38:魔女とあみぐるみの秘密(3)
フィロメーナは、改めて考えを整理してみた。
まずは、フィロメーナ自身の望みについて。
それは、大好きなレオンハルトに想いを伝えること。逃げずに彼と向き合うことだ。そして、できることなら、レオンハルトにフィロメーナのことを好きになってもらいたい。
次に、その望みを叶えるためにどうするのか、ということについて。
一瞬「古の魔女」の提案を飲むという考えがよぎる。ライオンのあみぐるみを渡し、「古の魔女」の魔術でレオンハルトを手に入れる、というあの提案。
でも、すぐにそれは却下する。
だって、それでは芽衣菜の決意を踏みにじることになる。どんなに不利な状況下でも、自分にできる最大の努力をすると決めたのだ。ずるい手なんて、使いたくない。
だから、たとえレオンハルトと一緒の未来が掴めなかったとしても。
フィロメーナは「古の魔女」の提案だけは、絶対に飲まない。
というわけで、とりあえずレオンハルトに関する情報を集めるところから始めることにする。その辺のご令嬢がやっていることと同じだけど、まあ仕方ない。彼との縁談が決まったという侯爵令嬢のことも調べて、何とかしないと。
それから、レオンハルトにふさわしい女性となるべく、自分磨きもしていこう――。
「……とにかく、まずは情報収集なのです!」
部屋を飛び出し、仕事に向かおうとする兄二人の元へ駆け寄る。
「ベル兄様、オル兄様! 私も一緒にお城に行きたいです!」
ここにいるよりも城にいた方が、レオンハルトの情報を得やすいはず。兄たちは城で働いているので好都合だ。一緒に連れて行ってもらおう。
そう思って、フィロメーナは兄二人の袖を握る。
「え、朝から一体どうしたの、可愛い天使フィー?」
「お城でやらなければならないことがあるのです! お仕事の邪魔はしないようにしますので、お願いしますー!」
ぺこりと頭を下げたフィロメーナを、ベルヴィードとオルドレードが困り顔で見つめる。
「あのね、フィー。城は気軽に立ち寄って良い場所じゃないんだよ? 急に言われても困るな」
兄二人は顔を見合わせて、肩を竦めた。
――まずい、このままでは置いていかれる!
のんびりしていたら、レオンハルトは侯爵令嬢と結婚してしまうというのに。こんなところで足踏みなんてしていられるものか!
フィロメーナは手に力を込め、まっすぐに兄二人を見据えた。
(どうやったら、ベル兄様とオル兄様を説得できるでしょうか……あっ!)
上手くいくかどうかなんて、分からないけど。
フィロメーナは賭けにでることにした。
「ベル兄様、オル兄様」
「ん? 何かな、愛らしい妖精フィー?」
「……私、ベル兄様とオル兄様が大好きなのです。今日は一緒にいたい気分なのです。だから、フィーのお願い、聞いてくれませんか?」
瞳を潤ませ、上目遣いで兄たちを見る。両手を祈るように組み、可愛らしく小首を傾げる動作も加えた。
ああ、顔が熱い。
とんでもなく恥ずかしいけれど、これがフィロメーナの精一杯のぶりっこポーズだ。
これ、はずしたら相当空しい。兄の心に刺さってくれることを祈る。
「……フィー」
ベルヴィードが深くため息をついた。呆れられてしまったのだろうかと不安に駆られながらも、フィロメーナは兄をじっと見つめ続ける。
すると。
「……あああ! 可愛い! かっわいいー! フィーはやっぱり天使だったんだね! なに、その顔! ほっぺた真っ赤! うおお、もう、めちゃくちゃ可愛いー!」
ぎゅうっと勢いよく抱き締められて、フィロメーナは目を白黒させた。
ベルヴィードの顔は、今まで見たことがないくらいにでれでれと緩んでいる。どうやらベルヴィードの心に、「フィーのぶりっこ」はちゃんと刺さってくれたらしい。
良かった、ちょっと安心した。
そうだ、もうひとりの兄オルドレードはどうだろう。
「……フィーが、かっ、かわい、可愛すぎる!」
無事、刺さっていた。オルドレードもでれでれの顔をしている。
――兄、ちょろい。
「愛する可憐なお姫様フィーの頼みごとは断れないね! 良いよ、一緒にお城へ行こうね。文句を言う奴がいたら、僕がやっつけてあげるから!」
「……ベル兄、俺も協力する!」
やたら興奮する兄二人に連れられて、フィロメーナは城に行くことになった。
呪いが解けたレオンハルトは王子様の側近として大活躍しているというし、上手くいけばあっさり本人と会えるかもしれない。期待に胸が高まる。
フィロメーナはぺちりと頬を叩き、改めて気合いを入れ直すのだった。
城についたフィロメーナは、兄たちの働く文官用の部屋に軟禁された。
「……ベル兄様、オル兄様。私、ずっとここに座っていないといけないのですか?」
やたらふかふかのソファに導かれたフィロメーナは、眉を寄せて兄たちを見る。兄たちは当然という顔をして、ソファに花を飾り始めた。
「僕たちと一緒にいたいんでしょ? 大丈夫、ここの室長に許可はもらったから」
「あの、でも……」
「フィーはひとりで出歩くと迷子になるからね。単独行動は禁止」
これではレオンハルトの情報を集めに行けない。うっかりレオンハルト本人と会えるかもという期待も萎んでいく。
でも、兄たちの言う通り、ひとりでいると確実に迷子になってしまう。運が悪かったら、城で遭難もあり得るだろう。
(どうしたら良いのでしょう……)
花やレースで飾り付けられたソファに大人しく座りながら、ぼんやりと窓の外を見る。豪華な細工のなされた窓枠に切り取られる青い空。どこか遠くから聞こえてくる騎士たちの訓練の声。
(……とにかく、ベル兄様やオル兄様のお仕事の邪魔にならないように、できることを考えましょう! 頑張るのですー!)
――と考えているうちに、一週間が経った。
あれから「ぶりっこ」で、毎日兄たちに城へ連れて行ってもらえるようになったのだけど、肝心の情報収集はなかなか捗らない。
それでも、兄の同僚たちの会話から分かったこともある。
レオンハルトとの結婚の話が出ているという侯爵令嬢は、この結婚にあまり乗り気ではないらしいということ。
そして、レオンハルトも結婚を固辞しているらしいということ。
(まだレオン様は誰のものでもないのですね!)
そう考えると、少し勇気が出てくる。まあ同じように考えるご令嬢も多く、レオンハルトは常に女性からアピールされているとも聞くけれど。
フィロメーナはじりじりとした思いを抱えながら、兄たちの職場で暇つぶしがてら編み物をする。ミニチュアスイーツを編みつつ、ひたすら噂話に耳を傾けていた。
「……じれったいわね、フィロメーナ」
急に間近に聞こえた声に顔を上げると、すまし顔をした「古の魔女」がすぐ傍に立っていた。
紫の髪をさらりと揺らし、フィロメーナの隣に座る。
「え? 『古の魔女』さん?」
「そうよ、久しぶり。伯爵家に不法侵入するなって言われたから、城に不法侵入してみたわ」
それはもっと問題があるのでは、と遠い目になるフィロメーナ。
兄や兄の同僚が、何の前触れもなく現れた魔女に「ひっ!」と声を漏らす。
――あれ、これって、大事になりそうな予感……?




