42:魔女とあみぐるみの秘密(7)
「わ……私も、レオン様のことが、好きです」
震える声で、絞り出すように告白する。
侯爵令嬢とか王子様とか、そういうのはもう頭の中から追い出して。
目の前のレオンハルトだけ見て、自分の想いを口にする。
「私も婚約解消したこと、ずっと後悔していました。レオン様のお嫁さんになりたかったから。私は王子様より、レオン様の隣にいたいのです……」
フィロメーナの告白に、レオンハルトが目を瞠った。そして、すぐに破顔する。
「メーナ!」
「ひゃあ!」
レオンハルトに勢いよく抱き着かれて、フィロメーナはそのままベッドに押し倒された。優しい夜の光に照らされたレオンハルトは、これ以上ないほどの幸せそうな笑みを浮かべている。
「良かった。断られたらどうしようかと思った。嫌われてはいないと思っていたが、情けないところばかり見られていたし、自信がなかったから」
そう言いながら、フィロメーナの涙を指で拭うレオンハルト。フィロメーナはベッドに仰向けになった状態のまま、レオンハルトを見上げる。
「レオン様は、情けなくなんかないのです。ずっと、優しくて温かくて……」
「優しくて温かいのはメーナの方だろう。俺は、メーナのそういうところが好きなんだ」
レオンハルトが覆いかぶさるようにして、顔を寄せてくる。そして、優しく唇を重ねられた。
甘くて、熱くて、蕩けそう――。
ベッドが、ぎしっと小さな音を立てた。レオンハルトは軽いキスを何度も落としては、耳元で「好きだ」「愛してる」と甘く囁く。
レオンハルトの、柔らかい春風のような香り。温かくて、大きな手のひら。
もう、逃げられない。
逃げる必要も、ない。
また、目と目が合った。どちらからともなく、くすくすと微笑み合う。
「……そういえば、あの、レオン様」
「ん?」
「レオン様と両想いだというのは嬉しいのですけど……王子様のこととか、侯爵令嬢様のこととか、いろいろどうするのですか? それに、公爵様だって反対なされるのでは?」
レオンハルトとフィロメーナが想いを通じ合わせたといっても、貴族の結婚というのはそんなの関係ないはずだ。個人の感情なんて後回しなのが普通。
一体、どうするつもりなのだろう。
不安でいっぱいになるフィロメーナに、レオンハルトは余裕のある笑みで答えた。
「実は、王子に関してはもう話をつけてある。メーナが俺の求婚を受け入れてくれるなら、王子は退いてくれると」
「そうだったのですか!」
「あと、侯爵令嬢は俺との結婚に乗り気でない様子だったから、その本人と協力して縁談をなかったことにした。親である侯爵は納得いかない顔をしていたが、まあなんとかなった。で、父については……」
フィロメーナはごくりと喉を鳴らした。そもそもはじめから公爵様には振り回されっぱなしだ。
新年の祝宴の時に見た、冷酷そうな公爵様の姿を思い出し、小さく震える。
末端といっても良いくらい目立たない伯爵家の娘を、優秀な公爵令息の妻として認めてくれるのだろうか。
思わずレオンハルトの袖をぎゅっと握ってしまう。
すると、レオンハルトはフィロメーナを安心させるように柔らかく微笑んだ。
「大丈夫。メーナと復縁するのを反対なんてされていない。……というか、父は王子から奪い取るくらいしてみせろと言ってきた」
「え?」
「自覚はないかもしれないが、メーナは人気のある女性だ。それに、メーナがくれたあの刺しゅう糸のストロベリータルト。あれはものすごく上質な魔力が練り込まれていた。こんなものを簡単に作り出せる令嬢なんて他にいない。メーナは『魔』の公爵家にこそふさわしい、是非迎え入れたい、と」
なんてこと。あれにも魔力が。
「メーナが『古の魔女』を手懐けたと聞いた時は、さすがに青ざめた。そのせいで王子の妃候補になってしまった時には、本当に焦ったよ。慌てて王子と話をつけたり、侯爵令嬢との縁談をなくしたり、すごく忙しかった……」
はあ、と大きく息を吐いて、レオンハルトがベッドに寝転ぶ。少し疲れているような表情で、力なく笑った。
フィロメーナの知らないところで、レオンハルトはレオンハルトなりに頑張ってくれていたということか。
(……もう障害なんて、どこにもなかったのですね。良かったです……)
フィロメーナはほっとして、レオンハルトの骨ばった大きな手にそっと自分の手を添えた。
「ありがとうございます、レオン様。もう、何も心配しなくても良いのですね」
「……そうだ、と言いたいところだが」
レオンハルトがフィロメーナの華奢な手を握る。フィロメーナの手のひらは、すっぽりとレオンハルトの手の中におさまった。
「最大の敵が、まだ攻略できていない」
「最大の敵?」
侯爵令嬢や公爵様、そのうえ王子様まで攻略しているというのに?
フィロメーナはこてりと首を傾げた。
急に顔色が悪くなったレオンハルトの視線は、どこか遠い。握られた手を握り返しながら、フィロメーナは改めて不安を覚えた。
そして、翌朝。
その最大の敵が姿を現した。
「僕の可愛い妹フィー! おはよう、今日も良い天気に……って、はあ?」
「……フィー、その男は……!」
フィロメーナの部屋にやって来たベルヴィードとオルドレードは、レオンハルトを視界に入れるなり鬼のような形相になった。
爽やかな朝の空気が一気に凍りつく。
「あ、ベル兄様、オル兄様! おはようございます!」
「おはよう……じゃないよ、フィー! これ、どういうこと? なんで公爵令息がフィーのベッドにいるの? ……おい、公爵令息! フィーに近付くな、関わるなって言ったよな?」
「きゃあ! ベル兄様、カーテンを凍らせないで……あ、オル兄様、絨毯を焦がさないでくださいー!」
兄二人が怒りの魔術で、部屋を破壊しようとする。フィロメーナは慌てて兄たちにすがりついたけれど、魔術が止まる様子はない。
どうしよう、これ、本気だ。フィロメーナには止められそうにない。
全てを凍りつかせるような冷酷な瞳で、レオンハルトを睨みつけるベルヴィード。
全てを燃やし尽くすような激情を込めた瞳で、同じように睨みつけるオルドレード。
レオンハルトは青ざめた顔で震えながらも、怒れる兄たちをしっかりと見据えた。
「……侯爵令嬢との縁談は、なかったことになりました。俺は、フィロメーナ嬢を迎えに来たんです。俺は、フィロメーナ嬢だけを愛しているので。……お兄様がた、俺は彼女を絶対に幸せにすると誓います。だから、妹さんと結婚させてください!」
「嫌だ!」
兄、即答。
レオンハルトはぐっと言葉に詰まり、渋面になる。
(ど、どうしたら良いのでしょう? 兄様たちもレオン様も、怪我とかしたら嫌なのですよ……)
今にもレオンハルトに殴りかかりそうな兄を必死に止めながら、フィロメーナは涙目になる。
まさか、こんな形で兄が敵になるなんて。
レオンハルトは鬼の形相の兄に怯えながらも、挑戦的な目つきで爆弾発言をする。
「嫌だと言われても、諦めません。俺はメーナと一晩共に過ごしました。同じベッドの上で。……これがどういう意味か、お兄様がたには分かりますよね? メーナはもう、俺以外に嫁ぐことなんてできない」