12 薔薇の花束とあなた
12時にもアップしています!
そちらをご覧になっていない方は、前話からお読みください。
一晩中泣いた。
次の日は土曜日だったから、顔がどうなろうと気にせず泣いた。
セシリアからは「料理と健康だけが取り柄のリナリアがどうしたの?」と心配しているんだか貶しているんだか分からない手紙をもらった。
後で事情を話したナンシーも「浮気者のために流す涙が勿体無い。せっかく日々私が磨き上げているお嬢様の顔が水の泡なのでやめてください」とたぶん後半が本題の慰めをもらった。
みんな失礼だけど優しい。失礼だけど。
きっと週明けにもアルベルトとの婚約破棄の話がお母様からあるだろう。
お父様はまた船に乗って色々な国に行っているから、家にいない。
でもそれで良かったのかもしれない。
お父様がこの話を聞いたら、婚約破棄より先にスタンフォード家に棍棒で殴り込みにいきそうだ。
私は、まるで憑物が落ちたようにすっきりした。
諦められないから、辛いのだ。
頑張っても手に入らないから、悲しいのだ。
全て諦めて、手離してしまえば、悲しみもない。
昼近くまでベッドでゆっくりした私は、晴れやかな気持ちでドレスに着替えた。
暑さはだいぶ和らいで、季節は秋の入り口。
少し気が早いけれど、今日はお気に入りのベロアのドレスを出そう。
形が子どもっぽいけれど、秋らしいモーブピンクが気に入っている。
これまではアルベルトに合わせて大人っぽくしようと意識していたから、あまり着なかった。
でも、もう関係ない。
私の好きなようにしよう。
そうしてナンシーに着替えさせてもらって、髪をゆるくハーフアップにする。
これも今まではあまりしなかった髪型だ。
私のこの癖っ毛が目立つから。
でもナンシーにまとめて貰うと、それすらデザインの一つにしてくれる。
別にいいんだ。こんな癖っ毛だって。
アルベルトの好みなんて、もう関係ないもの。
支度が大体整ったところで、家令のアンソニーが私にお客様が来ているという。
しかし不思議なことに誰か教えてくれない。
セシリアかな?それともアラン様?
首を傾げながら、お客様が待つというサロンに向かう。
そしてサロンの扉を開けるとそこには、薔薇の花束を抱えたアルベルトが居た。
ガチャンとそのまま扉を閉めた。
今のは何?幻?
恐る恐るもう一度扉を開けると、やはりアルベルトが居た。
そしてやはり赤い薔薇の花束を抱えている。
え、びっくりするくらい薔薇が似合うんですけど。
とんでもない美男子に薔薇って何?美術品か何か?
いや、現実逃避は止めよう。
「アルベルト…何故ここに?」
「リナリア。僕は間違っていることに気付いたんだ」
「え?」
アルベルトは悲痛な顔を浮かべ目線を下げていたけれど、何かを決意するように視線を上げ、私の目を見つめた。
「僕は、一度だって君以外の人の隣に居ることを望んだことはない。
彼女たちは本当にただの友人…というより相談相手なんだ。
本当は、僕に言われてもリナリアが困るだけだろうと言葉にはしなかったけれど、僕はリナリアのことが…っ大切なんだ。
どうか婚約破棄するなんて言わないで。
君だけが大事なんだ」
そこで、アルベルトは跪いた。
「こんなこと僕にされても嫌かもしれないけれど。
どうか僕の気持ちを受け取ってください。
君の信頼が得られるように、もっと、もっと頑張るから」
そしてアルベルトは縋るような表情で、私に薔薇の花束を差し出した。
これは何だろう?都合の良い夢?
もしかして全て勘違いだった?
でもじゃあ何で急に素っ気なくなったのだろう?
色んな気持ちが入り乱れて、私は何も考えられなくなった。
けれど、アルベルトのこんな顔は、今まで一度も見たことがない。
きっと、嘘は吐いていない。
だから、花束を受け取った。
「ありがとう。リナリア…」
「う、うん…」
「これからは人の意見でなく、自分の伝えたいことをそのまま伝えるようにする。
もしかしたら自己満足かもしれない。
でも、僕の本当の気持ちだ。
リナリアにたとえ嫌われたとしても、僕の気持ちを勘違いされているのは嫌なんだ。
いや、嫌われたくないけれど。絶対嫌だけど…。
怯えていたら、きっと伝わらないから」
「アルベルト…」
私は思わず、胸が詰まって涙が溢れそうだった。
それを必死に押し留めて、こたえた。
「私も、私もちゃんと私の気持ちはちゃんと伝えるようにする!」
「えっ!それはちょっと心の準備が…」
「え?」
「と、とにかく今日は僕の気持ちを伝えたくて来たんだ。
急にごめん。迷惑だったよね。
でもどうか、これからの僕を見ていて」
そしてアルベルトは、花束を受け取ってくれてありがとう、と言って去っていった。
これは夢だろうか。
でもきちんと腕の中には薔薇の花束がある。
夢じゃない…!
そしてふと思い出す。
薔薇の花束には本数ごとに花言葉があるという。
アルベルトは博識だし、きっと考えて本数を選んだに違いない。
はっとして、すぐに数える。
13本だ。
「ナンシー!13本の薔薇の花言葉って何!?」
「“永遠の友情”ですね」
「え?」
「だから“永遠の友情”です」
「友情?」
「友情」
……思い返してみよう。
アルベルトは私に好きだと言ったか?
答えは否だ。
大切だとは言ってくれた。
しかし好きだとは言われていない。
それに「僕の気持ちを受け取って」?
え、つまり君は大切な友人だから失いたくないよ、婚約が破棄されたら縁もなくなるし寂しいな、ということ!?
そうなの!?
さも愛の告白のようだったのに!!?
そしてそんな私の頭には、キャンベルさんの言葉が思い浮かんだ。
『わたくしのことを愛しているとおっしゃって下さいましたわ』
そうだ。
彼女はそう言っていた。
アルベルトは、きっとキャンベルさんへの愛情より、私との友情を取ってくれたということなのだろう。
何だ。期待して損した。
本当に…期待なんてしなければ良かった。
一度気分が最高潮に上がったため、一気にどん底まで反動をつけて下がっていった。
きっと来週アルベルトは私の元に訪れてくれるのだろう。
その時、私はどう接すればいいのだろうか…。
そんな風に悩んでいた私はまだ知らない。
アルベルトの本気は、想像を絶する凄さであることを。
やっとあらすじの部分に来ました!
なので、作品タイトルを修正して副題をつけました。
次からアルベルト視点です。
明日も7時、12時、19時にあげる予定です。