えっ!? あっ、そうか。魔王の世界はモンスターがいっぱいいる世界だっけ」
「モンスターではない。魔族だ」
「どっちでもいいじゃん。あ~あ、見たかったな~ゾンビ」
「……そんなに見たいのであれば見せてやろう」
「本当!? 見たい見たい!」
「ちょっとココ、大丈夫なの?」
「あんまりいい予感しないんだけど」
「でも少しワクワクしますね」
「たっぷりと味わうがよい……ゾンビの恐ろしさをな……」
魔王が不気味に笑うと、場面が唐突に夜の森の中へと変化した。
魔王、ミツコ、ルリ、ココの4人が洋館を目指して疾走している。
「ココ! あの館まで走って!」
ミツコが、迫りくるゾンビ犬に銃を撃ちながら叫ぶ。
魔王、ルリ、ココの3人が先に洋館の中へ入るとなぜか人物紹介のカットシーンが流れだした。
南出屋ミツコ。
年齢16歳。
血液型B型。
身長172cm。
体重ひみつ。
学生服ではなく、軍人や特殊部隊員が着ているような戦闘用のベスト。
その左胸には大型のサバイバルナイフを装着している。
ミツコはロリポップをくわえると、持っていたライターで棒の先に火をつけた。
宮崎ココ。
年齢16歳。
血液型O型。
身長150cm。
体重ひみつ。
いつものローブととんがり帽子ではなく、Tシャツに肩パッドとベレー帽。
マガジンを入れるポケットやホルスターなどがついたタクティカルベルトをしている。
ベレッタにマガジンを装填し、スライドを引いて戻すとカメラのほうに視線を向けた。
岡ルリ。
年齢16歳。
血液型A型。
身長158cm。
体重ひみつ。
ベストに革製のショルダーホルスター。
その細い腕には不釣り合いな、ロングバレルのS&W社製リボルバーを持っている。
左手でシリンダーを本体に戻すと、うっとりとした表情でリボルバーに頬ずりしだした。
媒師レイ。
年齢16歳。
血液型AB型。
身長162cm。
体重ひみつ。
革製のベストにタクティカルベルト。
頭には赤い鉢巻を巻いている。
レイは鉢巻を締め直すと、どこかから取り出したミニガンを笑いながら乱射しだした。
ボケール・ド・ドナイヤッチュウネン。
年齢不明。
血液型不明。
身長190cm。
体重98kg。
豪奢な衣装とマントではなく、戦闘用の服を着ている。
髪はオールバック。
サングラスをかけた魔王は腕組みをすると、突如、服が中央から左右へ真っ二つに裂けた。
ブーメランパンツ1丁の魔王。
ダブルバイセップスという、上腕二頭筋を強調するボディビルでのポージングをすると、俺の体を見てくれとでも言わんばかりに右へ左へとアピールしだした。
魔王、ルリ、ココの3人が館の中へ入ると、そこは巨大なホールだった。
部屋の中央には、大人10人が並べるほどの幅広い階段があり、それが正面の壁まで続くと左右に分かれて2階の廊下へと繋がっている。
入口から階段へと敷かれたフカフカの赤い絨毯は、どんな靴であってもその足音を吸収してしまうだろう。
「すごい館ね!」
ルリが感嘆の声を漏らすが、ココはそんな気分にはなれないようだ。
「魔王! ミツコは?」
魔王はココの問いかけに、力なく左右に首を振る。
そのとき、どこかから微かに聞こえるほどの銃声がした。
3人が一斉に音の発生源と思われる方向を向く。
「なに、いまの?」
「ミツコ……か? ココ、お前が見てくるのだ」
ココが力強く頷く。
「私も行くわ。ミツコとは古い付き合いだし」
「では我はここを確保しておこう」
ココとルリが、館の入口から見て左側の扉へ向かう。
扉を開けるとまず目に入ってくるのは、何十人と座れそうな長大なテーブル。
ホールと同様、2階まで吹き抜けており、天井には豪華そうなシャンデリアが吊り下がっている。
「食堂ね」
ルリはそう言いながらすたすたと先に行ってしまった。
部屋の豪華さに圧倒されていたココは、慌ててルリの後を追う。
「これは!?」
部屋の奥から、ルリの驚いた声が聞こえてきた。
ココが部屋の奥までたどり着くと、ルリはなにやらしゃがみ込んで床を見ている。
「どうしたの? 部長」
「……血よ」
ルリの視線の先の床は、大量の血で濡れていた。
「ココ、他を見てきてくれない? 私はこれを調べるわ。ミツコのじゃなきゃいいんだけど」
ココは頷くとベレッタを構え、近くにあった扉を慎重に開けて中へと入る。
廊下に出たココは、すぐにその足を止めた。
なにかの水音や人間の咀嚼音らしきものと、うなり声のようなものが聞こえてくる。
足音を立てないように、恐る恐るといった感じで音のする方向へ歩を進める。
音の発生源は、廊下の先から聞こえてくるが、直角に曲がっていて視線が通らない。
ココはコーナーの手前までたどり着くと、ゆっくりとその先を覗き込んだ。
そこにいたのは、膝立ちの状態で頭を上下に動かしている人間。
ココの存在に気がついたのか、動きもうなり声もピタリと止める。
ゴトッとなにか重いものがそばに落ちた。
人間の頭部だ。
落ちた拍子にコロリと転がる。
肉がそげて半分頭蓋骨がむき出しになっていた。
膝立ちしている人間は緩慢な動作で後ろを振り向く。
ありえないほど真っ白な肌。
毛のない頭部には血管があちらこちらに走っているのが見てとれる。
爛れた頬からは筋肉が見え、ぶるぶると震えている口の周りは血で赤黒く染まっていた。
人間ではない。
ゾンビだ。
白く濁った瞳がココを捉える。
素早くベレッタを構えるココ。
ゾンビの白い頭部に照準を合わせる。
引き金を引いた。
一瞬の躊躇いもなく。
パンという銃声。
ゾンビのこめかみに黒い穴が開いた。
「ウウゥ……」
ゾンビがひるんでいる隙に、床に倒れている頭のない死体を調べるココ。
ベレッタのマガジンを2本、ベルトから抜き取ると早々にその場を立ち去った。
「バリー! じゃない、部長! ゾンビ連れてきたよ!」
ココが食堂に飛び込むと、その後ろからゾンビがゆっくりと姿を現す。
獲物を見つけたゾンビは両手を前に突き出してうなり声を上げ、ルリに近づいていく。
「任せて!」
ルリがS&W社製のリボルバー、M500を構えた。
バァンいう乾いた銃声が食堂内に響き渡る。
ゾンビの頭部は、まるで夏のビーチのスイカ割りのように破裂した。
「ウフフフ……あぁ、たまらないこの感触。ゾクゾクするわ。もうダメ、我慢できない。撃ちまくってくる」
場面は変わり、ココは長いL字の廊下を走っている。
曲がり角に差し掛かったとき、突如後ろの窓からガラスを突き破ってゾンビ犬が飛び出る。
しかし、ココはまるでわかっていたかのように精確に3発、犬の頭部に弾丸を命中させた。
ゾンビ犬を機械のように精確に処理していくココ。
百発百中、ゾンビの頭部に命中させるココ。
ゾンビの頭部を破裂させるルリ。
ゾンビを2,3体まとめて吹き飛ばすルリ。
ナイフ1本でゾンビやゾンビ犬、さらにはゴリラのようなゾンビまで無傷で倒すミツコ。
笑いながらロケットランチャーを乱射するレイ。
「おい、お前たち! ちょっと待て!」
場面は切り替わり、ど真ん中市内へと戻ってきた。
魔王が憤慨している。
「恐怖しろよ! おかしいだろ! やりこみゲーマーかトリガーハッピーか、なんなんだお前たちは! 恐怖しろよ!」
「ゾンビもたいしたことないわね」
「お前! ナイフなんて玄人志向の武器使ってんじゃねぇ! かすり傷ひとつ負わないとか超人か! お前は!」
「そうよ、ミツコ。ナイフなんて野蛮よ。服も汚れちゃうし」
「そういう問題じゃねぇ! お前も! 最強のハンドガンを片手で撃つな! なんでそれで微動だにしねぇんだよ! ロニー・コールマンでも無理だろ!」
「そうだよ~、部長のは5発しか装填できないから連射できないじゃん」
「だから、そういう問題じゃねぇっつの! なにお前も百発百中、頭に当ててんだよ! チートでも使ってんのか!」
「ココちゃん、すごい腕前――」
「お前は笑いながら撃つな! 怖いわ!」
1通りツッコミ終わると、私はゼェゼェと肩で息をする。
いったいなんなんだ?
こいつらは。
元の世界の人間どもは、吹けば飛んでいきそうなくらいの貧弱な者ばかりだったが……。
どいつもこいつも人間離れしている。
それとも、これがこの世界の人間の持つ平均的な能力なのか。
そういえば侍従長から聞いた覚えがある。
人間の作る書物の中には、ギャグなるものが存在すると。
その書物の中はまさに無法地帯。
物理法則も自然の理も無視したなんでもありの世界だという。
私はギャグの世界に召喚されてしまったのか?
思えば、今も私はなぜか私の知らない単語を使ってツッコんでいた気がする。
この魔王ボケールをツッコミにまわすとは。
この者たち、只者ではない……。
パロディ元はゲームの『バイオハザード』です。