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7:あみあみ新生活(1)

 フィロメーナ、十八歳。前世の記憶を持つ伯爵令嬢。

 ある日突然、呪われた公爵令息レオンハルトと婚約することになってしまった。絶望していたけれど、レオンハルトは噂のような恐ろしい怪物などではなかった。


 なんと、可愛いライオンのあみぐるみだったのだ!


 呪いを解けば婚約も解消できるということで、フィロメーナはレオンハルトのお屋敷でさっそく呪いを解くことにしたのだけれど――……。


「かぎ針も、毛糸もないなんて! 盲点です!」

「いやあ、この屋敷で編み物をする人なんていないし、仕方ないっすよね」


 フィロメーナの嘆きに飄々(ひょうひょう)と答えるのは、使用人のひとり、トビアス。

 この屋敷に来てからずっと対応してくれていた、二十代半ばの青年だ。いつもはレオンハルトの補佐をしているらしい。


「えぇー? でも、こんな意味不明の図から、本当に編み物の作品なんてできるの? 信じられなーい!」


 解呪の魔導書を(のぞ)き込んでそう零すのは、使用人の女性ソフィア。二十代前半の、胸の大きなお姉さんだ。メイドとして家事を全てこなしているらしい。おいしい食事もこのお姉さんひとりで作っていたそうで、フィロメーナはびっくりしてしまった。


「トビアス、ソフィア。二人とも、フィロメーナに対して口調が砕けすぎじゃないか? 失礼だろう」


 ライオンのあみぐるみ姿のレオンハルトが、じとっとした目で使用人ふたりを見る。フィロメーナは慌てて、レオンハルトと使用人たちの間に割って入った。


「私がそうしてくださいと頼んだのです! だって、おふたりはレオンハルト様のご家族のようなものだとお聞きしましたので!」


 この屋敷には、レオンハルトとフィロメーナ、そして使用人のトビアスとソフィアの四人しかいない。レオンハルトが本邸からこの別邸に来る時についてきてくれたのが、この二人しかいなかったからだそうだ。


 皆が恐れる呪われた姿を気にせずに、今まで通り接してくれるこの二人には、レオンハルトも感謝しているようだ。家族のように思っていると話していた。

 だから、フィロメーナも頑張って打ち解けてみようと思ったのだ。


「……フィロメーナが良いなら、良いけどな。で、何だって? かぎ針と毛糸?」

「はい。この編み図は、かぎ針で編むものなのです。かぎ針の号数は基本的に4/0号を使うみたいです。私は2/0号とか3/0号くらいが好きですけど」

「号数?」


 かぎ針と呼ばれる、編むために必要な道具。かぎ針の号数というのは、その太さをあらわすもの。2/0号は「ニィレー号」、3/0号は「サンレー号」と呼ぶ。数字が大きくなればなるほど太くなっていく。


「そして、毛糸にも適切な太さというのがあります。えっと、一番最初に作ろうと思っているこの編み図では、並太毛糸が必要ですね」


 毛糸の太さにもいろいろある。極細、中細、並太、極太。かぎ針の太さときちんと合ったものでなければ、上手く編めない。糸がすくえなかったり、編み目がふぞろいになったりしてしまう。


「……難しいんだな」

「いえいえ、毛糸とかぎ針を見れば大体分かりますから。あ、あと、とじ針や綿や黒いボタンなんかも必要です」


 魔導書を読みながら、フィロメーナが必要なものをどんどん挙げていく。すると、レオンハルトも使用人の二人も頭を抱えてしまった。


「どうしたら良いんすか? 自分、頭がこんがらがってきたっすよ?」

「あたしも無理。解呪ってややこしいわ」

「フィロメーナ、も、もう一度、最初から……」


 今にも目を回しそうな三人を見て、フィロメーナはきょとんとした。


「えっと、必要なものはメモしても良いですか? そのメモをもとに、私が買ってきます」

「あ、ああ。そうだな。ぜひメモしてくれ。……助かる」


 レオンハルトが大袈裟(おおげさ)に、ぽふんとその胸を撫で下ろした。




 善は急げ。フィロメーナはさっそく王都の街までやって来た。


「……王都までこんなに時間がかかるとは思わなかったのです」


 レオンハルトの住む公爵家の別邸は、かなり辺鄙(へんぴ)なところにある気がしていたけれど。ちょっと街に出るのも、簡単にはいかなかった。公爵家の本邸から馬車を貸してもらうところからやらなくてはならなかったので、随分と無駄に時間がかかってしまった。


「さあ、手芸店はこっちだ。……迷うなよ」


 フィロメーナの腕の中には、レオンハルトがいる。筋金入りの方向音痴であるフィロメーナに、ひとりでおつかいなんて無理だと判断されたからだ。

 ――その判断は、正しい。ひとりで来たら、フィロメーナは確実に迷子だった。


「でも、本当に私と一緒に街を歩くなんて、大丈夫なのですか? この世界の人は、あみぐるみのレオンハルト様のことを化け物と勘違いしてしまうのですよね?」

「……だからこうして、フードをかぶっているんだ」


 レオンハルトは灰色のフード付きローブを着こんでいる。顔が見えないように深くフードをかぶり、身を縮こまらせていた。

 まあ、フィロメーナから見れば、可愛いあみぐるみがコスプレしているだけだ。問題はない。


「えっと、じゃあ手芸店へ向かいましょうか! こっちでしたよね!」

「……逆だ」


 なんとも先行きが不安になるやり取りをしつつも、フィロメーナとレオンハルトは無事に手芸店へと辿り着いた。


「そろそろ冬を迎える時期だからでしょうか。毛糸が豊富に並んでいます!」


 フィロメーナは感動していた。

 いろんな色、いろんな太さの毛糸がずらりと並んでいる。さすが王都の手芸専門店。見ているだけでも楽しくなってくる。


「とりあえず、必要な用具と最初の作品に必要な材料を買いますね」

「ああ、頼んだぞ」


 かぎ針にもいくつか種類がある。フィロメーナは握る部分がきちんとついているかぎ針を手に取った。ただの棒のようなタイプのものもあるけれど、それは編んでいるうちに手が痛くなりやすい。少々値がはっても、持ち手がある方がおすすめだ。


 毛糸は白や茶色のまっすぐなものを選ぶ。もふもふとした変わった毛糸にも目をひかれるけれど、ここは我慢。今は呪いを解くためのものを集める時だから。


「これで、全部です!」


 目当てのものを全て買い終えて、フィロメーナは満足げに店を出た。

 腕の中のレオンハルトも、心なしか嬉しそう。


「かぎ針や毛糸にもいろいろあるんだな。俺にはさっぱり分からなかったが。……フィロメーナは、すごいな」

「え、これくらい普通なのです……」


 と言いつつも、褒められて悪い気はしない。フィロメーナは頬を染めて、にこにこと笑顔になる。

 前世のことを覚えていて良かった、と初めて思えた瞬間だった。


 待っている馬車へと戻る時も、レオンハルトに突っ込まれながら歩いた。方向音痴もここまで来ると芸術だと、レオンハルトは呆れていた。

 ――芸術だなんて。照れる。


「あ、レオンハルト様! 馬車のところに誰かいます!」


 馬車の傍に(たたず)む、背の高い青年の姿が見えた。さらさらとしたアイスブルーの髪が、風に(なび)いている。

 レオンハルトは、その青年を見て、はっと息を呑んだ。


「……嘘だろう? あれ……王子じゃないか」

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