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15 氷解

メリークリスマス!

 それから、私はよく学校で色んな人に声を掛けられるようになった。

「愛されてるね!」「あのスタンフォード様があんなにも情熱的だとは思わなかったわ!」など様々だけど、不思議と妬み嫉みの類を受けたことがない。

 他学年の先輩後輩の女子生徒からは時折、射殺されそうな視線を感じたけれど、何故かしばらくすると落ち着いてきた。

 不思議に思って同級生の女子生徒に聞いてみたら、「なんて言うか、どこにでもいる普通の子だったら、なんで!ずるい!みたいな感情が沸きそうだけど、なんていうかリナリアはこう…ちょっと特殊だから、スタンフォード様の好みはこういう子なのね、と諦めがつく」というようなことを言われた。

 え、つまりアルベルトはポンコツ好きと思われているということ?

 私、不名誉な印象をアルベルトに植え付けてしまった…。


 アルベルトの浮気相手だと思っていた、ウィザーズ?ウィンドウズ?とかいう金髪の先輩にも話しかけられ、「マリアね、今のあの子を見てると、私たちちょっと悪いこと言っちゃったかな?って反省してるんだぁ。あの子本当にあなたのこと好きだと思うから、ちゃんと見ててあげてね」と言われた。

 もしかして、アルベルトが素っ気ない時期があったのは彼女たちに何か言われたから?

 アルベルトの本心じゃなかった?

 でも、一体何を言われていたんだろう。





 悶々としていた私のところに一通の手紙が届いた。

 差出人は、意外なことにアレクシス様だった。

 手紙には「今話題の舞台を一緒に観に行きませんか。そしてその後、アルベルトのことで話があります」と書いてあった。

 私は不思議に思いながら、アルベルトの話というのが気になり、了承の返事を出した。



 本格的な冬が始まり、寒さが厳しくなる頃。

 約束の週末、私はミンクのケープを着込んで劇場の前に立っていた。

 アレクシス様は婚約者ではないので、現地で待ち合わせだ。

 すると、遠くの方で女性たちのキャーッという黄色い声が聞こえた。

 そちらを見ると、黒いロングコートに革の手袋、ダークグレーのスリーピースにボルドーのネクタイという装いのアレクシス様がやってきた。

 前髪を左側だけ残して全て後ろに撫で付け、顔にはいつもの銀縁の眼鏡。

 何というかこう…鞭が似合いそうだ。


「リナリア嬢、今日はお付き合い頂きありがとうございます。寒いでしょう。早く中に入りましょう」

「は、はい…」


 私はアレクシス様に促されて劇場の中に入る。

 何故私を誘ったのか、聞くタイミングを逃してしまった。


「今日の演目は『翡翠の幸福』でしたよね?確か…ある貴族の男性の片想いのお話だとか」

「ええそうです。とある無名の新人がこの劇団に持ち込んで、これは面白いと即舞台化することに決まったようですよ」

「へえ…楽しみです」


 そうこうする内にベルが鳴り、舞台が始まった。

 そして私は、すぐにその舞台に引き込まれた。



 話の内容はこうだ。

 とある子爵家の男は、自分の婚約者をとても愛していた。

 その男には2人の兄がいて、それぞれにとても優秀。

 男には何の才能もなく、平凡だった。

 そしていつしか男の婚約者も、男の兄の内1人のことを愛するようになる。

 婚約者は元々、男を愛している訳ではなかった。

 ただの政略だった。

 男は思い悩み、ついに自分が姿を消せばいいのだと思い至る。

 男は婚約者を愛していた。深く深く。

 婚約者の幸せが男の幸せだった。

 男は婚約者を思い、1人旅に出る。



 切ない悲恋の物語。

 皆会場の人々は感動し、涙を流している。

 人物の心理描写が見事だった。

 私も感動して顔がガビガビになるくらい泣いた。

 けれど、私は何だかこの話に引っかかりを覚える。

 どこにも心当たりはないはずなのに、どこか知っているような…。


「リナリア嬢、どうされましたか?」

「いや、何だか…どこか知っている話のようで…。そんなはずはないのですが…」

「なるほど。分かりました。では場所を移動しましょう」

「え?あ、はい…」



 そして馬車に乗って向かったのは、スタンフォード家の屋敷だった。



「あの、アレクシス様、これは一体…」

「リナリア嬢。実はですね、あの舞台の脚本を書いたのはアルベルトなのですよ」

「ええ!?あれをアルベルトが!!?」


 だからか。

 何だか主人公の男の家族構成や状況がアルベルトに似ていたのだ。

 いやというかアルベルト一体何をやっているの!?

 才能が有り余りすぎているのね!?


 でも、そうすると、男の状況は…。



 アレクシス様に案内されて、いつもジャックがいるコンサバトリーにやってきた。

 すると、中から声が聞こえる。


「どうしたのですかアラン兄様。改まって呼び出したりして」

「アルベルト、俺はお前に聞かなければならないことがある。リナリア嬢のことだ。

 お前は、一体彼女のことをどう思っているんだ?」

「どうって…。何故そんなことを言うのですか?」

「気になるからに決まっているだろう」


「…やっぱり。リナリアは…リナリアは僕の婚約者だ!

 僕は彼女を愛してる!ずっとずっと、彼女だけを愛してきたんだ!

 たとえ2人がどんなに思い合っていたとしても、兄様には渡せない!」



 そこで何故か、アラン様はホッと息をついたような気がした。


「なんだ。ちゃんと言えるじゃないか」


「え…?」

「どうも勘違いしているようだが、俺とリナリア嬢は何でもない。

 あえていうなら先生と生徒か?

 とにかくお前が考えているようなことは何もない」

「なら!何で…!!」


 そこでアレクシス様はコンサバトリーの奥まで入っていき、2人の前に顔を出す。


「そのくらいにしておきましょうか。

 アラン、あなたにしては上出来です。

 さあ、アルベルト。あなたは彼女としっかり話しなさい。

 アラン、行きますよ」


 そして、アレクシス様はアラン様を引き摺って去っていった。

 そんな普通なら違和感のある状況よりも今聞いたあらゆることで頭がパンクしそうな私と、呆然としたアルベルトが取り残された。



「リナリア…今の聞いてた…?」

「う、うん…」

「あの、ごめん隠してた訳じゃないんだけど、僕、本当はアラン兄様とのこと気づい」

「私ね、今日『翡翠の幸福』を見てきたの。あの脚本って…アルベルトが書いたって本当?」


 私はアルベルトの言葉を遮って、話した。

 たぶん、何が間違っていたか分かったと思うから。


「…ああ。見てくれたんだね。そうだよ、リナリアに気持ちを伝えたくて、僕が書いたんだ。

 そしたら運よく舞台にしてくれて。

 あれが、僕の素直な本当の気持ち。

 でも、本当はあの男のように君のために身を引くべきだって分かってるのに、僕自身はそれができなくて…ごめん」


「ねえ、アルベルト。さっきアラン様も言ってたけれど、私とアラン様は何でもない。ただ、ダンスを習っていただけ。

 私が好きなのは、アルベルト、あなただけよ…」


「ええ…?ほ、本当に…っ!?」


「何故驚くの?私、これまでかなりあなたにそう言ってきた気がするのだけど…」

「言ってないよ…今まで一度も。そんな…本当に?」


 言っていなかっただろうか?

 いや、確かに「好きだ」とは言っていなかった気がする。

 いつも天使だとか神々しいとか召されないでとかは言っていたけれど、好きとは言ってなかった。

 まじか。

 自分で自分にびっくりする。

 いやでもそれより、まずは…


「アルベルト、さっき言ってたこと、本当?

 私のこと愛してるって…」

「本当だよ!こんな僕に言われても嫌だろうと思って言ってなかったけれど、僕は、初めて会ったその時から…っリナリアのことが好きなんだ!」

「でも…でも、あの薔薇の花束は?なんで13本だったの!?13本の薔薇の花言葉を選んだんじゃないの!?」

「薔薇って、本数で花言葉が違うの…?」

「え…知らなかった…?」

「うん…ごめん。僕そういうの本当に疎くて…嫌な意味だった?」


 そこで、13本の薔薇の花言葉を伝えると、アルベルトはがっくりと項垂れてしまった。

 このまま落ち込んで地面に埋まりそうな勢いだ。


「ねえアルベルト。

 私も…初めて会った時から、ずっとアルベルトのことが好き。

 アルベルトが他の人のことを好きなんだと思ってた時も、ずっと変わらずに好きだった」

「本当に…?本当にそうなの?」

「こんなこと、嘘なら言わないよ」

「そんな…夢みたいだ…」

「私も同じ気分…」


「僕たち、びっくりするくらいすれ違っていたんだね」

「本当ね」


 そして2人で顔を見合わせて笑った。

 すると今までどこにいたのか、ジャックがすたすたとやってきて、アルベルトの足に尻尾を巻きつけて擦り寄ってきた。

 アルベルトはジャックを持ち上げて、ジャックの顔を見ながら言った。


「ジャック、ありがとう。いつも相談に乗ってくれて。

 僕たち、すれ違っていただけみたい」


 するとジャックはなーんと鳴いた。

 まるで「やっとかお前たち。遅い」と言っているようだった。

 そんなジャックを見て、私とアルベルトはまた顔を見合わせ、笑った。


 たくさん遠回りしてしまったけれど、私たちはもう大丈夫。

 お互いの気持ちを、きちんと言葉で伝えることができたから。


 その時私たちは思っていた。

 このまま、何の問題も起きないだろうと。

今日は12時、19時にも上げますー。

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