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9:あみあみ新生活(3)

 その日の夜。

 フィロメーナは久しぶりに前世の夢を見ていた。


 ――前世のフィロメーナは、芽衣菜(めいな)という名前だった。今世の名前と少しだけ似ているところに、不思議な縁を感じる。


 芽衣菜は日本の、ある貧乏な家に生まれた。

 父と母、そして姉の四人家族。家族仲はそんなに良いわけでもなく、かといって最悪というほどでもない。まあ、普通の、よくある感じの家庭だった。


「おねえちゃんばっかり、あたらしいおようふく! ずるい!」

「そのうち、めいなにあげるんだから、いいの!」


 芽衣菜、四歳。姉のお下がりが嫌で、泣き(わめ)いていた時の記憶。

 三つ年上だった姉は、いつだって新しい服を買ってもらっていた。貧乏だったので、芽衣菜はめったに新しい服なんて買ってもらえなかったのに。


 ずるい。うらやましい。芽衣菜だって、新しいのが良い。


 新しい服といっても、そんなに高くはないものばかり。芽衣菜に回ってくる頃にはいつもボロボロになっていて、とてもみすぼらしかった。


「ほいくえんで、ふくがきたないって、わらわれたの! だから、あたらしいのがいい! あたらしいの、かって!」


 芽衣菜はそう言って泣いた。お友達が着ているみたいな綺麗な服を、一度で良いから着てみたかった。

 でも。


「ケンカしないの。ほら、お姉ちゃん、どれ買うの? 欲しい服、早く選んで。芽衣菜は我慢しなさい」


 たくさんの服が並ぶ店の中。母は姉の肩を持ち、芽衣菜は叱られた。芽衣菜は(にじ)む視界に、ぐっと拳を握る。唇を噛み、零れ続ける涙をその拳で(ぬぐ)った。


 いつも、いつも、芽衣菜は大事にしてもらえない。

 その日も結局、新しい洋服を買ってもらえたのは、姉だけだった。



 *



 目が覚めた。

 まだ芽衣菜だった時の感覚が抜けず、もやもやとする。


 大丈夫。もう、芽衣菜なんかじゃない。今は、フィロメーナ。家族に大切にしてもらえる、伯爵家の令嬢なのだから。


 頬に伝っていた涙を拭う。前世の夢を見て泣くなんて、少し情けなかった。


(どうして今頃、前世の夢なんて見てしまったのでしょう……)


 ぼんやりと寝ぼけた頭で考える。ふと、昨日王子様がレオンハルトに言っていた言葉が脳裏に(よみがえ)った。


(そういえば、『家族に見放された』と言っていましたね。……その言葉のせいで、前世を思い出してしまったのでしょうか……)


 フィロメーナはふるふると頭を振った。前世のことは、あまり深く思い出したくない。辛くて苦しい思いをするだけだ。


 ベッドを抜けて、カーテンを開ける。まだ夜は明けておらず、真っ暗な闇に小さな星が点々と瞬いていた。足元から上がってくる冷気に、ぶるりと身震いをしてしまう。

 妙にしんとした部屋。キーンと小さく耳鳴りの音がしている。


 フィロメーナは短く息を吐き、開けたばかりのカーテンをそっと閉めた。




 結局、それから眠ることはできなかった。

 寝不足でぼんやりする頭のまま、フィロメーナは朝の支度を済ませた。


「フィロメーナ様、おはようっす!」


 朝から陽気に声を掛けてきたのは、使用人のトビアスだ。朝食の準備のため、パタパタと走り回っている。


「おはようございます、トビアスさん。今日も元気ですね」

「はい! 元気が取り柄っすからね!」


 トビアスはくるりと一回転し、スープを掲げてポーズを決める。その楽しそうな姿に、フィロメーナも思わず笑みが零れてしまった。


「トビアス、真面目にやれ。無駄なポーズを決めるな。……フィロメーナ、おはよう」

「あ、おはようございます、レオンハルト様!」


 食堂に現れたレオンハルトに、フィロメーナとトビアスが揃って挨拶をする。そこに、焼きたてのパンを持って、使用人のソフィアが笑顔でやって来た。


「ほらほら、みんな席について! 朝ごはんにしましょ!」


 食卓にパンやサラダ、スープなどが並ぶ。おいしそうな匂いに、ごくりと喉が鳴った。


 レオンハルトが短い手足を必死に使って、椅子によじ登る。あみぐるみ用の特別な椅子だ。なんか、小さい子どもが使うやつに似ている。

 椅子にはりついているレオンハルトの背中は、とても可愛らしく見えた。フィロメーナはつい、微笑みながら見守ってしまう。


 こんなに可愛いレオンハルトを見放す家族なんて、本当に存在するのだろうか。

 でも、昨日見たように、あの怪物騎士みたいな反応がこの世界での普通だと言うなら、無理もないことにも思える。


「……フィロメーナ、どうした? 難しい顔をして」

「え? あ、何でもないです! ちょっと、ぼーっとしちゃいました」

「……そうか」


 一瞬、家族について聞いてみようかと思ったけれど、止めておいた。誰にだって、聞かれたくないことの一つや二つ、あるだろうから。


 使用人も一緒に同じ食卓を囲む。本当ならありえない光景だけど、ここにはマナーに(うるさ)い人はいない。身分もなにも関係なく楽しい食事をするのは、フィロメーナにとっても新鮮で、ワクワクすることだった。


 そんな楽しい朝食中、レオンハルトがこちらに視線を向けてきた。


「ところで、フィロメーナ。ひとつ、聞いても良いか?」

「はい、なんでしょう」

「なぜ、食事のたびに毎回こっちを凝視してくるんだ」

「えっ?」


 フィロメーナはどきりとする。確かに、食事のたびにレオンハルトに熱い視線を送ってしまっていたから。


 だって、あみぐるみが食事をするところなんて、気になって当然だ。どんな風に食べるんだろうとしっかり観察してしまうのは、仕方のないことだと思う。


 ちなみに、その実態はというと。

 レオンハルトが口元へ食べ物を運ぶと、ひゅっと吸い込まれるように食べ物が消える。恐るべき吸引力だ。飲み物も、毛糸に染み込んだりせず、やっぱりひゅっと消える。


 正直に言おう。すごく不思議で、面白い。


「えっと、レオンハルト様のことが、気になって仕方ないからです……」


 どきどきしながら、フィロメーナは上目遣いで答えてみた。すると、レオンハルトがぴたりとその動きを止める。ぽろりと手に持っていたパンが、皿の上に転げ落ちた。


「き、きき、気になる……?」


 レオンハルトがぷるぷると震えだしたかと思うと、ばっと椅子から飛び下りた。


「え? え? レオンハルト様? どうしたのですか?」

「ちょっと、ひとりにしてくれ!」


 短い手でもふっと顔を覆うと、レオンハルトは食堂から出ていってしまった。揺れるオレンジのしっぽが、たまらなく可愛かった。

 きょとんとするフィロメーナに、使用人の二人が冷静に告げる。


「照れ屋なんすよ、レオンハルト様」

「女性と接するのが、本当に下手なのよね……。眉目秀麗、頭脳明晰、将来有望の公爵令息なのに、情けないったら……」


 フィロメーナはレオンハルトが去っていった扉を見つめ、目を瞬かせた。


(……照れるポイント、どこにあったのでしょう……?)

ブックマーク、お星さま、感想、レビュー、ありがとうございます!

嬉しいです♪ 幸せです♪ 照れてしまいますー♪

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