10 3年後の呼び出し
ダンスレッスンの日を少し変更しました。
私がダンスパーティーから帰った後、アルベルトもすぐに帰ったと聞いた。
それも、男性関係が派手だと噂のチェスター公爵令嬢と。
私ですら彼女の名前は知っている。
数多の男性を虜にし、ちぎっては投げちぎっては投げしたという超有名人だ。
聞くところによると2人きりではなかったらしいけれど、個室サロンで何時間も話し込んでいたらしい。
そこからだ。
アルベルトが素っ気なくなったのは。
もちろん何か嫌なことを言われるとか、婚約破棄を匂わせる事を言われた訳ではない。
そんなこと天使のアルベルトはしない。
けれど、これまでは友人としての親愛なら持ってくれているのだろうな、と思っていたのに、それもあまり感じなくなってしまった。
そして、アルベルトの女性関係の噂は、絶えなかった。
シル美(仮)先輩はどうやらどこか専門の学校に入るようで、その年の夏には卒業してしまった。
代わりにアルベルトの浮気相手になったのは、チェスター公爵令嬢と、その友だちの青味がかった黒髪と金髪(略)の先輩だ。
4人で一緒のこともあれば、それぞれと2人の時もあったらしい。
どの人も、私よりずっと大人っぽくて、そして貴族の娘として優秀だ。
恋愛関係の噂は多い人たちだが、決定的な噂は聞いたことがない。
実に上手い塩梅で、モテる女とは正にこれぞ、という人たちなのだ。
そして何より、皆見事なストレートヘア。
アルベルトの好みは、そういう事なのだろう。
そうして、3年が経った。
第3学年になると、アルベルトは生徒会役員になってそれまで以上に忙しくなってしまった。
しかも第4学年になると学科が分かれ、私は淑女科、アルベルトは領主科に進んだ。
つまりクラスまで分かれてしまったのだ。
第3学年まではクラスが同じだったから、顔を合わせる機会は毎日あったのに、第4学年からはそれすらなくなってしまった。
授業も全く違うので、たまに廊下ですれ違うことしかない。
何度か勇気を出して、生徒会室に手作りのお菓子を差し入れたこともある。
ストレス解消に、またアイシングクッキーを大量生産し、たまたま我が家に来たアラン様にもお裾分けしたら、生徒会への差し入れを提案されたのがきっかけだ。
アルベルトは表面上喜んでくれたけれど、以前のような天使の笑顔ではなかったし…そのクッキーは食べて貰えなかった。
その後も負けじと何回か差し入れをして、それ以降は食べてくれたけれど、何故か不自然なくらい視線が合わない。
私のことなんて視界にも入れたくないということかな…。
私も、それなりに忙しくしている。
淑女科に進んで、いよいよ私のポンコツさが隠せなくなってきた。
けれど、刺繍は10年近く猫しか練習していないだけあって、猫の刺繍だけはそれなりに出来るようになった。
だから大の猫好きであることを前面に押し出し、題材が鳥だろうと花だろうと「鳥のように跳躍する猫」「花のように麗しい猫」と勝手に変えて提出している。
最初は酷く注意されていたけれど、段々と「シーブルックさんの猫は味があってとても良い」と先生を洗脳することに成功した。
ダンスも頑張っている。
アラン様の休みの日ごとに我が家に来てレッスンしてもらっている。
クッキーをお裾分けしたのもその時だ。
そのおかげでレパートリーも増えて、7曲くらいは踊れるようになった。
ちなみにアラン様は卒業して騎士団に入った。
2年実戦を積んだ後、卒業と同時に立太子した第一王子殿下改め王太子殿下の近衛として侍ることになっている。
だから忙しいはずなのに、有難いことだ。
アラン様には一生頭が上がらない。
しかしせっかくダンスを習得したのに、最初のアルベルトと参加したダンスパーティー以外はずっと壁の花だ。
アルベルトは生徒会役員のため当日は運営側だし、私を誘ってくれる人は他にいないから。
ううう、寂しい。
そして、第5学年。
アルベルトは生徒会の会長になった。
昨年までは第二王子殿下が会長を務められていたのだけれど、今年は最高学年なので役員を退任し、アルベルトを会長に指名したのだ。
会長職は会長自ら次期会長を指名して決めるらしい。
会長になったアルベルトは本当に忙しそうで、もはや浮気相手の先輩たちともあまり会っていないようだ。
当然、私とも会えていないのだけれど。
そして、恐れている時が来てしまった。
「ご機嫌よう。急に呼び出して申し訳ありません。
わたくしハンナ・キャンベルと申しますわ。
“あの”キャンベル辺境伯の長女ですの」
校舎裏への呼び出し。
よく先輩が気に入らない後輩を呼び出したり、告白のために呼び出したりするあれだ。
しかしまさか告白ではないだろうし、彼女はたぶん先輩ではない。
彼女は最近よくアルベルトの周りで見かける令嬢で、確か私たちより2つ下の学年。
アルベルトの、新しい浮気相手なのだろうか?
しかし、まさか彼女がキャンベル辺境伯の令嬢だとは知らなかった。
私だってその名前は知っている。
なんかこう、北?を守っている?……とにかくすごい貴族だ。
ーーリナリアの代わりに解説しよう。
キャンベル辺境伯は、このハラルディ王国の最北に領
地を持っている。
そしてハラルディ王国の北側には、歴史上何度も戦争
を繰り返しているガバディ王国がある。
現在は建前上和平協定を結んでおり、ここ数十年は争
いがない。
が、その立役者となったのが歴代のキャンベル辺境伯
である。
膨大な軍事力を有し、その力は他の辺境伯家を遥かに
圧倒する。
当然王国内での発言力も強く、実質貴族のトップであ
るスタンフォード侯爵家に爪先立ちをすれば肩を並べる
と言われる程だ。
ちなみにチェスター公爵家は二代前の王弟が臣下に降
りた際に起った家であり、アナベルが隣国に嫁ぐことを
もって、当代当主限りで爵位を返上する予定となってい
る。
この王国に他の公爵家は存在しない。
「わたくし、聞きましたのよ。
あなた、第5学年にもなって、とても残念な成績なんだとか。
あなたのような方がアルベルト様の婚約者なんて、大きな間違いだわ。
アルベルト様はわたくしのことをとても気に入ってくださって、この真っ直ぐな黒髪にとても興味がおありなのよ。
それにね、わたくしのことを、愛しているとおっしゃって下さいましたの。
あなたの目が気になって今まで言えなかったのですって。
でもついに先日、そのお心を聞くことができましたの。
つまり、あなたはただの邪魔者。
アルベルト様も迷惑なさっているわ。
アルベルト様は優しいから言えないでしょうから、あなたから婚約を解消してくださる?」
私は頭が真っ白になった。
それまでは、決定的なことは何もなかった。
だから、自分に甘い私はまだどこかで、何かの間違いじゃないかと思っていたのだ。
けれど、その希望も打ち砕かれてしまった。
ああ。
もうだめだ。
やっぱり、私じゃだめだったんだ。
キャンベルさんは、美しいカーテシーをして去って行った。
私は、ただ立ち尽くしたままそれを眺めていたのだった。
すみません!
19時にあげると予告していましたが、話のキリが悪いので次話は12時にあげます!