第14話 お花見
日本で最も大きな公園。
ど真ん中公園にお花見にやってきたオカルト研究部員たち。
広大な敷地の中にはお花見ポイントが何か所もあり、いたるところに屋台が出店し、満開の桜の下ではレジャーシートを敷いて酒盛りしているたくさんの会社員や学生たちの姿があった。
「わぁ~~~~、賑わってるね~」
「ふふっ、なんだかお祭りみたいですねぇ」
「まぁ、わざわざここに来なくっても毎日桜見てるけどね」
「無粋なこと言わないの。こうして着物を着て桜の下で五穀豊穣を願いながらお団子を食べるのが本当のお花見なのよ」
「そ、そう……」
今日は休日ということで全員私服だが、ルリだけは着物で着飾っていた。
魔王はいつもの服装だ。
「それよりも、ミツコ。食べ歩きなんてはしたないわよ」
ミツコは公園の入り口に出店していた屋台で買った、たこ焼きをほおばっていた。
「だっておいしそうだったし」
「あとでいくらでも食べられるじゃないの、もう」
「こやつにそんなことを言っても無駄だ。食べ物に関しては腹をすかせた犬のように節操がないからな。待つ、ということができない」
「あはははは! 言えてる~! ミッちゃん、食べるときなんかいっつもがっついてるし~」
「なにそれ、ひっど! お腹がすくんだからしょうがないでしょ!」
5人が雑談しながら道なりに歩いていると、前方から明らかにがらの悪そうな連中がこちらに向かってくるのが見えた。
モヒカン頭にトゲのついた肩パッドを装備し、釘を無数に打ち付けた木製バットや鉄パイプを持って周囲を威嚇している。
先頭を歩いてくるのはシリアス高校の女帝、樹里アスカだった。
魔王を除く4人はその姿を認めると、触らぬ神に祟りなしといった顔つきで通り過ぎようとした。
「ん~? あんたたち、ちょいと待ちな。どっかで見た顔だね」
「い、いえ……私たちは――」
「あねさん、こいつら米高のやつらですよ。ソフトボール部の」
「えっ? ち、違っ――」
「あ~ぁ、この前の新人どもか。あのデカブツはどうした? 図体だけでけぇトーシロは――」
アスカが会話の途中で魔王に目を留めた。
魔王の目の前で仁王立ちするアスカ。
「お前似てんな……あのデカブツと。双子かなんかか?」
「……なんの話だ?」
「とぼけてんじゃねぇ! あの図体だけでけぇ赤髪の女のことだよ!」
「あぁ、あれか。フッ、なにを隠そうあれは我の――」
「そう! 双子なの! 彼と彼女は! お兄さんなの! 彼は!」
突然、大声で会話を遮ったミツコ。
一瞬、面食らった表情のアスカだったがすぐに平静を装って魔王に話しかける。
「ふ~ん、兄貴ねぇ。ならあいつに伝えときな。次はねぇから首洗って待っとけってなぁ」
「フッ、伝えるもなにも、あれは我の――」
「わかった! 伝えとく! 私から!」
再び大声で会話を遮ったミツコ。
その手には、焼きそばの入った透明のフードパックと割り箸が握られている。
数秒間、辺りは静寂に包まれた。
若干引き気味のアスカはその勢いに負けじとビシッとミツコに指さしながら大声を出す。
「お前! そのごみその辺に捨てんなよ! 持って帰りな! いいね!」
アスカとその一団がその場から離れていく。
遠くのほうで「おい、てめぇ! その缶ポイ捨てすんなよ!」と聞こえてきた。
アスカと別れた5人は桜並木をさらに進んでいく。
「それにしても、本当に綺麗ですねぇ。あっ、見てください、あそこの桜! すっごい大きいですよ」
一際大きい桜の樹の下に、たくさんの人たちが集まっていた。
「あれは――」
ルリは答えようとしたが、横にいるミツコが焼きとうもろこしを食べているのが目に入って一瞬言葉が詰まった。
「……あれは伝説の桜の樹ね」
「えっ、なんの伝説?」
「あの桜の下で告白して恋人になると、永遠に幸せになれるっていう伝説があるのよ」
「えぇ~~~~っ! うそ~~~~! ほんとに~~~~!?」
「そ、そんな素敵な伝説があるんですねぇ……」
「ふ、ふ~~ん……」
伝説の桜の樹の話ではしゃぐ4人の乙女。
「あれは樹の魔物だな」
しかし、魔王がそう断言すると、はしゃいでいた4人は一気に意気消沈した。
「恋人たちに、なにがあっても、どんなことが起こっても自分たちは幸せであると錯覚する呪いをかけているみたいだな」
「……あっそう」
「なんでそんなことしているの? あの魔物は」
「知らん。聞いてみるか?」
「えっ、聞けるんですか? お願いします」
「よかろう」
魔王はハンズフリーイヤホンをしているかのように、右耳に手を添えると誰かと交信をしだした。
「……あぁ……構わん………………魔王だ、魔王ボケールだ……なんだと? ………………ふざけるな! 貴様の都合など知ったことか! ………………フンッ……あぁ、そうさせてもらう」
交信が終わったのか、魔王は右手を下ろした。
「なんだって?」
「あぁ、ただいま電話に出ることができません。またしばらく経ってからおかけ直しくださいだと」
「紛らわしい! いちいち自動音声に応えるな!」
しばらく待ってから、再びかけ直す魔王。
「……あぁ、我だ……魔王だ、魔王ボケールだ………………貴様……我を侮辱する気か……貴様を消し炭にすることなど容易なのだぞ……………フンッ、それでいい………………あぁ、貴様、なぜそんな呪いをかけているのだ? ………………ふむ………………ふむ………………フハハハハ! ………………フッ………………フッフッフッフッフ………………ふむ………………フハハハハ! ウハハハハハハハハ! ハッハッハッハ、ひぃ~ひぃ~、は、腹いてぇ~~~~ッ……はぁはぁ……あぁ、フフ、それだけだ。それではな」
交信が終わったのか、魔王は右手を下ろした。
「なんだって?」
「あぁ、人間に幸せになって欲しいからだそうだ」
「そのままじゃないの。それのなにがそんなに面白かったの?」
「ん~? わからんか? 考えてもみろ、なにがあっても幸せだと勘違いをするのだぞ? それが本当の幸せだと言えるか? フフフ、あいつは幸せになって欲しいなどと宣っておきながら実は不幸に陥れているのだ。まぁ、自分以外のなにかに頼って幸せになりたいと願う連中にはお似合いの末路だな」
「ひっど! 頼るとかそんなんじゃないし! そんな伝説聞いたらお、女の子だったら誰でもロマンチックに思うでしょ! お、乙女の……乙女キーーーーーーーーック!!!!」
両手にりんご飴を持ったミツコが目にも留まらぬ速さで魔王に蹴りを見舞う。
重力をまったく感じさせずに魔王は空まで一直線にぶっ飛び、星のようにキラリと光った。
魔王を除く4人はさらに桜並木を進む。
すると、ルリがどこから取り出したのか、プロのカメラマンが使っていそうなでかい一眼レフカメラを構えた。
「うわっ、すっご」
「あははは、重そ~」
ルリはそんな茶々もお構いなしにパシャパシャと遠くの桜を色々なポーズを決めながら撮っていく。
「部長、私にも撮らせて」
「いいけど、壊さないでよ?」
手近にあった桜の樹にカメラを向けてファインダーを覗き込むミツコ。
「ん~~~~? 真っ暗でなにも見えないよ?」
カメラのレンズを、いつの間にか戻ってきていた魔王が掌で覆い隠している。
しかし、ファインダーを覗き込んでいるミツコはそれにまったく気づく様子がない。
ほかの3人の部員はというと、近くの屋台で食べ物を物色していた。
ミツコがカメラから顔を離した瞬間、魔王もその姿を消す。
首をひねりながらカメラをチェックするが、なにも異常がないことを確認すると再びミツコはファインダーを覗き込む。
すると今度は、ミツコの視界いっぱいに巨大な紫色の瞳が現れた。
「わああああッ!」
おもわずカメラを手放し、地面に落としてしまうミツコ。
悲鳴に気づき、屋台で物色していたルリがミツコに駆け寄ってくる。
「ちょっと! なにやってるのよ。カメラ壊れちゃうじゃないの」
「だ、だって今なんか――」
「そのカメラ高いんだからね。イッコンっていうメーカーのいいカメラなんだから、もう……」
カメラを拾って壊れていないかチェックし、ファインダーを覗き込んで何枚か写真を撮ってみるルリ。
「よかった、大丈夫みたい。もう~、ミツコ。壊さないでって言ったでしょう」
「だって、なんかそのカメラおかしかったんだもん」
「なにがどうおかしいのよ」
「なんか覗き込んだら人の目みたいなのがアップになってて……」
「えぇ? そんなわけないでしょう」
そう言うと、ルリは再びファインダーを覗き込んだ。
「人の目なんて、どこにもないわよ」
「さっき覗いたらあったんだってば!」
「はいはい。もう落とさないようにちゃんとストラップ首に掛けてよね」
ルリはミツコにカメラを渡すと、屋台のほうへ戻っていった。
ミツコはストラップを首に掛けると、恐る恐るファインダーを覗き込む。
「ん……あっ、大丈夫……なんだったの、さっきの」
ミツコは、気を取り直して適当に近くの桜の樹1本に狙いをつけると、全体が写真に納まるようにシャッターを切った。
カメラから顔を離して今撮ったばかりの写真を確認してみる。
するとそこには、桜の樹に寄りかかってこちらに笑顔を向けている魔王の姿があった。
「えぇ!?」
すぐにさっき撮った桜の樹とその周辺を見てみるが、魔王の姿はどこにもない。
眉を寄せたミツコはもう1回、さきほどと同じ桜の樹を同じ構図で撮ってみる。
再び写真を確認するとそこには、桜の樹の手前に立った魔王が両手でピースをして写っていた。
「こ、こいつ……むかつくぅ……」
今度は遠くのほうにある桜の樹に被写体を移すミツコ。
ファインダーを覗きこみ、シャッターを押すフリをしてカメラから顔を離す。
キョロキョロと周りを見渡し、どこにも魔王の姿がないことを確認すると、すばやくファインダーを覗いてシャッターを押した。
撮った写真を見てみると、そこにはドヤ顔をした魔王がアップで写っていた。
「だあぁ!」
ミツコはカメラを地面に投げつけた。
「ちょっと! なにしてるのミツコ!」
ルリが駆け寄ってきてカメラを拾い上げる。
「壊さないでって言ったでしょ! なにしてるのよ!」
「だって! 魔王が――」
「だってもなにもないの! んも~、大丈夫かしら……」
慎重にカメラをチェックするルリ。
2、3枚写真を撮ってみて壊れていないか確認すると、ほっとため息をついた。
「よかった……さすがサンコンのカメラね。びくともしないわ」
「……イッコンじゃなかった?」
「もう、次はないからね」
そう言ってルリはミツコにカメラを渡すとさっさとどこかへ行ってしまった。
「むぅ……魔王のやつぅ……」
怒りでカメラを持つ手が震えているミツコ。
その体からはなにか、どす黒いオーラのようなものが沸き立っていた。
ミツコは、あらゆる角度と方角ででたらめにシャッターを押してみる。
しかし、そのすべてに魔王が写っていることを確認すると、しばらく立ち尽くしたあと不気味に顔を歪ませた。
おもむろに、自分の足元にカメラを向けてシャッターを押すミツコ。
そこには当然のように魔王が横たわって写っていた。
なぜかアヒル口をしている。
ミツコは続けて足元を撮る。
シャッター音と同時にドゴッという鈍い音が辺りに響いた。
写真を確認してみると、ミツコに踏まれて頭を地面にめり込ませている魔王が写っていた。