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第1話 召喚

「……できたっ!」


 南出屋(なんでや)ミツコは、オカルト研究部の床に白いチョークで落書きしていたのをやめると、歓喜の声を上げた。

 右腕で額の汗を拭う仕草をすると腕組をして仁王立ちし、自らの作品を見下ろして満足げな表情を見せる。

 茶髪のショートヘアに長身でスタイルも良く、男性にも女性にもモテそうな中性的な容姿だ。


「また召喚に挑戦するの?」


 長い黒髪は扇状に広がり前髪はぱっつん、まるで日本人形のような少女がミツコに話しかけた。

 岡ルリ。

 このオカルト研究部の部長を務めている。


「この前のものより出来はいいですけれど……この絵は……な、なんでしょうか……?」


 銀髪で片目が隠れている少女、媒師(ばいし)レイがそっと2人に近づいてきた。

 まるで幽霊のように真っ白な肌をしている。

 レイの視線の先には、ミミズが這ったようなガタガタの円の中心に、なにやら得体の知れない生き物が描かれていた。


「わかった! 鬼だよ! ミっちゃん、鬼召喚しちゃうの!?」


 ローブ姿に(つば)の広いとんがり帽子、先がクエスチョンマークの形の杖、あたかもゲームに出てくる魔法使いのような出で立ちをした少女、宮崎ココが3人に突進するかのようにやってきた。

 床まで到達しそうな長い緑色の髪を、まるでエビのように編み上げている。


「なに言ってんの、みんな。見ればわかるじゃん」


 見ればわかると言われてもわからない3人は困惑した表情を見せる。

 床には、人間のような目と鼻と口があり、角のようなものが頭から2本生えている顔が正面から描かれており、その顔の横には、ナスに割り箸を4本ぶっ刺したようなものがくっついている。

 ナスが体だとすると、まるで古代エジプトの壁画のように顔は正面を向いているのに、体は真横を向いているということになる。

 しかし、さらに不気味なのは、その化け物が口を開けて笑っていることだ。

 3人が黙ったままでいることに業を煮やした様子のミツコは正解を口にする。


「もう~、見ればわかるじゃん! ポメラニアンだよ!」

「……えっ!?」

「……クッ」

「えぇ~~!? ポメラニアン!? ど、どこが!? あはははは! こ、これじゃ人面犬だよ! ひぃ~~! ひぃ~~!」

「ちょっと、ココ。わ、笑いすぎよ」


 ルリがココを嗜めるも、その肩はぷるぷると震えている。

 レイはみんなに背中を向けるが、その肩はやはり震えていた。

 ココは笑いながら転げまわっている。

 ミツコは口を尖らせると、3人を無視して左の掌を円の中心に向けた。


「え~、旅は道連れ世は情け。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。武士は食わねど高楊枝。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い!」

「……なに言ってんだろ、ミっちゃん。召喚術の詠唱する場面じゃないの?」

「語呂がいいことわざ言ってるだけね」

「たぶん、言ってて気持ちがいいんですよ」


 一通りことわざを喋って満足した様子のミツコは、上着のポケットから1枚の紙を取り出した。


「そうだっ。召喚の詠唱、忘れないようにメモっといたんだった。え~っと? 卵、玉ねぎ、グリーンピース、ソーセージ、バター、トマトケチャップ――」

「……召喚って食材言えば出てくるの?」

「ただの買い物用のメモね」

「オムライス作る気ですよ、きっと」


 ミツコの口上の最中、4人のいる部室内が唐突に暗くなり、床に描かれた魔法陣の線に沿って光が漏れだした。


「えっ!? な、なに!? なんなのこれ!?」

「ええええっ!? ミっちゃん、ほんとに成功しちゃったの!?」

「ど、どうするのこれ!? この後どうするの!? ぶ、部長!」

「え、詠唱! 詠唱最後まで言って!」

「詠唱って!? し、塩こしょう! し、塩こしょおおおおおおおお!」

「なんでそんな詠唱で成功するんですか!?」


 部室内は風で吹き荒れ、青白い放電が走る。

 ビリビリと電流の流れる音がする中、突如部屋の中央に黒い球体が出現した。

 ピンポン玉ほどのそれは、すぐに1メートルを超す大きさへと膨れ上がる。

 すると、部室内が光に満たされ、4人は全員自分の目を覆い隠した。

 徐々に視界が晴れてくる。

 風と放電が止み、部屋が正常へと戻っていく。

 黒い球体はどこにもない。

 代わりに1人の男がいた。

 男は、黒い球体に削られて少し窪んだ地面に、両手をつけてしゃがんでいる。

 衣類は身に着けていない。

 顔は下に向け、腰を真下に下ろしたクラウチングスタートのような姿勢だ。

 ゆっくりと顔を上げて立ち上がる。

 ロイヤルパープルの瞳に、ワインレッドの長い髪、そしてその頭部からはまるで闘牛のような2本の角が生えている。

 人間ではない。


 突如、周りの景色が一変した。

 裸の男が周りを見渡すとそこは部室内ではなく、なぜか深夜の屋外に変化しており、どこかの駐車場に立っていた。

 男は煌々と電飾に彩られた1軒のバーに近づいていく。

 バーの入口のそばには、4台のバイクが置いてあった。

 男の見ている視覚を共有してみると、暗視ゴーグルを付けたような世界が見える。

 しかし緑色ではなく、視界全体が赤一色であり、まるでコンピューターの画面のように常になんらかの数字やアルファベットが表示されては消えていく。

 その視界の中に1台のバイクを捉えると、ピッという音とともにバイク全体をスキャンした。

 ハーレーダビッドソン、モデル956、搭乗可能などといった文字が表示され、そして消えていった。

 男は、3段ある木製の階段を上ってドアを開くと、中にはビリヤード台やジュークボックス、バーカウンターがあり、乱暴に扱われてきたことのわかる木製の丸いテーブルと椅子が乱雑に置かれていた。

 ビリヤードを楽しんでいたであろうオカルト研究部の4人の少女たちが、一斉に男に注目する。

 ビリヤード台に近づきながら、少女1人1人の身体をスキャンしていく裸の男。

 なぜか4人ともライダーススーツやバンギャみたいな恰好だ。

 最後に、革ジャンに革パンツ、黒いブーツを履いているミツコを足元から上半身まで順にスキャンしていくと、男の視界にMATCHという文字が点滅した。

 男がミツコの目の前で立ち止まる。


「服とブーツ、バイクをよこせ」


 下卑た笑い声を上げる、4人のオカルト研究部員たち。


「土下座して頼みな」


 ミツコはそう言うと、火のついた葉巻の先を男の胸に押しつけた。


「あッッッッヅ! な、なにすんだ、お前正気か!?」

「裸の奴に言われたくないし! あんたが正気か!?」


 次の瞬間、レイが後ろからキューで男の後頭部を殴りつけると、男は地面に崩れ落ちていった。


「もう~、なんなのこいつ。私、変態を召喚しちゃったわけ?」


 場面は部室内へと戻っており、その中央には裸の男がうつぶせに倒れていた。


「う~ん、でもすごいよミっちゃん! 召喚術師じゃん! いいな~、私も早く魔法使えるようになりたい!」

「ウフフフ……これでこのオカルト研究部のメンバーも増えて、ゆくゆくは私がすべてのオカルトの教祖に……」

「ミツコさん、やりましたね! おめでとうございます!」

「あはは、ありがと。でもなんでこいつこんなとこから湧いて出てきたんだろ」


 魔法陣は、男からは遠く離れた場所に書いてあった。


「召喚されるなら魔法陣の上って決まってるでしょ! なんで全然違うとこから出てきてんの!? くぅう、むかつくぅ、こいつ」

「ま、まぁまぁ。召喚が成功しただけでもすごい偉業ですし」

「それに男なんか召喚してないし! ポメラニアンだし! 欲しいのは!」

「この人、ミツコの(しもべ)かなにかになるのかしら」


 すると、男は意識が戻ったのか、ゆっくり起き上がると4人の少女にそのあられもない姿を堂々と晒した。

 4人がそれぞれ悲鳴を上げ、男に対して後ろを向く。

 顔は真っ赤だ。


「な、なんか着てよ! 変態!」

「む……なぜ我は裸なんぞでおるのか。あぁ、お前たち。もうよいぞ」


 男が振り向く許可を出すと4人はホッと安心した表情で振り向く。

 だが、男はすっぽんぽんのまま、腰に手を当てているだけだった。

 再び4人が悲鳴を上げて後ろを向いた。


「なんか着てって言ってるでしょ! なにが『もうよいぞ』よ! 全然よくないし! 早く服着てよ!」

「そういうことか。ふむ……気を遣わせてしまったようだな。さぁ、振り向くがよい」


 4人は恐れ恐れ振り向く。

 そこには生まれたままの姿の男が、アドミナブル・アンド・サイというボディビルでのポージングを決めていた。

 両手を上げて頭の後ろに回し、腹筋と脚を強調するポーズだ。


「服着ろって言ってんでしょ!」


 ミツコのミドルキックが、男の腹部へと吸い込まれた。

 叫び声を上げる暇もなく、男は体がくの字のまま重力を無視したかのように一直線に吹っ飛ぶ。

 轟音とともに部室の壁にめりこむ男。


「ぐっ……うぅ……な、なんてパワーの人間だ……」


 数分後、黒を基調とした豪奢な衣装に、黒いマントを羽織った男とオカルト研究部の4人が向かい合っていた。


「我は魔王、ボケール・ド・ドナイヤッチュウネンである」

「ま、魔王……?」

「目は紫だし、角も生えてるし、人間ではなさそうだけど」

「あの角、本物なのかなぁ?」

「なんで名前が大阪弁なんでしょうね」


 ココが魔王の角を乱暴に引っ張る。


「い、痛い痛い」

「うん、本物みたい!」

「貴様……この魔王に対して……なんという蛮勇。先ほどのあり得ぬ力を持つ娘といい……お前たち、まさか勇者一行ではあるまいな?」

「勇者? 違うけど。それよりあんた、どっから来たの?」

「我はナーロッパ大陸の魔族の王である」

「ナーロッパ大陸……聞いたことないですわね」

「異世界だよ! 異世界! すっごぉい、ミっちゃん」

「王様が召喚されてくるなんて、あまり聞いたことがないですけれど」

「召喚だと? 我は召喚されてきたというのか?」

「は、はい。ミツコさんの書いた魔法陣で……」


 魔王の顔つきが変わり、4人がたじろぐ。

 眉間に皺がより、眉が逆立ち、青筋が立つ。


「この魔王が……召喚されただと!? ただの人間に……? なんという屈辱! この『すべての魔族の生みの親』、『子だくさん』と恐れられた我が……!」

「ダサい二つ名ね」

「ちょ、ちょっと、ミツコ……」

「ほう、貴様がミツコとやらか。よもやこの我を支配できると思ってはおるまいな?」


 魔王が邪悪な笑みを浮かべる。

 その体からは、どす黒いオーラのようなものが立ち上がり、部室内が小刻みに振動を始めた。


「なによ、もう1発蹴られたいの?」

「……ま、まぁ、たまには下々の戯れに付き合うのもよかろう。民の生活を知ることも王の務めよ」


 振動がやみ、魔王からはなんの覇気も感じられなくなった。


「あっさり落ちたわね」

「力で従わせてるような気がしないでもないですけれど」

「しかし、そうか。我は別世界に召喚されたのか。この魔法陣で……元の世界に戻ることは叶わず、か……」


 魔王が涙ぐんでいた。

 魔王といえど、郷愁という感情はあるのだろう。

 突如、自分の意思とは無関係に日常を切り離され、ましてや別の世界に連れてこられては誰しもが悲嘆や未練、不合理さなど感じて当然だ。

 4人も、いたたまれなさからか悲しそうな表情を見せた。


「ま、魔王……。元の世界に戻る方法は絶対あるよ! それにほら! この世界だって楽しいよ?」

「そうね。戻れる方法を模索することも召喚者としての責務よ、ミツコ」

「私たちも当然協力いたします」

「えぇ~? この世界に住めばいいじゃん。あたしたちと友達になってよ、魔王!」

「……フッ……フッフッフッ……」


 泣いているかと思えば急に肩を震わせて笑い出した魔王に、若干引く4人。


「フハハハハ! な、なんだこの子供が書いたようなふざけた絵は! ば、化け物じゃないか! こんな絵で召喚されたというのか! ひぃ~~! ひぃ~~! は、腹いてぇ~~! なんで笑ってんだよこいつ! 怖いよぉ~~! ウクククク」


 魔王は涙を流し、床を転げまわって大笑いしだした。

 ミツコの体からどす黒いオーラのようなものが立ち上がり、片目がギラリと光る。

 危険を察知した他の3人の部員たちが、少し離れた場所へ避難していく。


「死ねッ!」


 ミツコのサッカーボールキックが、魔王の腹部に突き刺さった。

 叫び声を上げる暇さえなく、魔王は体がくの字のまま、まるで重力を感じさせずに床を一直線に滑っていく。

 轟音とともに部室の壁にめりこむ魔王。


「ぐっ……うぅ……な、なんてパワーの人間だ……」


パロディ元は映画の『ターミネーター2』です。

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