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9 たった一度のダンスをあなたと

これから1話の長さをこれくらいにしたいと思います。

 ダンスパーティーの日。

 ナンシーに隅々まで磨いてもらって、アルベルトに贈ってもらったドレスを着た。

 珍しくナンシーが「お綺麗ですよ」なんて普通に褒めるから、逆に何か変なのかと疑ったけど、その後

「ですがそのドレスは頂けないですね、いやお似合いですけど、その色がまるでお嬢様がスタンフォード様に汚されたような気になりますよね。いやお似合いですよ。まるでお嬢様のことを熟知して熟考して考えられたかのようなドレスですけど、あの玉にはそん」

 と長々と始まってしまい、ナンシーの口に私特製アイシングクッキーを詰め込んだ。

 パーティーの前日は落ち着かなくて、うっかりダイニングの長テーブルが埋まるくらいクッキーを焼いてしまったのだ。

 これから毎日シーブルック家は当主からフットマンまで皆クッキー漬けの日々である。

 ちょうど、いつも船に乗っていて家を空けがちなお父様が帰ってきていて良かった。

 凶暴な熊のような(かんばせ)を緩めて、たくさん食べてくれる。

 お父様のお気に入りなのだ。


 花の模様をあしらったアイシングクッキーは、アルベルトも気に入っていた一品だ。

 自分でもなかなか綺麗にできていると思う。

 紙に書いた絵を見せると、ナンシーなんかはいつも「清々しいまでに原型がない」と言うけれど、何故か料理が絡むと格段に上達するのだ。

 アルベルトはよく、芸術品のように美しいと褒めてくれた。


 ああ。

 せっかくもやもやを発散するために焼いたのに、結局アルベルトのことばかりだ。


 ナンシーはもごもごとクッキーを咀嚼しながら、まだ文句を言っていたのでもう一枚詰めておいた。




 シーブルック家までアルベルトが馬車で迎えに来てくれた。

 久々に見た正装姿のアルベルトはとても格好良くて、ジャケットの胸ポケットに翠色のチーフが覗いている。

(もしかして、私の瞳の色…?)

 つい期待しそうになるけれど、慌てて頭からその考えを追い出す。

 期待してから落ち込むのは辛い。

 アルベルトは「綺麗だよ。今日はありがとう」と言って微笑んだ。

 その笑顔は、何だかいつもの天使スマイルよりもどことなく、本当にどことなく、切なそうな雰囲気だった。

 私は不思議に思ったけれど、もう一度顔を見たらいつもの笑顔に戻っていたから、見間違いだったのかもしれない。


 アルベルトのエスコートで会場に入り、緊張しながらその時を待つ。

 来年からアルベルトは生徒会の役員になってしまう為、第6学年になるまではダンスパーティーに参加できない。

 もしも…もしも婚約破棄なんてことになったら、第6学年では一緒にダンスをしないかもしれない。

 もしかしたら…今日が最初で最後のダンスになってしまうかもしれない。

 そう思うとあまりにも緊張してしまって、あまりアルベルトの話を聞いていなかった。

 いけない。

 せっかくアルベルトと一緒にいるのだから、楽しまないと。


 そして、ついにダンスの時間。

 見惚れるほど上手になれた訳ではないけれど、3年ぶりに一緒に踊るのだ。

 下手だとは思われたくない。

 曲が流れ、ゆっくりとステップを踏む。

 練習した裏技ステップを繰り出し、どうにか普通にダンスをしているように見えるようだ。

 遠くの方でセシリアがクラスメイトと踊りながら「いいぞ」とばかりに頷いている。

 そして、何とか踊りきることが出来た。


 感涙だ。

 感動のファンファーレが脳内に響き渡っている。

 全米とちょっと講師の先生が泣いた。

 腰は大丈夫かしら。


 しかしあまりに裏技ステップに集中し過ぎて、せっかくのアルベルトとのダンスを楽しむ余裕は全くなかった。

 私のダンスの技量では、仕方のないことだけれど。

 しかもこの裏技ステップ、信じられない所の筋力を使うので、ものすごく疲れる。

 私は緊張も相まって、もうヘロヘロだった。


「ア、アルベルト…ごめんなさい…私もう限界で…。向こうで休んできてもいいかしら」

「え、あ、うん。分かった。大丈夫?水を持ってこようか?」

「いいえ、大丈夫よ。アルベルトは…他の子とも踊ってきたら?みんな待ってるわよ」


 実際、たくさんの女の子がチラチラとこちらを見ていた。

 アルベルトと一緒に踊りたいのだろう。

 私はつりそうな足を引き摺って壁際へと行く。

 アルベルトも付いてきてくれようとしたけれど、大丈夫と制した。

 途端に女の子たちに囲まれていた。

 すごい人気だ。


 そんなアルベルトを遠くに眺めながら、壁際の休憩スペースで休む。

 自分で促しておきながら勝手に流れそうになる涙を我慢していたら、アラン様が果実水を持ってやってきた。


「リナリア嬢。やったじゃないか。どこからどう見てもちょっとダンスが得意じゃない女の子だったよ」

「わあ!嬉しい!やっとほぼ本人だわ!」

「それは少し自惚れすぎだなあ!」


 私はアラン様に再度お礼を言って、もらった果実水を一口飲んだ。


「そう言えば、アルベルトが俺とリナリア嬢が一緒に居るところを見たらしくて、何かあったか聞いてきたことがあったよ。

 本当のことを言えなかったから、上手く誤魔化しておいた」


 ーー全く上手くなかった。

   しかし本気でそう思っている。

   少々アランは感性がアレである。


「ありがとうございます。少し自信を持ってアルベルトと接することができそうです。

 あの時、アラン様に会えて良かった」

「ははは。こちらこそ。とても楽しかったよ」


 アラン様とそんな話をしていると、すぐ後ろからアルベルトが声を掛けてきた。

 女性たちの海から逃れてきたようだ。


「リナリア、どう?気分は良くなった?」

「ええ、もう大丈夫。ありがとうアルベルト」


 何だか普通に喋れている!

 私は嬉しくなってきた。


「良かった。このダンスパーティーは社交会と切り分けて考えられているから、同じ人と何度踊ってもおかしくない。

 僕たちは婚約者同士だし…あの、良かったら、もう一回踊らない?」


 私は心の中で唇を噛み締めた。

 せっかくアルベルトが誘ってくれたのに!

 でも、私にはそれは不可能な話だった。

 体は疲労困憊だし、そもそも先ほどの曲しか裏技ステップが使えない。

 私は、嘘をつくことにした。


「ごめんなさい、どうやら足を痛めてしまったようなの。

 申し訳ないのだけれど、ここで休んで見ているわ。どうか他の方と踊ってきて」


 どこか呆然としたようにも見えるアルベルトの所に、なんと例のシル美(仮)先輩がやってきて、声をかけた。

 シル美(仮)先輩は美しい銀髪を結い上げ、一房だけ顔の前に垂らしている。

 その艶やかで真っ直ぐなこと。

 そして私にもにこやかに挨拶をする。

 私も“たろいもスマイル”で対抗だ。

 何故だか寝不足を心配された。


 アラン様が「リナリア嬢はもう踊れないようだから、2人で踊って来たらどうだ」と促した。

 先程は感謝したけれど、一気に足を踏みつけてやりたくなった。

 そして、2人は踊ることにしたようだ。

 なんとなくアルベルトは気もそぞろなように見えるけれど、好きな人と踊るのだ。

 そんなはずはないだろう。


 踊り出した2人は、まるで絵画の中から飛び出してきたかのようにお似合いだ。

 美しい。


 やっぱり彼の隣は、私じゃない。

 そう再認識してしまった。


「帰ろう…」

「おお、元気がないな。体調不良か?なら帰った方がいい。馬車まで送ろう」


 流石はスタンフォード侯爵家だけあって、こういう時は紳士的なアラン様のエスコートで、会場を後にする。

 馬車の停車場に着くと、やはり船を漕いでいた御者のダンを力尽くで起こし、馬車の前でカーテシーをする。


「ありがとうございました。アルベルトに先に帰ってしまってごめんなさいと、お伝えください」

「ああ、しかと伝えるよ」


 馬車に乗り込み、走り出す。

 上向いた気持ちがあっという間に萎み、涙が溢れた。

夜19時にアルベルト視点をアップします。

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