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4 猫は不満気

 その週の土曜日、私はアルベルトの家に先触れを出した。

 すごく悩んだけれど、私はアルベルトを信じてる。

 絶対に大丈夫。

 だってアルベルトは召される系天使様だもの。


 朝からナンシーに隅々まで綺麗にしてもらって、新しく下ろした淡いラベンダー色のドレスを身に纏い、馬車でアルベルトの邸宅まで向かった。

 すると、門のすぐそばにアルベルトが立っているのが見えた。

 出迎えに来てくれたようだ。

 門の前に馬車を止めると、私は大きく息を吸い込んだ。

 一緒に乗っていたナンシーが「鳩の求愛行動ですか?」と言うのを無視してゆっくりと息を吐き出し、扉を開けた。


「お迎えありがとう、アルベルト」

「リナリアが来てくれるなら当たり前だよ。なんだか久しぶりだね」


 そう、アルベルトの生徒会の仕事やら、私の補講じゅぎょ…げふんげふん。私の更なる学力向上のための追加授業で時間が合わず、ここ最近は休日もアルベルトと会えていなかった。


 アルベルトが天使系スマイルで差し出した左手の上に右手を乗せ、エスコートしてもらいながら馬車から降りる。


「急にごめんなさい。会えて嬉しいわ」


 私より少しだけ高い所にある顔を見上げて、負けじと“たろいもスマイル”を繰り出す。

 するとアルベルトがくすくすと笑った。


「ふふ。また昨日もあんまり寝られなかったんだね。それなのに来てくれて嬉しいよ」


 解せぬ。全く眠くない。


「とりあえずサロンでお茶にしよう。外は寒いからね」

「あの、今日はケーキを焼いてきたの。アルベルトの好きなタルトタタンよ。良かったら一緒に食べない?」

「もちろん!リナリアのタルトタタンは大好物だ。楽しみだな」


 私はほっとした。

 アルベルトはいつもと変わらない、召される系天使のままだ。

 きっとあれは何かの間違いだったに違いない。

 これならサッと聞いてスッと納得できるはずだ。

 よし、サロンに着いたら早速にで


「あ!そういえばジャックが前にリナリアがくれたトカゲのぬいぐるみを気に入ったみたいだよ。会っていく?」

「ええ!ぜひ!今すぐ!」



 ジャックはアルベルトの愛猫だ。

 昨年、アルベルトの家の庭で2人遊んでいる時に、迷い込んできたのを見つけた。

 怪我をしていたので、手当てをしてそのままアルベルトの家で飼っている。

 私は大大大大大の猫好きだ。

 モグラからせめて耳のある動物になるよう、猫の刺繍だけをひたすら練習するくらいには猫好きだ。


 けれどお母様は「なんで私から猫好きが生まれたのか分からない」が口癖なくらい大の猫嫌いなのだ。

 だから泣く泣く、ジャックをアルベルトに預けた。

 アルベルトは特に猫好きな様には見えなかったけれど、ぜひ飼いたいと言っていたから、隠れ猫好きなのだろう。

 さすがはアルベルト。違いのわかる男だ。


 タルトタタンを執事に預けて、私たちはジャックの元へと向かった。

 その少し後ろをナンシーがしずしずと付いてくる。

 私一人の時だと傍若無人なナンシーも、人前では一丁前の侍女のようだ。

 解せぬ。



 さて、ジャックはいつも通り暖かなコンサバトリーのど真ん中を陣取っていた。

 艶やかな白い毛並みは輝いていて、もはや神々しい。

 そしてなんとこのジャック、瞳の色がアルベルトと同じなのだ!

 神がくれた奇跡!


「ジャック!久しぶりね!元気だった?」


 ジャックは私をちらりと見ると、興味無さそうにぷいっと顔を背けた。

 そんなつれない所も魅力的だ。最高。


 ジャックが不意に起き上がって、アルベルトの足に尻尾を絡めながら纏わりつく。

 アルベルトはそっとジャックを抱き上げると、鼻と鼻をくっつけながら言った。


「こら。リナリアが来てくれたんだから挨拶しなきゃダメだぞ。本当に素直じゃないんだから」


 私はあまりのことに眩暈がした。

 猫と天使の組み合わせは奇跡だ。

 神はこんなにも奇跡を与えていて良いのだろうか。

 私は思わず祈りを捧げた。


「リナリア?どうしたの?ほら、ジャックを抱いてあげて」


 なーんとジャックが鳴き、まあ抱かせてやっても構わんよ、といった風に私に抱かれた。

 可愛い。滑らか。神々しい。素晴らしい。この世の美を凝縮した存在。

 ジャックの首に顔を埋めてはふはふする。

 ジャックが嫌そうに身を捩ったので、私はジャックを離してナンシーに目配せをした。

 するとナンシーはすっとお仕着せのポケットから、ネズミの人形と棒が紐で繋がっているおもちゃを取り出した。

 私の自信作だ。


 ナンシーはこの愛らしいネズミを「ただの綿ぼこり」と言うけれど、ギリギリネズミだと思う。

 ちなみにさっきアルベルトが言っていたトカゲのぬいぐるみは、トカゲじゃなくてリスだ。


 この“ネズミ(ギリギリ)の人形がくっついた棒”、“ネギにくスティック(リナリア命名)”で、ジャックに決死の戦いを挑んだ。

 ジャックも戦闘態勢に入る。

 一進一退の攻防戦を繰り広げつつ、私はずっと重たく感じていた心が軽くなったのを感じた。

 まるで全ての不安が溶けて無くなってしまったような…。

 不安…不安?なんだっけ不安…。


 はっ!と私は本来の目的を思い出した。

 からんと“ネギにくスティック”を手放した私に、ジャックはおい勝手にやめんなよ!けっ!と言った風にそっぽを向いた。


「ア、アルベルト!私、あなたに話があって来たのよ!」

「話?なんだろう、それじゃあとりあえずサロンに移動しようか」

「ええ、そうしましょう。またね、ジャック」


 ジャックはお前なんぞ知らん、さっさと行け、と言った風に、そっぽを向いたまま一度だけタシンっと尻尾で床を打った。

しばらくは19時に更新していきます。

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