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アルベルト4−2

 第3学年になり、生徒会の役員になったのはいいけれど、リナリアと顔を合わせる時間がとても減ってしまった。

 引いてみる作戦のせいで、クラスでも不用意に話しかけられない。

 そろそろもう引かなくてもいいのではないか?と思い、残された唯一のプロであるウェザーズ先輩に意見を求めたら「うーん少しずつ話しかけてみたらー?マリアよく分かんないけどー」と言われたので、意気揚々とリナリアの教室に行った。

 その日の放課後、一緒に帰れないかと思って。

 教室の前に行くと、リナリアがシプリー嬢と話しながら出てくるのが見えた。


「今日もアラン様は付き合ってくださるの?本当にアラン様って面倒見が良いのね。素晴らしいわ。

 リナリア、あなた他の女性たちに知られたら恐ろしいわよ」

「いやもう本当、本当にアラン様には頭が上がらないわ。騎士団の仕事も始めたばかりで大変なのに…」


 僕はその会話を聞いて、固まってしまった。

 アラン兄様とリナリアはそんなに会っているのか?

 全く知らなかった。

 そういえば、アラン兄様は休務日ごとにどこかに出掛けているようだった。

 友人の多い兄様のことだから、人付き合いも多いのだろうと思っていたけれど…まさかリナリアに会っていたなんて。

 2人で何をしているのだろう?何を話しているのだろう?

 少しは、僕のことを気にかけてくれていると思っていたのに。


 僕はそのまま踵を返した。

 とても、リナリアと一緒に帰る気分ではなくなってしまった。

 後日そのことを話したウェザーズ先輩には「え、ヘタレすぎる。なに、見た目詐欺?」と言われた。



 そして、第4学年になった。

 クラスが分かれ、いよいよリナリアと顔を合わせる機会が少なくなってしまった。

 それなら休憩時間や昼休みに会いに行けばいいのだけれど、リナリアに邪魔だと思われたらどうしようとか、リナリアは優しいから僕を見るとアラン兄様との間で気持ちが揺れて辛いのではないかとか、色々考えてしまい、いつも一歩が踏み出せないでいる。


 どうやら、リナリアとアラン兄様は順調にその仲を深めているようだ。

 一度アラン兄様がコンサバトリーでジャックと戯れながら、クッキーを食べていた。

 そのクッキーに見覚えがあった僕は、思わず兄様に声を掛けてしまった。


「アラン兄様…そのクッキーは…?」

「ああ、これか。これはリナリア嬢に…っておっと。いやーなんていうかこれはー…

 あ!アルベルト明日楽しみにしておけよ!きっといい事があるぞ!」


 そう言って太陽のように笑った。

 なんの衒いもなく、いつも通りの笑顔で。


 するとどこに居たのかアレク兄様がやってきて「アラン。あなた誤魔化し方が下手すぎます。アルベルトが完全に誤解しているじゃないですか」「えぇ!?すごく上手く話を切り替えたと思ったのに!」「どこがですか!ほら、アルベルトはもう全く私たちの話が聞こえてないですよ!アルベルト〜アルベルト〜?」と何やら騒いでいたけれど、全て僕の耳を素通りしていった。


 やっぱり。

 あのクッキーはリナリアの作ったものだ。

 アイシングのデザインに見覚えがある。

 あの繊細で美しい花の模様、鮮やかなペールカラー。

 あれは、リナリアがよく描くものだ。

 まるで芸術品かのような美しいクッキーが、目に焼き付いて離れなかった。




 翌日、生徒会室で鬱々と仕事をしていると、リナリアがやってきた。

 僕たちに差し入れだという。

 リナリアが下げた籠の中から出てきたのは、あの芸術品のようなアイシングクッキーだった。

 僕は暗澹たる気持ちになった。

 アラン兄様のついでだということが、分かってしまったから。

 僕は軽く微笑んで、ありがとうと伝えた。

 けれど、そのクッキーを口にすることは、どうしてもできなかった。

 あんなに好きなものだったのに。

 でも良かった。普段ならにやける顔を必死に隠すのに、そんな無理をしなくて良さそうだ。

 気を抜くと涙が出てしまいそうだったけれど。



 その後も何回か、リナリアは差し入れを持ってきてくれた。

 その中には、僕の好物のタルトタタンもあった。

 アラン兄様は焼いた果物が乗った菓子は好まない。

 ということは、これはアラン兄様のために作ったものではない。

 僕はそのことが嬉しくて、リナリアの差し入れを喜んで食べた。

 思わずリナリアの顔を見たくなったけれど、必死に違う方を見ながら。

 クリス殿下の方を見ながら食べていたら、自分の手の中の菓子と僕の顔を見比べて「やらないぞ」と言われた。

 そこまで食い意地は張っていないつもりだ。


 そうして過ごしていると、段々とあのアイシングクッキーを食べなかったことを後悔してきた。

 意地を張らずに食べれば良かった。

 もう一度、あれが食べたいな…。





「アルベルト様?どうなさいましたの?」


 声をかけて来たのは、2学年下のハンナ・キャンベル伯爵令嬢だ。

 一度廊下で彼女が落としたハンカチを拾ってから、その真っ直ぐな髪が気になって、もう癖でその秘訣を聞いてしまった。

 そこから、彼女はよく声を掛けてくるようになった。

 僕はよく女性に声を掛けられるけれど、しばらく話しているとみんな去っていく。

 僕の話がつまらないのだろう。

 どうしても話しているといつの間にかリナリアの話になってしまうのだけど、僕の話し方が悪いせいだろう。

 リナリアのことがつまらない訳ないからね。

 彼女はそんな中でも、根気よく付き合ってくれる。有難いことだ。

 ただどうにも会話がずれているような気がして、こんな僕が烏滸がましいけれど、あまり話していて楽しくない。

「リナリアは刺繍も上手なんだ」と言えば、「ふふふ、“あの”刺繍ですか?面白いことをおっしゃること。アルベルト様はユーモアもあられるのね」と言った具合に、何となく嫌な感じがする。

 だから普段は失礼にならない程度に話を切り上げているのだけれど、その時の僕はリナリアのことで頭がいっぱいで、彼女のことが目に入っていなかった。


「物憂げなアルベルト様も素敵ですわ。わたくしでよければ、その気持ちをお話しください。

 話せば気持ちも軽くなりますわ」

「アイシング…ペールカラーの花…」

「え!?“愛してるから、ハンナ”!!!?」


 物思いに耽っていた僕は、その大声でやっとキャンベル嬢の存在に気付いた。


「ああ、キャンベル嬢、いたのか」

「アルベルト様!!今のは本当のことですの!?」

「え?ああ、そうだね。意地を張ったりせずに、食べておけば良かったと思って」

「た、たべて…っ!!?」


 何故か顔を真っ赤にさせているキャンベル嬢を訝しがりつつ、僕は続けた。


「本当はすごく美味しそうだと思っていたのに、どういう訳か、リナリアの目が気になって手が出せなかったんだ。

 彼女はそれを手にした僕を、どういう風に思うのだろうと気になって…。

 可愛くて、滑らかで、とても美しい花だったのに。

 他の人に全て食べられてしまうくらいなら、僕が先に食べて仕舞えば良かった」


 そこで僕は、また思考の海に沈んでしまった。

 だから気が付かなかった。


「アルベルト様がそんなに情熱的な方だとは存じ上げませんでしたわ…。

 分かりました。わたくし頑張ります!

 大丈夫です。わたくしの婚約の話はまだ仮の話ですのよ!

 2人の気持ちさえあれば、何の障害もありませんわ!

 そのためにはまず領地に帰って両親を説得して参ります!

 待っててくださいませ!!」


 そう言って、キャンベル嬢が去っていくのを。

19時にもアップします。

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