49:番外編3 あまあま新生活(レオン様の過去編)
さて、今回はレオン様視点のお話です!
本編の裏側、楽しんでいってください♪
夜明け前のまだ薄暗い時間に、レオンハルトは目を覚ました。
窓の外からは、しとしとと雨の降る音が聞こえてくる。
ああ、今日は雨なのか。
穏やかなリズムを刻むその音に、レオンハルトは少しだけ眉を顰める。
雨は、あまり好きではない。
良くないことが起きるのは、いつも雨の日だったから。
ゆっくりと起き上がり、寝起きのぼんやりした頭を軽く振った。それから、隣で眠っている愛妻フィロメーナを見つめる。
ほんのりと染まった柔らかな頬。桜色の艶やかな唇。ふんわりとベッドに広がっている茶色の髪。
肩が布団から出てしまっているせいか、少し寒そうに身を縮こまらせている。
レオンハルトはフィロメーナにそっと布団を掛け直してやりながら、ふと、これまでのことを思い返していた――。
*
公爵家の嫡男として生まれたレオンハルト。
幼い頃から利発で、魔術の才能にも恵まれていた。同い年の王子とも仲が良く、何もかもが順風満帆だった。
けれど、学校を卒業し、城で王子の側近としての仕事を始めて間もなくの頃。
何の前触れもなく、レオンハルトは呪われた。
誰もが顔を歪ませるような、黄色とオレンジ色の毛糸の化け物になってしまったのだ。
「気味が悪い」
「おぞましい」
赤の他人からの言葉なら、耐えられた。でも、家族からその言葉を浴びせられた時、目の前が真っ暗になった。
レオンハルトは公爵家の本邸を飛び出した。強い雨が打ちつける中、たったひとりで。
毛糸でできた小さな体はすぐにびしょ濡れになり、どろどろになった。
黒いボタンの瞳からは、涙は一滴も出なかったけれど。
冷たい雨が黒いボタンを濡らし、ぽたぽたと雫が地面に落ちていく。
追いかけてきてくれたのは、使用人のトビアスとソフィアだけ……。
その後、父に「その醜い姿を見せるな」と言われたレオンハルトは、この二人とともに本邸を出た。
そして、うっそうとした森に囲まれた、まるで呪いの屋敷のように陰鬱な別邸に辿り着く。
――そこが、レオンハルトの新しい居所となった。
それから数年。レオンハルトは屋敷に引き籠もり、なるべく誰とも会わないような生活を送った。
とても穏やかな日々だった。
誰にも会わないから、傷つくこともない。
そんなある日。父が勝手に婚約を決めてきた。
ああ、可哀相に。こんな醜い化け物の元に嫁がなければならないなんて……。
レオンハルトはそんな風に、相手の令嬢に同情した。
でも。
一風変わったその令嬢――フィロメーナは、化け物であるレオンハルトを一目見て、こう言ったのだ。
「……か、可愛いです!」
え? 正気か?
唖然としていると、その令嬢にひょいっと抱き上げられる。おまけに頬擦りまでされ、優しく微笑みかけられた。
――その瞬間、レオンハルトの世界は鮮やかに色付いた。
呪いを解くためにフィロメーナと一緒に暮らすことになった時、密かに喜んだ。そして、言葉を交わすたび、触れ合うたびに、どんどん彼女に惹かれていく。
まあ、ドキドキしすぎて気絶してしまうのは大誤算だったけれど。
彼女への想いは「好ましい」から「好き」へ。それが、あっという間に「愛している」へと変わっていった。
期間限定とはいえ、婚約者として彼女の隣にいられることがたまらなく嬉しかった。
だから呪いが解けて、婚約が解消された時。
レオンハルトはまた、目の前が真っ暗になった。
そう、確かその日も嫌になるくらいの煩い雨の音が、屋敷中に響いていたのだった――。
レオンハルトを呪うよう画策した犯人ドドガルを断罪する、舞踏会の日。
あの日、朝からレオンハルトの気分は高揚していた。なぜかというと、久しぶりにフィロメーナに会えると思ったから。
「トビアス、ソフィア。……俺、変じゃないよな?」
「変じゃないっす。というか、フィロメーナ様に良く思われたいからって、はりきりすぎっすよ」
鏡の前で前髪を整えたり、衣装の襟元を正したり、と忙しいレオンハルト。トビアスはそんなレオンハルトを呆れた目で見ながら答えた。
ソフィアはというと、ひとり嬉しそうにうんうんと頷いている。
「今まで髪型や衣装に何のこだわりも見せなかったレオンハルト様が、ここまで外見を気にするようになるとは……。恋は人を変えるのねえ」
「う、煩いな! 今夜は絶対メーナと踊ると決めているんだ。だから、少しでも印象を良くしておかないといけないんだ!」
「この舞踏会の目的は断罪だってこと、忘れてません?」
トビアスとソフィアが、二人揃ってやれやれと肩を竦める。
でも、どんなに呆れられようがここは譲れない。
フィロメーナをダンスに誘い、「好きだ」と告白する。その告白が受け入れてもらえたら、「結婚してほしい」と畳みかける予定なのだ。
レオンハルトは頭の中で綿密な計画を立てながら、ぐっと拳を握った。
まあ、その結果は散々だった。告白できなかった上に、父の勝手な暴走のせいで他に婚約者がいると勘違いされてしまった。
残ったのは、フィロメーナが編んだというストロベリータルトのみ。
彼女の兄たちを怒らせてしまったからなのか、手紙を送ってもなしのつぶて。
これは本気でまずいことになったと、ひとり青ざめる。そうやって頭を抱えていたその日も――確か、雨が降っていた。
何か打開策はないかと悩み続ける日々が続く。そんな時、更にレオンハルトをどん底に突き落とす話が出てきた。
「……リチャード王子が、メーナと結婚……?」
「ちょっとレオンハルト、そんな恐い顔しないでよ。僕が言い出したわけじゃないんだから」
王子が困ったように眉を下げて、こちらを窺ってくる。
「でも正直に言うと、僕は結構フィロメーナちゃんのこと気に入ってるから、この話は悪くないと思っているんだよね。レオンハルトの代わりに、彼女は僕がちゃんと幸せにしてあげるよ」
「駄目だ! そんなこと、絶対に許さない!」
彼女を幸せにするのは、自分だ!
王子の目の前にある机を、バンと叩く。けれど、王子は動じることなく金の瞳を眇め、強い視線を送ってきた。
「それなら、本気で奪ってみなよ。レオンハルトを見てると、本当にじれったくなる。フィロメーナちゃんがレオンハルトを選ぶというなら、僕は退くよ。でも、そうじゃないなら……」
「分かった。メーナが俺を選べば良いんだな?」
レオンハルトは覚悟を決めた。
そこからは怒涛の日々だった。
父を説得し、婚約者候補の侯爵令嬢と話をつけ、フィロメーナのいる伯爵家にも便りを送る。
そんな中、王子は容赦なく結婚話を進めようとした。でも、だからこそ優柔不断なままではいられなかった。王子がいなかったら、きっと、ここまで必死にはなれなかっただろう。
背中を押してくれた王子に、心から感謝した。
そして、期限ギリギリの、あの夜。
レオンハルトは意を決して、フィロメーナの部屋へと魔術で飛んだのだ。
「久しぶり、メーナ。会いたかったよ」
*
本当に大変な思いをしたけれど。
フィロメーナは今、レオンハルトの妻として、すぐ隣にいてくれている。
「メーナ……愛してるよ」
薄暗い夜明け前。すやすやと眠る妻の頬に、そっとキスを落とす。
すると、最愛の妻は眠りながらも、ふにゃりと笑った。
ああ、可愛い。なに、この可愛さ。もう、このままずっと、ここに閉じ込めておきたい。
これまでの憂鬱な気分が一気に吹き飛ぶ。レオンハルトは知らず知らずのうちに、口元を緩めていた。
まだ、夜が明けるまでには時間がある。もう少し、可愛い妻の隣で眠ることにしよう。
ゆっくりと慎重に、布団の中へと戻る。それから、優しくフィロメーナの体を抱き寄せた。
温かくて柔らかな、それでいて甘い匂いがする。それが、やけに心地良くて。
心の奥が、じんわりと温かくなっていく。
ひとつ大きな息を吐くと、レオンハルトは目を閉じた。
――雨の音は、まだ続いている。
けれどもう、その音は気にならなかった。
あまあま、ラブラブが足りない気が……。
というわけで、次回もレオン様視点でいきます!
レオン様、フィロメーナと馬車の中であまあま――?
みたいな感じのお話です。




