アルベルト3
一部改行がおかしかったので修正しました。
「いない…」
カーネル先輩と踊り戻ったら、リナリアが会場にいなかった。
(さすがはスタンフォード様のダンス…惚れ惚れするな…)(一緒に踊っていただきたかったけれど…自信がなくなったわ…)(今一緒に踊っていた方、感動で腰が抜けているわ…)(最初の子と踊った時はそこまで思わなかったけどな?)
なんだか周りが騒がしいけれど、僕の耳には何も入らない。
僕を介してアラン兄様に近付きたいのか、女性が集まってきて上手く動けない中、首を伸ばしリナリアを探した。
すると、入り口からアラン兄様が会場に入ってくるのが見えた。
僕は女性たちに断りを入れて、アラン兄様の元に急ぐ。
「兄様、リナリアはどうしたのですか?」
「ああ、体調が悪くなったらしくてな、もう帰ったよ。アルベルトに先に帰って申し訳ないと言っていた」
僕はショックを受けた。
そんな。
疲れてはいそうだったけれど、そこまで体調が悪かったとは。
リナリアの体調の変化に気付けないだなんて、僕の目は何の為に付いているのか!
その時、さっき聞いたリナリアとアラン兄様の会話を思い出す。
『アラン様に会えて良かった』
『ははは。こちらこそ』
もしかして、アラン兄様と少しでも2人きりになるための、嘘?
もしかして、もう2人は両思いなのではないだろうか。
パーティーの間中、リナリアはどこか上の空で、話しかけてもあまり反応を返してくれなかった。
本当は、僕となんて踊りたくなかったのではないだろうか。
だって、リナリアはあの時、確かに1つ嘘をついていた。
あの歩き方は、疲れてはいたけれど足は痛めていないと思う。
けれど、僕ともう一度は踊ってくれなかった。
一度くらいは婚約者の義理として踊って、もう一度は踊る気にならなかったのではないだろうか。
(もう…僕にはどうすることも出来ないのかな…)
僕はこれ以上は落ち込めないのではないかというくらいに落ち込んだ。
生徒会が万全に準備したはずの煌びやかな会場も、全て色褪せて見える。
そんな僕に、声を掛ける人がいた。
赤い髪をあえて結ばず、腰まで垂らしたストレートヘア。黒い瞳に、右眼の目元にホクロがあって、クリス殿下曰く「色香の権化」。
アナベル・チェスター公爵令嬢、3つ上の第5学年。
“色恋沙汰のプロ”のうちの1人だ。
「一度くらい味見されたいなぁ〜立場的に無理だけど〜」とクリス殿下がよく言っている。
これは神の思し召しに違いない!
「スタンフォード様。先程のダンスはお見事でしたわ。よろしければ私と…」
「僕もあなたとお話ししたいと思っていたのです!ぜひあちらに行きましょう!さあさあ!」
「えっちょっ、いきなり!?」
僕は意気込んで彼女の腕を引き、会場を後にした。
「で、その惚気はいつまで続きますの?」
「え?惚気?」
僕はそのままチェスター先輩と学園の個室サロンに向かった。
自分とでは何の噂にもならないだろうと思いながら、礼儀として扉を開けて学園付きのメイドを中に立たせる。
そして、ここ最近のリナリアとのことやアラン兄様のことなどを洗いざらいチェスター先輩に話してしまった。
経験豊富な女性から見て、今の状況はどうなのか、僕に勝ち目はあるのか、確認したかった。
リナリアを前にすると全く言えない感情が、するすると出てきて驚いた。
ジャック以外にこんなに自分の感情を曝け出すのは初めてかもしれない。
人に聞いてもらうと、こんなにもスッキリするものなのか。
けれど、惚気とは?
「ダンスパーティーを2人で抜け出すのですもの、これはそういう事だと思うでしょう!?
なのに貴方ときたらリナリアリナリアと!途中から馬鹿らしくなってただ貴方が何回リナリアと言うか数えていたわよ!35回!」
「いやぁ」
「照れないでくださる!?」
チェスター先輩は優雅ながらも自棄になったような素振りでぐいっと紅茶を飲むと、深い溜息を吐いた。
「で、貴方はその愛しい愛しい婚約者が、スタンフォード様のお兄様と恋仲なのではと疑っている訳ね。
で、私の見解を聞きたいと」
「はい、そうなんです!」
「なるほど。分かりましたわ。そうね…私の見解としては……黒ですわ!」
「や、やっぱり…!」
僕はがっくりと肩を落とした。
--ここでこのアナベル・チェスター公爵令嬢について
補足しよう。
彼女は色気溢れる見た目から周りから色恋沙汰に長
けていると思われがちであるが、事実は全く異なる。
恋愛ごとに関してはむしろ無知、ポンコツであると
言える。
婚約者が7歳年上の隣国の公爵子息で、この子息は
女性の噂が絶えない男であった。
そんな中、全く恋愛経験のない自分が子どものよう
で恥ずかしく、せっかくなら自分の噂通りに、浮いた
話の一つや二つ作ろうと決意してダンスパーティーに
臨んでいた。
年下ならば自分にも御することが出来るだろうと、
アルベルトに声をかけたのだった。
結果はただひたすらに紅茶を口にしながら、如何に
リナリアが素晴らしく可愛らしいかを45分、こんな自
分ではリナリアに相応しくなく、アランに惹かれるの
も無理はないが、どうにかして自分のことも見てもら
いたいと言うことをもう30分聞く羽目になった。
ご苦労様である。
「シーブルック様がそれ程に素晴らしい方ならば、ダンスで足を痛めたというのは嘘でしょう。
特にそんな素振りもなかったのでしょう?
ならば、きっと今シーブルック様の心は貴方にはなく、少しでもお兄様との時間を作ることを優先したのだと思いますわ」
「やはり…そう思われますか…」
「ええ…ですが、わたくしに案がありますわ!」
「え!?どんな!!」
「ズバリ!押してダメなら引いてみる作戦ですわ!
あなたのその感じからすると、これまで余程シーブルック様にアプローチなさっていたのではなくて?
女性というものは、これまで自分のことが好きだったはずの男が急に自分に興味を示さなくなると気になるものですわ。それで気を引くのです!」
ーーもう一度言おう。
このアナベル・チェスター公爵令嬢は恋愛ごとには
ポンコツであった。
しかし善良な人間でもあった。
彼女はいたく真剣である。
最近読んだ恋愛小説を参考に、自分なりに無い知恵
を絞り出しての結果であった。
僕は目から鱗が落ちる気持ちだった。
これまで直接的な好意を示してはいないが、リナリアに対して出来るだけよく見られようとしてきた。
今回はドレスも贈ったし、自分の気持ちはリナリアに伝わってしまっているだろう。
それで嫌がられていたのかもしれないが、確かに急にそれがなくなったら、少しは気になるかもしれない。
ーーそして残念なことに、アルベルトの感性にヒットし
てしまったのであった。
「ですがスタンフォード様。この話はあまり人に話してはいけませんわ。
決定的な不義理がなく貴方との婚約の継続を望んでいるのであれば、シーブルック様も葛藤していらっしゃるのかもしれませんわ。
それに貴族の娘として噂は命取り。…わたくしも身に染みて分かっていますの。
ですから、スタンフォード様が余程信用に値すると思われる方にしか、話してはなりませんわ。
わたくしも決して人には漏らしませんので、ご安心くださいませ」
「ありがどうございます。肝に銘じます」
僕は浅はかな自分を恥じた。
リナリアの心が誰にあったとしても、僕を見てくれないとしても、決してリナリアの不都合になることがあってはならない。
(リナリアの幸せを何よりも願うよ。でも…出来るなら僕もその幸せの一因になりたい…)
これからどうするか考えながら、僕は決意を固めた。
思いがけず時間が出来て執筆が進んでいるので、明日も朝7時と夜19時にアップします。
年内には完結する予定です。