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39:魔女とあみぐるみの秘密(4)

「ふ、不審者だ! 誰か!」


 兄の同僚がそう叫び、部屋を逃げ出した。まあ無理もないかと、フィロメーナは眉を下げる。

 だって、ここはお城。最高レベルの防御魔術が展開されているはずの場所なのだから。


 こんな風にあっさりと不審人物が侵入するなんて、前代未聞のことなのではないだろうか。


 兄たちが真っ青な顔をして、フィロメーナの名を呼ぶ。


「フィー!」

「あ、ベル兄様、オル兄様。大丈夫です、この人は『(いにしえ)の魔女』さんなのですよ。怪しい人ではないのです」

「いや、充分怪しいでしょ! フィーは相変わらず変なんだから!」


 変人扱いされてしまった。思わずぷくっと膨れると、隣にいた魔女も同じようにぷくっと膨れていた。


「ベルヴィードとオルドレードは優しい人だと思ってたのに! みんなして私を悪者みたいに言うなんてひどいわ!」


 悔しそうに手足をバタバタさせる魔女。フィロメーナはまあまあ、と魔女を(なだ)めた。機嫌を損ねて変な魔術でも使われたらたまらない。


 そうこうしているうちに、部屋の入り口に大勢の騎士が押し寄せてきた。不審者である魔女を捕まえに来たらしい。

 でも、どの騎士も不安そうな顔でおろおろしていて、全く部屋に入ってこようとしない。


 その様子を見て、魔女がくすくすと笑った。


「『武』の公爵家のドドガルが急にいなくなっちゃったから、統率がとれていないわね。騎士団はドドガルがひとりでまとめあげていようなものだもの、当然といえば当然ね……。まあ、こうなるだろうから、呪いなんて止めときなさいって言ったんだけどね」

「え、魔女さん、ドドガル様を止めようとしていたのですか?」

「当たり前でしょ。私は平和を愛する魔女だもの。……でも、私がどうしても手に入れたかったものをくれるっていうから、呪いの契約をしちゃったの」


 結局、魔女が呪いをかけたことに変わりはないということだ。フィロメーナはじとっと魔女を見た。


「人を呪ってまで手に入れる価値があるものなんて、ないと思うのですけど」

「やだ、フィロメーナ。そんな目で見ないで」


 魔女はふざけた様子で体をくねらせていたけれど、不意に真面目な顔になる。

 急に真面目な態度になった魔女に、騎士たちが怯えた。


「ねえ、フィロメーナ。私がかけたのは、本当に呪いだったと思う?」

「え?」


 思わずきょとんとしてしまう。


 レオンハルトはあみぐるみの姿に変えられて、家族からも周囲の人たちからも(うと)まれていた。魔術も使えなくなり、とても苦しんでいた。

 あれは、確かに呪いだったと思う。


 でも。

 フィロメーナが最初にレオンハルトに会った時、どう思ったのだっけ。


「……祝福?」


 フィロメーナの答えに、魔女がにこりと微笑んだ。そして、こっそりとフィロメーナに耳打ちをしてくる。「少し、昔の話を教えてあげる」と囁いて。


「遠い昔、あみぐるみ作りが得意な女性が、異世界からやって来たの。その当時、編み物は魔術だった。だから、あみぐるみを作ることができる彼女はあっという間に不動の魔術師になったの。彼女の作るあみぐるみは、この国はもちろん、世界をも大きく揺るがした」


 急に始まった昔話に、目を瞬かせるしかない。魔女は微笑みを浮かべたまま、続ける。


「その結果、あみぐるみはこの国、そして世界の魔術体系を壊してしまった。彼女はそれに気付いて、絶望した。あみぐるみを封印し、もう二度とこの世界の人があみぐるみを作り出せないように、魔術を施した」


 あみぐるみが化け物に見えるように。決して可愛らしいとは思えないように。


「彼女はあみぐるみを封印した後、行方不明になった。元の世界に戻ったのかもしれないし、この世界で天に召されたのかもしれない。でもね、私はとても悲しかったの。私は彼女の親友だった。彼女がどれほどあみぐるみを愛していたか、知っていた」


 魔女の瞳が、どこか遠くを見つめている。その瞳が潤んでいるような気がして、フィロメーナは慌てて目を逸らした。


「もう一度、あみぐるみに会いたかった。世界中のみんなに、あみぐるみは可愛いものだと知ってもらいたかった。私はあみぐるみに施された封印を解くことに決め、魔術体系そのものを構築し直すことにした」


 なんか、さらっとすごいことを言っている気がする。いや、細かいことは全然分からないけれど。


「でも、最後の調整がどうしても上手くいかなかった。そこで、公爵令息の呪いを利用することにしたの」


 公爵令息にあみぐるみの呪いをかける。その呪いが解ければ、あみぐるみの封印も同時に解けるように細工をして。


「フィロメーナが呪いを解くために、心を込めてあみぐるみを作ってくれたでしょう? そのおかげで、最終的な微調整も完了した。だから、もう、あみぐるみは化け物だなんて言われない。恐れられたりしなくなったの」

「……つまり?」

「やっと、あみぐるみが愛される世界になったってこと!」


 魔女がソファから立ち上がって、フィロメーナに微笑みかけてくる。


(ああ、この人は本当に、あみぐるみが大好きなのですね……)


 不覚にも、その笑顔に(ほだ)される。フィロメーナは最近編みあげたばかりのミニチュアスイーツを魔女の目の前に差し出し、小首を傾げた。


「こういう食べ物のあみぐるみさんも、可愛がってもらえるようになったということですか?」

「もちろんよ! ……って、ええっ? これもすごい魔力なんだけど! ほ、欲しい……!」

「あ、欲しいならどうぞ? あみぐるみさんのために、いっぱい頑張ってくれたみたいですし」


 魔女の手のひらにミニチュアスイーツを乗せると、ぱあっと魔女の顔が輝いた。


「ありがとう、フィロメーナ! 大好き!」

「……もう不法侵入は駄目ですよ」

「はーい!」


 素直に返事をした魔女は、お返しとばかりに懐から一冊の本を取り出した。その本をフィロメーナに押しつけてくる。


「これが、ドドガルと契約してでも手に入れたかったものよ。フィロメーナの方が上手に使えると思うから、あげる」

「え」

「じゃあね! 帰るわ!」

「ええっ」


 ぴゅう、と風が吹いたかと思うと、魔女の姿が消えていた。兄たちも、兄の同僚たちも、おろおろしてばかりの騎士たちも。みんな揃って、ぽかんと口を開ける。


 なんて人騒がせな。

 まったく、とんでもない魔女がいたものだ。


 机の上に置いてあった書類が風に舞い、ひらひらと床に落ちる。

 フィロメーナは魔女から渡された本に目を落とすと、小さくため息をついた。




 その数日後。

 伯爵家の居間にて。


「……え? 王子様と私が結婚? なんでですか?」


 フィロメーナは呆然として呟いた。ベルヴィードとオルドレードが真っ青な顔をして、(うつむ)いている。


「ほら、この前フィーが城に侵入した『古の魔女』をあっさり手懐けてしまっただろう? それが城中の噂になったんだ。そんなすごい能力を持った令嬢なんて他にいないから、リチャード王子の妃にするべきだという意見が多いみたいで、それで」

「嫌です! ……私は、結婚なんてしたくないのです!」

「フィー、これはさすがに断れないよ。……僕も、どうして良いか分からない」


 城に侵入した魔女に、あみぐるみを手渡しただけなのに。

 なぜ、王子様との縁談なんかが来てしまうのか。しかも、断れそうにないなんて。


 フィロメーナはライオンのあみぐるみをぎゅっと抱き締めて、がたがたと震えるしかなかった。

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