13 天使の詠む詩
メリークリスマスイブ!
アルベルトが薔薇の花束を持ってきた、2日後。
一度喜んだだけに落胆も大きくて、しょんぼりとしながら学園に登校した。
私の気持ちを表したように、どんよりとした曇り空だった。
今にも雨が降ってきそう。
なんだかあまり寝られなくて、いつもよりもだいぶ早く着いてしまった。
1人教室の自席に座ると、セシリアが入ってきた。
セシリアはいつも早く来て、勉強をしているのだ。
偉すぎる。
「リナリア!ずいぶん早いわね!もう体調はいいの?
あなたが体調不良だなんて言うから、雪でも降るのかと心配したじゃない!」
「それ、ただ天候を心配しただけじゃないの?」
「そうとも言うわね」
淑女科では、セシリアは私の後ろの席だ。
セシリアも自席に座る。
「冗談はさておき、どうかしたの?リナリア。
またスタンフォード様絡み?」
「うん…先週アルベルトの今の恋人さんに呼び出されてアルベルトに婚約破棄をお願いしたら一昨日アルベルトが薔薇の花束を持ってきてでもその本数が」
「ちょ、ちょっと待って!情報過多!詳しく話しなさい!」
そして、私は昨日までのあらゆることを話した。
「なるほどね。ずいぶん前からスタンフォード様と微妙な感じだったのはそういう訳。
リナリア、あなたそう言うことはちゃんと相談しなさいよ」
「え…?言ってなかった?」
「言ってないわよ!てっきりスタンフォード様が生徒会で忙しくて会えないから凹んでるのかと思ってたわ。
それに私、別にスタンフォード様は浮気なんてしてないと思うわ」
「え!?セシリアだって見たでしょ!キャス子(仮)先輩やシル美(仮)先輩とアルベルトが一緒にいる所!」
私は驚き過ぎてバンッと机に手を突き、立ち上がる。
淑女として失格だとセシリアに腕を叩かれた。
しょぼんと再度、席に座る。
「確かに見たけれど、正直そういう雰囲気は全く感じなかったわ。
それにそんなに女性関係が派手なら噂の一つも流れて来そうだけれど、全然そんな噂聞かないじゃない」
「でも、一昨年くらいからモテ女信号キーズとよく一緒にいるって噂が…」
「モテ女信号キーズって何よ。あなた本当にネーミングセンスが隠居してるわね。
確かにあったけど、それも普通に友人らしいという噂よ?組み合わせが珍しいから騒がれたけれどね。リナリア、噂はちゃんと全て拾いなさい」
「で、でも…じゃああのキャンベルさんは…?」
「確かに、その御令嬢のことは確認が必要ね。でもあのスタンフォード様よ?きっと何かの間違いだと思うわ」
「そう、かな…。そうだといいんだけど…」
「とにかく、スタンフォード様はリナリアのことが大切だし、婚約を続けたいと言っていたのでしょう?
薔薇の本数だって意味がないかもしれないわ。きちんとスタンフォード様と話すことね」
セシリアがそう言ったところで、まばらだった教室に、クラスメイトたちが何人か入って来て、人数が増えた。
もうみんな登校してくる時間だ。
これ以上話していると聞こえてしまうだろう。
一旦会話をやめ、今日の授業のことを考える。
アルベルトのことで頭がいっぱいで、授業のことを何も考えていなかった。
確か今日の一限目は…詩の授業だ。
詩は淑女の教養としてとても大事なものだ。
私はよく「1周回って前衛的」「2周回ると子どもの日記」と言われるので、あまり好きではない。
何故淑女科には料理の授業がないのだろう。
こんな私なので、クラスのみんなにはすっかりポンコツ具合はバレているのだけれど、意外にもみんな優しい。
馬鹿にしてくるような人もいなくて、え…この国の国民善良過ぎない…?え…逆に大丈夫…?となる。
セシリアには「人は自分とレベルが異なりすぎるものには、悪感情を抱かないものよ」と何か真理めいたことを言われた。
詩の授業は、その日のテーマに合わせて作った詩を、みんなの前で吟じて発表しなければならない。
感情を込めた読み方も重要だ。
私の詩を馬鹿にするような人はいないのだけど、何だか孫の発表を見守る祖母たちの集まりみたいな顔をされるので、やっぱり嫌だ。
朝から憂鬱だな…ただでさえ心が落ち込んでいるのに…。
そんなことを鬱々と考えていると、教室にダントン先生がやってきた。
ダントン先生は黒い髪をキュッと引っ詰めたお団子と、キリッとした黒縁眼鏡がトレードマークの、厳しいベテラン先生だ。
まあ、私に対しては「シーブルックさん、きちんと皆さんの前に立って吟じられましたね。もう大丈夫よ。転ばないように戻りなさい」と完全に幼い子ども扱いなので怒られたことがないけれど。
そのダントン先生が、何だかいつもと違う様子で教壇に立った。
「おはようございます皆さん。
今日の詩の授業ですが、何と特別ゲストが来てくださっています」
先生がそう言うと、クラスが騒つく。
特別ゲスト?誰だろう…。
有名な吟遊詩人とか?
「領主科のアルベルト・スタンフォードさんです。どうぞ、いらして下さい」
「ええ!?」
クラスが騒然となる。
私は開いた口が塞がらない。
「ご紹介に預かりました、領主科のアルベルト・スタンフォードです。よろしくお願いします」
「スタンフォードさんは、かつて王妃殿下の誕生日に詩を贈られたことがあるのです。
その詩を王妃殿下が大層気に入られ、金貨に印字されたほどの腕前なのですよ。
皆様も金貨に書かれた詩はご存知でしょう?」
まじか。
あの「本当の豊かさは〜みんなそれぞれ〜」的な詩はアルベルトが作ったのか。
全然知らなかった。
そう言えば幼い頃、金貨のデザインが変わるだなんだってお母様が話していた。
…って言うことはアルベルトも幼い子どもだったんじゃないの?
「今日はそんなスタンフォード様が自ら志願してくださり、お手本として詩を披露してくださることになりました」
「最近はあまり作っていなかったので不安ですが、精一杯心を込めて吟じますので、よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
ダントン先生は教壇から降り、アルベルト一人で壇上に立つ。
アルベルトがすぅっと息を吸い込んで、その口から美しい調べが流れ始めた、途端。
どんよりとした曇り空の隙間から光が差し込んで上手いことアルベルトだけを照らし、何故か開いていた窓から、これまた何故か白い鳩が数羽教室に迷い込んできたではないか。
美しい調べを詠むアルベルトの周りに鳩が舞い、そこだけ光り輝いている。
天使。
まさに天使。
天使が天上から舞い降りた図にしか見えなかった。
え?何これ。
私が困惑する中、アルベルトの詩吟がすぅっと終わった。
終わった途端に鳩たちは窓から出ていったし、空は曇り空に戻った。
教室は静寂に包まれている。
みんなも困惑しているのかと私が周りを見渡すと、皆、拍手も忘れて感動に打ち震えているではないか。
え?何これ。
ダントン先生など「そうよね…。気持ちを伝えなければ伝わらないもの…。愛より大事なものなどこの世に存在しないわ…!」と何やらぶつぶつ言った後、引っ詰めていた髪を解いて「ダン!!私あなたのことを愛しているわ!今あなたのところへ!!」と叫びながら教室を飛び出て行ってしまった。
え?何これ。
一体この教室を誰が収拾を付けるのか。
救いを求めてセシリアを見たけれど、セシリアは滝のような涙を流していた。
「滝のような」って形容詞は、涙にも使えるのね。
知らなかった。
「リナリア…!前言撤回するわ!スタンフォード様はリナリアを愛してる!間違いない!!あの愛情の深さ!!あなたも感じたでしょう!?」
肩を掴んでガクガク揺さぶられる。
私は視界がチカチカしていて、近くにアルベルトがいることに気付かなかった。
「えっと、ちょっと難しい言葉が多くてよく分からなかったんだけど、そうなの…?」
だって「彼の泉に咲く花を震わすは誰が唄ぞ」とかよく分からない。
泉に咲く花ってなに?
よく出て来た「しぼ」って言葉も分からない。
脂肪?志望?まさか死亡?
「リナリア」
「ひゃあ!!」
まさかすぐ近くにアルベルトがいると思わず、私の心臓はドッドッと早鐘を打った。
びっくりした。
「ごめんね。
リナリアに伝えたくて本気を出して頑張ってみたんだけど、やっぱり僕の詩じゃ響かないかな…」
「スタンフォード様!!悪いのはリナリアですわ!!
こんなに美しく切ない詩は、私人生で初めて聞きました!!」
セシリアが食い気味に訴えている。
私だって分かっている。
この状況でアルベルトの詩が分からない私がおかしいのだ。
「ごめん、アルベルト…。私、馬鹿で…」
「リナリアが馬鹿だなんてことあるものか!リナリアに伝わらない詩しか作れない僕が悪いんだ。
リナリア、今度こそ君に僕の気持ちをしっかり伝えるよ!待っててね!」
いつかアラン様から聞いたバビュンッという人間が発すると思えない効果音を立てて、アルベルトは教室から出て行った。
本当に、セシリアの言うとおり、アルベルトは私のことを思ってくれているのかしら。
でも、あの薔薇の本数は…?
意味がないの?
私は分からなくなってしまった。
感動に打ち震えるクラスメイトたちが死屍累々と横たわる教室で、私は立ち尽くしていた。
「彼の泉に咲く花を震わすは誰が唄ぞ」は、『彼女の中にある恋心を揺さぶるのは一体誰なんだろう』的な意味でした。
「しぼ」はもちろん脂肪でなく思慕です。
今日は19時にもう1話アップします。