17 冬休みの始まりと、2人の始まり
講堂中がぽかーーーんとする中、キャンベルさんは続けた。
「あなたのように成績も悪く、平凡な容姿の方は、アルベルト様に相応しくありませんわ!
アルベルト様は私のことを『愛してるから、ハンナ』と言ってくださいましたのよ!
ちゃんと言葉で、言いづらいだろうに、伝えてくださいましたの!
ただ家の財力を盾に、婚約者の座に縋り付いているあなたとは違いますのよ!
わたくし、あなたに忠告したはずですわ!さっさと婚約解消なさいと!
アルベルト様、もう彼女に気を使う必要はありませんわ!
わたくしも、あなたを愛しています!
解消と言わず婚約破棄なさってください!」
沈黙。
誰もが彼女の言っている言葉の意味が分からなかったのだ。
しかし、次第にざわざわと講堂中が騒がしくなる。
(スタンフォード様がまさか…そんなことを?)(二股してたってことか?)(ええ!あんなに婚約者の方へ愛を語っていたのに?)(そんな有り得ないわ!)(でもしっかり言葉で伝えたって…)
騒がしい講堂の中で、アルベルトは一つ息を吸い込んで、言った。
「キャンベル嬢。僕にはそんなことを言った記憶が欠片もないのだが、何か勘違いしていないだろうか?」
「そんな!アルベルト様酷いわ!わたくし、あがっていた婚約話も蹴ってお父様を説得して参りましたのに!」
(な!あのキャンベル辺境伯にも話が行っていることなのか!?これは一大事だぞ!)(スタンフォード様って、女心をもて遊ぶような方だったの?)(うわぁ幻滅したなぁ)
会場がより騒がしくなる。
私は困惑していた。
アルベルトもそうだ。
私はもう、アルベルトのことを信じている。
アルベルトは嘘をついていない。
けれど、では何故そんなことを言うのだろう?
すると、講堂に一つの声が響いた。
「あの!私見ました!
スタンフォード様はシーブルック様が作ったクッキーの話をしているのに、キャンベル様が何やら興奮しているところ!」
それを皮切りに、いくつかの声が上がる。
「私も!キャンベル様が立ち去った後も『あのアイシングクッキーの…ペールカラーの花が、もう一度食べたい』ってスタンフォード様は1人でおっしゃっていました!」
「お、俺もその場面見たぞ!その後話を聞かなかったから、誤解は解けたのかと思ってたけど…」
「確かに会長は、よく『あのアイシングクッキー、食べれば良かった』と独り言を言っていました!」
生徒会の役員からも声が上がり、会場中が、えぇ…という雰囲気になった。
『アイシングクッキー、ペールカラーの花』を『愛しているから、ハンナ』と聞き間違えたと言うこと?
えぇ…間違えるか…?
壇上で何やらアルベルトは顔を真っ赤にしている。
たぶん独り言を聞かれていたのが恥ずかしいのだろう。
キャンベルさんを見ると、こちらも真っ赤になって震えている。
そりゃそうだ。
全校生徒の前で、自分の聞き間違いからとんでもないこと言ってしまったのだから。
「で、でも…!シーブルック様がアルベルト様の婚約者に相応しくないのは確かですよね!?
アルベルト様には、もっと美しくて優秀な令嬢でなければ釣り合いませんわ!」
こちらをキッと睨みつけ、キャンベルさんが吠える。
その言葉に、私の胸が深くまで傷つけられる。
そうなのだ。
たとえ、いくらアルベルトが私のことを好いていてくれたとしても、私がポンコツなことには変わりはない。
彼に釣り合うようにずっと頑張ってきたけれど、やっぱり全然ダメだった。
キャンベルさんの言うことは、正しい。
けれど、そこで私の横でスッと立ち上がる雰囲気があった。
「あなたにリナリアの何が分かるのよ!確かにリナリアは刺繍もダンスも下手だしちょっと勉強も出来ないけど!
それでも、ひたむきに努力できる性質と周りを巻き込む明るさがあるわ!
それに体が丈夫よ!風邪一つ引かないんだから!」
セシリアが、そう言った。
こんなに大勢の前で、私のことを庇ってくれるなんて…。
でも私の一押しは体の丈夫さなのね…。
そう思っていると、周りで次々と立ち上がる人がいる。
「そうですわ!最初は確かに『え、この子本気…?』と思うけれど、いつの間にか彼女はそれでいい、それが魅力だとみんな思うようになるのよ!先生でさえね!リナリアのこれは最早才能ですわ!」
「それにスタンフォード様が何でも出来てしまうのですから、リナリアぐらいがむしろ釣り合いが取れているのよ!」
「スタンフォード様のリナリアへの溺愛をご存知ないの?リナリアの才能云々よりも、リナリアがリナリアであると言うことが、スタンフォード様の婚約者に相応しい所以ですわ!」
「さてはリナリアの作った料理を食べたことがないわね!?あれを食べたらね、みんな一瞬で胃袋掴まれちゃうんだから!」
「私たちがこれまで、こういうリナリアのことをよく知らない人から誹謗中傷されないように守ってきたのに!リナリアがいじけてしまったらどうするつもり!?」
「そうよ!他学年の人たちにも、私たちが必死に説得してリナリアの魅力を伝えていたのに!リナリアを傷つけたいなら、私たち全員を倒してからになさい!」
何と淑女科の面々ではないか。
いや、基礎課程でクラスが一緒で、今は他の専門科に行ってしまった子もいる。
私、みんなにこんなに愛されていたの…?
何だかちょっと友人というより、みんなの妹かマスコットのような扱いな気もするけれど…でも、みんなに守られているだなんて知らなかった。
だから、今まで先輩とかに校舎裏への呼び出しをされたことがなかったのね…。
倒してからって何…?と思わなくはないけれど、みんなの優しさと愛情が胸に沁みた。
「キャンベル嬢」
そこで、羞恥から復活したらしいアルベルトが声を掛けた。
「私があなたの前で言ったことで誤解を与えたのでしたら、申し訳ありませんでした。
ですが、私は今も昔も、ずっとリナリアのことが好きです。
ずっと、彼女のことだけを愛してきました。
ですから、あなたの気持ちに応えることは出来ません。
私の記憶が正しければ、あなたにファーストネームを呼ぶ許しを与えたつもりもありません。
それから、私の前で彼女を悪く言うのはやめていただきたい。
彼女が刺繍が下手だろうと、ダンスが下手だろうと、それでも私は彼女のことを愛しています。
きっと、これからもずっと」
そう言って、私をアルベルトは見つめた。
私は思わず、アルベルトに笑顔を向けた。
嬉しくて、涙が出てきそうだ。
アルベルトは天使の笑顔を返してくれた。
キャンベルさんは、これ以上赤くなれないんじゃないかというくらい顔を赤くして、講堂から出て行ってしまった。
彼女はまだ第3学年だ。
これからの学園生活を思うと、少し不憫になってしまう。
きっと、アルベルトともっとちゃんと話す機会があれば、こんなことにはならなかったのではないかしら。
大混乱の終業式が終わった。
私は色んな人に囃し立てられ、赤面しながらクラスに帰った。
何となく、淑女科のみんなが盾になって守ってくれていたのを感じた。
各々クラスに戻ったらもう学園は終わりだ。
学園の冬休みは長めで、再度顔を合わせるのは約1ヶ月半後になる。
セシリアや淑女科の面々に、今日のことも、これまでのことも感謝を伝える。
みんなに守ってもらうばかりでなくて、私自身で解決できるように強くならなくちゃね。
私は心に刻んだ。
帰りは、アルベルトと一緒に馬車で帰った。
何となく照れ臭くて、お互いに赤面してしまった。
明日からのことを、2人でたくさん話す。
これから冬休み。
この冬休みは、…いや。
これからの私たちは、きっと今までと違う。
最後にエピローグをアップして完結です!
18時にアップします。