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アルベルト1−1

 泣き腫らしたリナリアを見送ると、僕はフラフラと邸宅の中に戻った。

 僕は勝手ににやける口元を両手で隠して、エントランスホールで蹲ってしまった。



 すると僕らの様子が気になったのか、戻ってきたアレク兄様がため息混じりに声をかけて来た。


「アルベルト、一体そんな所で何をしてるんです」

「な、なんでもありません、兄様」


 すると、アレク兄様はしばし考える様な素振りの後、眼鏡のブリッジを人差し指であげて、僕に言った。


「先程のリナリア嬢はどうしたのですか。珍しく酷く泣いていた様子でしたよ。

 何かありましたか?」

「いや…僕にもさっぱり分からないのです」

「そうなんですか?」


 アレク兄様は不思議そうにしているけれど、僕はそれどころじゃなかった。


「だけど、リナリアが僕と婚約できて幸せだと!信じられません!」

「え…?そうですか…?」


 何故かアレク兄様は更に首を傾げているけれど、僕は抑えられない喜びに天にも昇る心地だった。

 よくリナリアが言うように、召されるかもしれない。


 だってリナリアはとっても可愛くて、明るくて、優しくて、

 僕は本当に心から大好きなんだ。






 初めての婚約者との顔合わせの日、僕はとても不安だった。


 リナリアの家であるシーブルック伯爵家は、海洋貿易で財を成した一族だ。

 領地に国内随一の貿易港を持ち、このハラルディ王国の屋台骨の一つであると言って過言でない。

 僕の家であるスタンフォード侯爵家は、歴史上何度も宰相や騎士団長などの国の重要な役割を担う人材を輩出してきた。

 今回の僕たちの婚約は、そんなスタンフォード家を財政面でも盤石化する意味合いの婚約だった。

 僕の上に兄が2人いるけれど、同い年の僕に白羽の矢が立ったのだ。


(どんな人が婚約者なのだろう?優しい子だといいな…)


 そうしてやってきたシーブルック家の当主に、僕は震え上がった。

 山のように大柄で凶悪な顔。まさにバイキングの如き髭面男。

 それがシーブルック伯爵だった。

 僕の婚約者はどんな娘なのだろうと、更に不安になった。




 けれど、そんな杞憂は一瞬にして吹き飛んだ。

 目の前にはすごく可愛い子がいて、そしてその子もすごく緊張していることが分かったから。


 ぱっちりとした翠色の瞳はまるで宝石のようでいつまでも見ていられそうだし、肌は健康的だ。

 あんまり白すぎる肌は不健康そうで、僕はあまり好きじゃない。

 それに本人は気にしているようだけど、リナリアの髪はとても素敵だ。

 濃い茶色の髪がゆるくウェーブしていて、ふわふわで気持ち良さそうだ。

 真っ直ぐなサラサラの髪も素敵だけど、僕はふわふわの方が好きだ。

 リナリアがそうだから、そう思うのかも知れないけど。


 話してみるとリナリアはとても明るく優しくて、僕はもっともっと好きになった。


 子猫のジャックを拾った時、どうしても飼わせてくれとお父様に頼み込んだ。

 ジャックが家にいれば、リナリアが会いに来てくれるから。

 リナリアの顔を見るだけで僕は幸せだ。



 それに、リナリアはとても頑張り屋さんだった。


 ダンスの授業を一緒に受けた時、びっくりするくらい背中が真っ直ぐで、きっと背筋を伸ばすために背中に棒か何かを入れていたんだと思う。

 そのせいで、なんというか木の棒に紐で手足がくっついてるおもちゃみたいな面白い動きになっていたけど、そのストイックな姿勢に僕は感動したんだ。

 その後は何故か一緒に授業を受けることがなくなってしまい、悲しかった。


 あと刺繍もすごく得意で、可愛くて味のあるモグラの刺繍を刺したハンカチをくれたことがある。

 なんでモグラなんだろうと思ったけれど、きっとリナリアはモグラが好きなんだと思った。

 だから僕もモグラグッズを集めてみた。

 ぬいぐるみとか、モグラの絵が描いてある便箋とか。

 探すのがとても大変だった。

 その後リナリアは何故か猫好きだと分かったけど、もしかしたらモグラは一時的なブームだったのかもしれない。


 リナリアは時々、物凄く眠そうな顔をするのだけれど、その顔がとても愛しい。

 もしかしたら寝不足で眠いのに、僕に合わせて話してくれているのかもしれない。

 やっぱり優しい。

 リナリアは休日まで1人で学校に行くくらい勉強熱心だから、勉強で夜遅いのかな。




 そんな頑張り屋で可愛くて可愛いリナリアと、僕なんかが釣り合うはずはない。


 僕は、2人の兄とは血が繋がっていない。

 僕の本当の父は、2人の兄の実父、つまり今の僕の義父の弟だった。

 兄たちと僕は、本来は従兄弟同士だ。

 僕がまだ3歳の頃、本当の両親は馬車の事故で死んでしまった。

 僕は乳母と共に留守番をしていた為、無事だった。

 今の義父は、天涯孤独になってしまった僕を憐れみ、養子として迎えてくれた。

 そして出来た義理の兄たち。


 彼らは本当に凄いのだ。

 僕も確かに容姿は褒められるけれど、それだけだ。


 僕には、兄様たちに敵うものなど何一つない。

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