48:番外編2 あまあま新生活(王子様の頼みごと編)
今回もフィロメーナはあみぐるみを作ります。
色は淡茶。大きな頭に、ちょこんと小さな耳。木登りや穴掘りが得意な、あの子です!
さて、何の動物さんでしょう?
「やあ、レオンハルト、フィロメーナちゃん。待っていたよ」
そう言って爽やかな笑みを浮かべたのは、この国の王子様。
私室でくつろいでいた彼は、きらめくアイスブルーの髪をさらりと揺らし、手招きをする。
フィロメーナは、ライオンのあみぐるみ――ライを抱っこして、レオンハルトとともに王子様の私室へと恐る恐る足を踏み入れた。
壁には金色の額縁の絵画が飾られ、部屋の中を鮮やかに彩っている。その絵画たちの上の方には、宝石がちりばめられた時計があり、静かに時を刻んでいた。
つやつやとした木の棚には小さな花瓶が置かれ、濃い青色の花が一輪挿してある。その花はめったに手に入らない珍しい品種のものだ。
さすがというか、なんというか。ここにあるもの全て、最上級のものばかり。
フィロメーナはなんだか落ち着かなくなって、ついレオンハルトの背に隠れてしまう。
「メーナ?」
レオンハルトが心配そうに振り返ってくる。
とその時、ライがぴょこんとフィロメーナの腕から飛び出した。ライはふかふかの絨毯の上を転がるように走り、王子様の足にぴとっとくっつく。
そして、フィロメーナを見上げ、ぴょこぴょこと跳ねた。
まるで、「この王子様、恐くないよ」とでも言っているかのように。
王子様は足元で跳ねるライを見て小さく笑った後、そっとかがみこんでライを抱き上げた。そして、高貴な金の瞳を優しく細め、ライの頭をぐりぐりと撫でる。
ライは王子様に撫でられて、これまた嬉しそうにお尻をぽんぽん跳ねさせた。
(さ、さすがライちゃん。いつも王子様の護衛をしているだけあって、とっても仲良しなのです……)
ぼんやりと感心していると、隣にいたレオンハルトにそっと手を取られた。
「メーナ、そんなに緊張しなくても良い。……こっちに来てごらん。ほら、庭園が見えるだろう? 今は薔薇が咲き始めていて、すごく綺麗なんだ」
レオンハルトの大きな手が、フィロメーナを窓辺へと導いてくれる。窓から外を見下ろすと、確かにレオンハルトの言葉通り、華やかに咲く薔薇の花が見えた。
白、赤、紫、黄――心が浮き立つような愛らしい薔薇たちが微笑むように揺れている。
あまりに見事なその庭園に、フィロメーナの緊張がゆっくりとほぐれていった。
「本当に綺麗ですね、レオン様! この景色を一緒に見ることができて、私、すごく幸せです!」
「喜んでもらえて良かった。俺も、幸せだよ」
こつん、と額と額がくっついた。優しい温度が伝わってきて、フィロメーナの頬がふにゃりと緩む。
「……いやいや、そこでいきなり仲良くするの止めてよ! ここ、僕の部屋だから! デートスポットじゃないから!」
王子様から、勢いの良い突っ込みをもらってしまった。
レオンハルトとフィロメーナは揃って顔を赤くして、慌てて額を離す。
「そういえば、王子。メーナに何か話があると言っていなかったか?」
レオンハルトが仕切り直すように口火を切る。王子様は「そうそう、大事な話があるんだ」と頷きつつ、フィロメーナたちに椅子に座るよう促してきた。
そして、みんなが着席すると、ようやく本題に入る。
「実は、僕の結婚が正式に決まってね。相手は、少し遠い国のお姫様」
「え、そうなのですか! おめでとうございます!」
「あはは、ありがとう。結婚式は秋くらいになるかな。……それで、フィロメーナちゃんに頼みたいことがあるんだけど」
王子様はライを膝の上に乗せ、慈しむようにその頭を撫でる。
「このライくんみたいな、みんなに愛されるあみぐるみを作ってくれないかな?」
王子様の結婚は、いわば政略結婚だ。お互いに想い合っての結婚ではない。
けれど、この王子様は、結婚相手であるそのお姫様をどうやったら幸せにしてあげられるのか、と密かに悩んでいたらしい。
そんな時、あみぐるみを連れた花嫁は幸せになれるという話を聞いて、これだと思ったという。
そのあみぐるみをフィロメーナに作ってもらえたら、きっと大丈夫だ、と。
この王子様の頼みを、フィロメーナは笑顔で快諾する。
「わかりました! 幸せを運んでくれるあみぐるみさん……私、一生懸命作りますね!」
「ありがとう、フィロメーナちゃん。期待してるね。……ああ、それともうひとつ。レオンハルトとフィロメーナちゃん、二人に頼みたいんだけどさ」
王子様は改まった表情で、レオンハルトとフィロメーナを見つめてくる。
「僕に息子が生まれたら。……そして、レオンハルトとフィロメーナちゃんに、娘が生まれたら。その子どもたち、結婚させたいんだ」
「えっ?」
この王子様は、いつかこの国の王様になる。その息子といったら――?
というか、そんなことが本当に実現したら、王家とものすごく近い親戚に――?
あまりの恐れ多さに、フィロメーナは震えた。一方、レオンハルトは「子ども……」と小さく呟き、顔を真っ赤にして口元を片手で覆う。
「これから僕は異国の姫を娶る。はっきり言って不安だよ。もし、僕に息子ができたなら、こういう思いはさせたくない。ああ、もちろん子どもたちの意思もあるし、まだまだ先の話だけど……でも、まあ考えておいてほしいな」
王子様はそう言うと、爽やかな笑みを浮かべた。
震えるフィロメーナ。照れるレオンハルト。笑顔の王子様。
全く違う反応を見せる三人の人間たちを見つめ、ライはひとり、こてりと首を傾げた。
王子様からの依頼を受け、フィロメーナはさっそくあみぐるみ作りを始めた。
今回作るのは、未来の王妃様へ贈るもの。喜んでもらえるような、素敵なあみぐるみにしなくては!
上質な淡茶のモヘア糸を、左手の人差し指にくるくると二回巻きつけ、「輪の作り目」を作る。それから、細編みでふんわりとした編み地を丁寧に編みあげていく。
瞳には黒のボタン、鼻にはふわふわの「ぼんてん」をつける予定だ。
この「ぼんてん」というのは、小さくて丸くてもふっとしているもの。ちょっとマリモに似ている。
大きめの頭に、ちょこんと小さな丸い耳。口まわりはオフホワイトの毛糸で編もうと思っている。
フィロメーナは出来あがりの姿を思い描きつつ、かぎ針を熱心に動かした。
何日もかけ、フィロメーナはあみぐるみを編み続けた。
そして、全てのパーツをくっつけ、いよいよ完成というところまで来たのだけど――。
(なんか、もの足りない気がするのです……)
温かな居間の真ん中に座り込み、フィロメーナは淡茶のあみぐるみを掲げて首をひねる。
一応、想像通りに可愛くできたのだけど、もう少し何かが欲しい。
と、そこにレオンハルトが来てくれた。
「やっと完成したのか。……これは、くまだな!」
「はい、この子はくまさんなのです! でも、何かシンプルすぎる気がして、もの足りなくて……」
眉をへにゃりと下げて、レオンハルトを見上げる。すると、レオンハルトは顎に拳を当てて、考え始めた。
「うーん、これでも充分だと思うが。どうしてもというなら……そうだな、服を着せてみたらどうだ?」
「服……!」
レオンハルトの言葉に、ぱっと目の前が明るくなった気がした。
そういえば、レオンハルトもあみぐるみだった時、灰色のローブを着ていたことがある。
あれは姿を隠すためのものだったけれど、あれがもし、可愛い服であったなら――。
よし、アッシュローズの毛糸でドレスを編んでみよう。クリーム色のフェルトでバブーシュカを作って、頭にかぶらせてみよう。
そうしたら、きっと、とても可愛くて素敵なくまさんになるはず!
「ありがとうございます、レオン様! とっても素敵なアイデアなのですー!」
フィロメーナは翠の瞳を輝かせ、レオンハルトに抱き着いた。レオンハルトは急なことに驚きつつも、すぐに微笑みを浮かべ、フィロメーナを優しく抱き締めてくれる。
(レオン様は本当に頼りになる人なのです! レオン様のお嫁さんになることができて、私、とっても幸せです!)
王子様とお姫様も、こんな風に幸せいっぱいになれますように。
フィロメーナはレオンハルトの腕の中で、強くそう願った。
その願いが込められたくまのあみぐるみ、本当に王子様たちに幸せを運んでくれることになるのだけど。
それは、まだ誰も知らない未来のお話――。
バブーシュカというのは、女性が頭を覆うのに用いるスカーフのことです♪
先日、「レオン様視点も是非是非!!」という、とてもテンションの上がるご感想をいただきました!
なので、次回はレオン様視点のお話になります♪
本編の裏で、レオン様は何をしていたのか……?
それをちょっとだけ、見せちゃいます!




