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5 タルトタタンの涙

 サロンに移動し、お茶とタルトタタンを頂いて心を落ち着かせる。

 大丈夫よ、落ち着いて。サッとしてスッよ。


 タルトタタンに半分ほど手をつけた所で、私は思い切ってアルベルトに尋ねた。


「あの…ね。今週の水曜日なんだけど…アルベルト、お昼休みに裏門の前に居た?」

「え!?」


 アルベルトは目に見えて慌てた。

 私の心の中に疑惑の靄が広がっていく。

 え、まさか。

 いや、まだ何も分からない。

 ちゃんと確認しなきゃ。


「私、あの時セシリアと中庭でランチをしていて、アルベルトを見た気がしたの。

 あと…その時、もう1人女性が居たように見えて…。えっと、何をしてたのかな、と…」

「え、あ、何を、えっと…」

「私に…言えないこと?」

「それは……」

「やっぱり、私に言えないことなのね…」


 私の瞳からボロボロと涙が溢れた。

 確かに、アルベルトは私と違って、恋をしている訳じゃなかっただろう。

 私は容姿も平凡だし、癖の強い地味色髪だし、料理以外の才能がマイナスだけど、アルベルトを好きな気持ちは誰にも負けない。

 だけど、たった半年でアルベルトの心は他の人の物になってしまった。

 婚約してから2年、アルベルトに振り向いて欲しくて頑張ってきたけど、やっぱり私なんかが頑張った所でどうにもならないのかな…。


「アルベルトは…あの人のことが好きなの…?」

「え!?キャスケル先輩のこと…?いや、確かに好きだけど、でもそれは」

「やっぱり!!」


 わーっと私は泣き出してしまった。

 常に穏やかでにこやかなアルベルトは、見たことが無いほど狼狽していて、およそ意味のある言葉を発していなかった。

 私はボロボロ泣きながら、アルベルトの瞳を見つめて言った。


「私、もっと頑張るわ。もっともっと、頑張るから。だからどうか婚約を破棄しないで…!」

「え!?婚約破棄!?」


 アルベルトは物凄く驚いたような声を出した。


「アルベルトと婚約できて私幸せなの!アルベルトの気持ちは分かってる。でも、婚約破棄はしたくないの…」

「ちょ、ちょっと待って!婚約破棄なんてしないよ!なんでそんなことになったの!?」


 私は一瞬きょとんとした後、思わずアルベルトの肩を掴んで揺さぶった。


「ほ、本当!?本当に婚約破棄しない!?」

「もちろんだよ!絶対そんなことしないさ!」


 つまりそれは、心は他の人にあっても私との結婚はするということだろうか。


 なるほど…貴族名鑑がぼんやりとしか頭に入っていない私には自信がないが、もしやキャスケルさんとは平民なのではないだろうか。

 もしくは準男爵とか。

 身分の問題で、結婚出来ないのでは?


 そこで2人は


『たとえ他の人と結婚しても、愛しているのは君だけだよ。キャス子(仮)』

『アルベルト様…私もですわ…』


 と夕暮れの草原か何かで鼻を突き合わせて誓ったに違いない。

 キスシーンまでは強制的に想像をシャットダウンした。

 そんなことは想像してない。うんしてない。


 なるほど、読めた。

 私は形式上の妻ということだ。


 婚約破棄はしないという言葉に、一瞬気分が上向きかけたけれど、私はまたどん底に叩き落とされた。


 いや、でも本来貴族の結婚とはそういうものなのかもしれない。

 心と実情が伴わないものなのだと、恋を知る前の私は、確かにそう思っていた。

 でも、それでもいい。

 きっといつか、私のことも好きになってもらえるように頑張ろう。

 私にはそれしかない。

 大丈夫、嫌われてはいないのだ。たぶん。

 そう思って、泣き腫らした瞳でアルベルトを見た。


「それでもいい…。アルベルトありがとう…」

「う、うん…?」




 私は涙が落ち着くまで、サロンでアルベルトに背中をさすってもらった。

 他に好きな人がいるのに、好きでもない女を慰めてくれるなんて、アルベルトはやっぱり天使だ。


 しばらくしてどうにか涙が止まり、家に帰ることにした。

 アルベルトに支えられながらサロンを出ると、アルベルトの1番目のお兄様、アレクシス様に会った。

 アレクシス様は何か調べ物なのか、いくつかの本を抱えながら驚いた顔をした。


「リナリア嬢、いらしてたんですね。

 しかしどうされたのですか?何かありましたか?」

「いえ…何もありませんわ。お気遣いありがとうございます…」

「ならばいいのですが…。

 アルベルト、まさかとは思いますが、万が一にもリナリア嬢を傷付けるようなことがあってはいけませんよ。

 あなたはただでさえ不器用なんですから」

「……はい、アレク兄様」


 アルベルトは気不味そうな雰囲気で応える。

 私はアレクシス様に軽くカーテシーをしてから、邸宅を出て馬車に乗り込んだ。


 帰りの馬車の中、ナンシーは必死に「今日のドレスは似合っていた」やら、「“ネギにくスティック”はよく見るときちんとネズミだ」やらと話しかけてきて、私を元気付けようとしてくれていた。


 けれど私は落ち込んだまま、家に着いてからまた溢れ出した涙が枯れるまで、一晩中泣いたのだった。

次話はアルベルト視点です。

長くて分けたので、明日は朝7時と夜19時にアップします。

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