16 終業式の一波乱
週明けの月曜日。
アルベルトが馬車で迎えに来てくれて、一緒に登校することになった。
これまでは私にしつこいと嫌がられるかと思って、誘えなかったんだって。
そんな訳ないのに!
実は朝生徒会室に行く必要もないらしくて、これからはずっと一緒に登校することになった。
とっても嬉しい!
学校に着くと、私たちの雰囲気が変わったことにみんな気が付いたらしく、「何かあったの?」「一緒に登校して来たの?仲が良くて素敵ね」「つ、ついに一線を…!?」なんて言われたけれど、アルベルトと2人で笑って誤魔化した。
最後の意味は分からなかったけれど、アルベルトは真っ赤な顔で否定していた。
何だったのだろう?
淑女科のクラスに行くと、セシリアだけでなくクラスメイトの皆がわらわらと集まってきた。
「ちょっとリナリア!スタンフォード様とついにそういう関係になったって学園中噂なんだけど、本当!?
ずっとうじうじしてたのにいきなりどうしたのよ!?」
セシリアが第一声そう声を掛けると、他のみんなもわーっと喋り出した。
「初めてスタンフォード侯爵家の馬車で一緒に登校してきたってことは、も、もしかして昨日の夜からずっと一緒に…!?」
「リナリアったらせっかくあんなに素敵なスタンフォード様に全身で愛を伝えられているのに、何でもっと喜ばないのか私たち不思議だったのよ!やっと素直になる気になったの!?」
「で…スタンフォード様って…その、夜の方は一体どんな感じ…?」
きゃーーーっと黄色い声が上がる。
何だか私を置いてけぼりにみんなで盛り上がっている。
「ねえセシリア。私みんなが何を話しているのかさっぱりなんだけれど?」
「うん。噂は全くのデマね。察したわ」
そして私はみんなの前で、これまでの2人のすれ違いについて話さざるを得なかったのだった。
「信じられない!2人とも側から見てたら完全に思い合っているのに、浮気だなんてお互いありえないじゃないの!」
「そうよ!スタンフォード様って、今でこそリナリアの前でも愛情全開だけれど、その前からリナリアのこと好きなんだろうなーって丸分かりだったわよ?会話しててもリナリアの話にしかならないんだもの!」
「そうそう!と言うよりあなたアラン様にダンスの稽古なんてつけて貰っていたの!?家訓はどうしたのよ!羨ましい!」
「まあ、でも。やっと2人の心が通じたのだもの。良かったわ」
「「「「そうね」」」」
クラスのみんなが優しい。
優しすぎる。
「ううう…みんな…ありがとう」
「ほら、リナリア。泣いてたら勿体無いわ。笑いなさい」
そう言ってセシリアがハンカチで顔を拭ってくれる。
「ううう…ありがとう…さすがリアリアシスターズ⭐︎…」
「忘れた頃に出してくるわね」
私とアルベルトは休み時間の度に顔を合わせて、これまでのすれ違っていた時を取り戻すかのように、たくさん話をした。
そして、知らなかったアルベルトの色々な顔を知ることが出来た。
ある日、アルベルトは私におずおずと一つの小瓶をプレゼントしてくれた。
それは、これまで私が浮気相手だと思っていた人たちから聞いて研究してくれた、髪の癖をなくすヘアオイルだった。
私がいつもこの癖毛を気にしていたから、ずっと研究してくれたんだって。
でも本当は、アルベルトは私のふわふわな髪が好きだって。
え、何それ。
好き。
思わずアルベルトに抱きついてそう言ってしまった。
「僕に髪を触られたら嫌じゃない…?」なんて不安そうに聞いてくるから、「いつでも触って良いのよ!アルベルトなら!でも、あなたに好きだと言ってもらえるのが、この髪が真っ直ぐになるよりもずっと嬉しいわ!」と言った。
アルベルトは本当に嬉しそうに、幸せそうに、あの天使の笑顔で笑った。
私は幸せすぎて、また涙が出そうだった。
そして私は気づいた。
どうやらアルベルトは自分が出来損ないだと思っていたらしい。
信じられない!あんなに色んなことが出来て、ダントン先生にすら愛に目覚めさせたくらいなのに。
第二王子殿下とも友だちだし、たくさんの人があなたに憧れている、と言うと「殿下は同僚として親しくしてくれていただけだし、そんなことあり得ないよ。リナリアは優しいね」なんて言って信じてくれないみたいだ。
だからもう頭にきて、第二王子殿下に言いつけてやった。
「おい!アルベルト!お前私のこと友人だと思っていなかったのか!?」
「ク、クリス殿下…?」
「ショックだ…私はお前を親友だと思っていたのに…」
「え?え?親友…??」
「アルベルトのばーかばーか!お前なんてリナリア嬢に嫌われてしまえ!!」
18歳男子とは思えない拗ね方をして、第二王子殿下は王宮の自室に引きこもってしまった。
困った王太子殿下にアルベルトは王宮に呼び出されて、必死に説得したそうだ。
自分のような人間が殿下の友人にしてもらえると思わなかっただけで、自分も友人になれたらどれだけ良いかと思っていた、と。
説得の甲斐あって、殿下は自室からようやく出てきて、改めて2人は親友になったんだとか。
王太子殿下が「あのな?私王太子だからな?色々忙しいからな?もうスタンフォード兄弟のいざこざに巻き込まないで欲しいな?」と言っていたそうだ。
アルベルトが申し訳なくて必死に頭を下げたら「ひいぃぃ!やめてくれ!!魔王が召喚される!!」と逃げていってしまったそうだ。
その話を聞きながら、アルベルトと2人で頭を傾げた。
そして、今日が今年の最終登校日。
終業式だ。
それが終われば、冬休みだ。
今年の冬休みは、いつもと違う。
アルベルトと色んなところに行って、色んなことをしよう。
私はワクワクしていた。
全校生徒が講堂に集まり、終業式が始まる。
講堂は半円の舞台を扇形に囲むように座席が配され、外側に行くほど段差が高くなるよう造られている。
もう冬の真ん中だ。
窓の外は寒そうだけれど、さすがは王侯貴族が通う学園だけあって、こんなに広いのに講堂の中は暖かい。
そのせいで、学園長からの長い長い注意事項をみんな睡魔と戦いながら聞いていた。
そして学園長からの話が終わり、アルベルトが壇上に立つ。
生徒会の会長としての挨拶があるのだ。
先ほどとは打って変わって、主に女子生徒を中心に色めき立った雰囲気に変わった。
男子生徒も、剣術大会の結果を受けてじわじわとファンが増えているようだ。
「皆さん。今年も残すところ後少しになりました。
何か、心残りはありませんか。何か、伝えそびれていることはありませんか。
私は今年、誰かにきちんと言葉で伝えるということの大切さを学びました。
言葉で伝えることをせず『わかってくれるだろう』と思うことも、言葉で聞いた訳でもないのに『こうだろう』と思い込むことも、恐ろしいことです。
この中には貴族の生徒も多くいるでしょう。
貴族には、はっきりと言葉で伝えることを良しとしない文化がある。
けれど、思うのです。
自分の大切な人、愛する人にだけはせめて、ありのままの心を話すべきではないかと」
アルベルトはそう言って、私を見た。
この広い講堂の中で、私を見つけてくれたのだろうか。
アルベルトと心が繋がっている。
そんな気がして、思わず私は笑みが漏れた。
すると、アルベルトも笑顔になった。
やはり私が見えているようだ。
何だかこう、講堂の中が生暖かい空気に包まれた。
「その通りですわ!!」
この生暖かい空気を切り裂くように、1人の少女の声が響き渡った。
声の元を辿ると、舞台に近い下の方の席に立ち上がっている少女がいる。
あれは…もしや、いつぞやのキャンベル辺境伯令嬢ではないだろうか。
「わたくしもそう思います!きちんと言いにくいこともしっかりと言うべきですわ!
アルベルト様。わたくし、あなたの気持ちはしかと伝わりましたわ!
さあ!リナリア・シーブルック様!
いつまでもアルベルト様にしがみついて居ないで、さっさと婚約破棄なさい!」
講堂中が、アルベルトさえも、ぽかーーーんとしたのであった。
明日3話アップして完結です!
7時、12時、19時にアップします。