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挿話 ハンナ

 

 アルベルト様に初めてお会いした時、一目で恋に落ちた。



 わたくしが廊下に落としてしまったハンカチを、アルベルト様が拾ってわざわざ綺麗に折り畳んで渡してくださったのが始まり。

 そしてなんと「美しいストレートヘアだね。良かったらその秘訣を教えてもらえる?」と聞かれたのだ。

 このわたくしの艶やかな黒髪をお気に召したのね!


 アルベルト様は、まるで御伽噺の王子様のようだ。

 美しい金髪を一括りにして前に垂らしていて、瞳は南国の海のよう。

 高い身長に、優しく甘い顔立ちに、それに何より、あのスタンフォード侯爵家の御子息!

 完璧!

 全てが完璧だわ!!

 どうやら元はスタンフォード家の出身ではないようだけれど、当主の弟の子どもだなんて、さしたる違いではないわ。

 私はその日、興奮して眠れなかったくらいよ。

 ついに見つけた。

 私の理想の王子様。



 でも、彼には婚約者が居た。

 アルベルト様ほどの方ともなれば、当然よね。

 だからその人は本当にアルベルト様に相応しい方なのか気になって、調べてみたの。

 何故か同級生の先輩方の口が固くて、調べるのにとても苦労したわ。


 でも、私見たのよ!

 アルベルト様の婚約者であるリナリアという女が、職員室に呼び出されて追加課題を出されているところを!

 それから彼女の後をつけて見ていたら、もうびっくり!

 ほとんどの教科で同じことをされているの!

 学年が上がると、どういう訳かそういう機会が少なくなっていって、まさか成績が良くなったのかと思ったら、どうやら違うの。

 一度、彼女が落とした刺繍入りのハンカチを見たことがあるわ。

 多分猫が刺されているのだろうけど、もう歪んでしまっていて酷いものだったわ。

 思わず笑い転げてしまったくらいよ。

 きっと成績が悪すぎて、先生にもう見切りをつけられてしまったのね。

 顔立ちはまぁ可愛くなくはないけれど、髪は癖っ毛でアルベルト様の好みと違うようだし、スタイルだって平凡で、正直どこにでもいそうな感じよ。



 なんで彼女のような人がアルベルト様の婚約者なのかしら。

 絶対におかしいわ。



 そう思っていた時、何やら物憂げな様子で廊下を歩いているアルベルト様を見つけたの。

 そして話しかけてみたら…なんていうことなの!

 アルベルト様に「愛してる」と告白されてしまったわ!!

 まさか両思いだったなんて!

 どうやら、やはり婚約者の方を気にして素直になれなかったみたい。

 でも、2人が両思いなら関係ないわ!

 最近、お父様からとある伯爵家の子息との婚約話を持ちかけられていた所だったから、ちょうど良いわ。

 領地に帰って、お父様とお母様にちゃんと話さなくっちゃ!





「と、いう訳で王都から馳せ参じましたわ!お父様、お母様」


 私はキャンベル家の領地にある本邸に居た。

 家族でくつろぐ談話室のソファーに座り、お父様とお母様と対峙していた。

 季節は夏。

 いくらこの国の最北だと言っても、風は爽やかに涼しく、暖炉は空っぽだ。


「ふーーむ。あのスタンフォード家の三男がなぁ。俄には信じられんが」

「社交界でも、彼の婚約者への溺愛は有名なのよ?よく宰相補佐のアレクシス・スタンフォード様がお話ししていらっしゃるし…」

「ハンナ、お前の勘違いじゃないか?」


 何故だか、お父様もお母様も私の話を信じて下さらない。

 すると、お兄様がやってきて私の隣に座った。



「まあまあ。噂は噂でしょ?男女のことはどうなるか分からないじゃないか。

 親父もお袋も、本人から話を聞いた訳じゃないんだろう?

 まあでも、本当にスタンフォード家の坊ちゃんがハンナを愛しているのなら、今の婚約を解消して、さっさとうちに打診すべきだね。

 坊ちゃんも後悔している風だったんだよな?」

「ええそうよ!」

「なら早く、親父とお袋を説得できる状況を作って来たらどうだ?

 せめてスタンフォード家とシーブルック家の婚約が破棄されれば、信憑性があるだろう?」



 なるほど。

 確かに我が家への打診より先に、今の婚約を解消しないと不誠実ね。

 なら早くアルベルト様にそう話さなくっちゃ!



「おい、あまり軽々しくそういうことを言うでない。

 我が家は軍事力でこの国の地位を得ているが、シーブルック家は財政面で馬鹿にできない。

 極めて政治的なだな」

「分かりましたわ!2人の婚約が破棄されれば認めていただけるということですわね!」


 お父様が何かごちゃごちゃと言っていたけれど、私は俄然やる気だった。

 早速帰って、アルベルト様に話してみなくちゃ。

 でも待って。

 アルベルト様はお優しいから、あんな婚約者でも簡単に婚約解消できないかもしれないわ。

 それならシーブルックさんの方に話した方がいいかしら?

 私だったら、あんな成績じゃ恥ずかしくてアルベルト様の婚約者でい続けるなんてできないもの。

 きっと私たちのことを話したら、案外すんなり解消するかも知れないわ。



「あーハンナ、完全に自分の世界に入っちゃったな」

「もしもハンナの勘違いだったらどうするんだ!厄介なことになるんだぞ!」

「流石に勘違いだったら、ハンナだってすぐ分かるだろ。

 もうすぐ俺の子どもも生まれるんだ。祝い事は多い方がいい。

 キャンベル家とスタンフォード家の婚約だなんて、こんなにめでたい事はないじゃないか」

「いやしかしだな…」

「大丈夫かしら…。ハンナ?いいこと、きちんとスタンフォード家の御子息とお話しするのよ?

 いい?聞いている?」



 こうして私は、学園に戻った。

 そして早速、リナリア・シーブルックを校舎裏に呼び出し、忠告してあげた。

 あなたのような人がいくら頑張ってもダメなのよ?



 翌日にはアルベルト様の元に向かい、愛を育もうと思っていたのに…何故か会えない。

「まるで幽鬼のように真っ白になってフラフラしているアルベルト様を見た」という目撃情報を聞いたけれど、体調が悪いのかしら。心配だわ。

 その日はどうしても会うことができず、仕方なく来週会いに行こうと寮の部屋で悶々としていた、矢先。

 なんとお義姉様、つまりお兄様の妻が、予定よりもかなり早く出産なさったから帰ってこいという早馬からの手紙が届いた。

 もう!トンボ帰りじゃないの!

 でも仕方ないわ。

 まだ時間はあるもの。



 そして私はまた、キャンベル家の本邸へと向かった。

 お義姉様は早産で一時母子共に危なかったけれど、今は安定しているそうだ。

 お兄様は心配と安心と感動で毎日お義姉様に感謝しながら泣いているという。

 季節は秋。

 このキャンベル辺境伯家の領地は寒い。

 赤子は早くも火の灯った暖炉のある部屋で、すやすや寝ていた。

 そうよ、私もアルベルト様との間にこんな赤ちゃんを生んで育てるのよ!

 早くアルベルト様との愛を育まなくっちゃ!


「そういえばハンナ。前に言っていたスタンフォード家の三男の話は…」

「わたくし学園に帰りますわ!」


 最近寒さが続いていて、近々雪が降るかもしれない。

 そうなる前に学園に帰らなくては!


 そうして急ぎ馬車に乗り、学園に戻ったのだった。




 ーーここでお気づきの方もいるだろうか。

   時間の進み方が異様なことに。

   そう、このキャンベル辺境伯家、王都からとても遠い

  のだ。

   大体馬車で一か月はかかる距離である。

   アルベルトからの「愛してる」疑惑が6月下旬。

   リナリアたちが第4学年の後期であった時。

   リナリアがハンナに呼び出されたのは9月下旬。

   リナリアたちが第5学年になってすぐのこと。

   そしてそこからまたこのハンナ嬢は領地に帰っていた

  ため、

   その後の新生アルベルトを見ていなかった。

   ハンナ嬢が再び学園に戻ってきたのは、12月も半

  ば。

   その頃には、状況が一変していたのであった。




 何?何なの?

 何でこんなにアルベルト様とリナリア・シーブルックが相思相愛みたいな雰囲気になっているの?

 おかしいわ!

 絶対におかしい!!

 アルベルト様に話しかけようにも、常にリナリア・シーブルックが傍にいて話しかけられない。


 なるほど、分かったわ。

 彼女がアルベルト様の優しさに付け込んで、わたくしと会えないように纏わり付いているのね。

 アルベルト様!

 今わたくしがお助けしますわ!

 見てなさい!全校生徒の前で恥をかかせてやるわリナリア・シーブルック!



 ーーこうして、ハンナ・キャンベルは終業式の場で声を上

  げるという暴挙に出たのだった。

   アルベルトの心は自分にあると、欠片も疑わずに。

ハンナは学園の出席日数が足りるのでしょうか。

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