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21:お城の宴(5)

 新年の宴は、無事に終えることができた。


 まあ、レオンハルトの家族に(いきどお)ったり、レオンハルトに群がるご令嬢たちに怖じ気づいたりしてしまったけれど。

 レオンハルトが化け物だと(さげす)まれずにすんだのは、本当に良かった。安心した。


 屋敷に帰って一息ついた後。疲れきったフィロメーナは、その夜、また前世の夢を見た。



 *



 芽衣菜(めいな)、大学生。あみぐるみという存在と、運命の出逢いをした時の記憶。


「わあ、可愛い……」


 講義でたまたま隣の席になった女の子の手元を見て、芽衣菜は思わず声をあげた。そこには手のひらサイズのあみぐるみがあった。


「これ、私が自分で編んだんだ。うちの犬がモデルなの」

「すごーい……」


 その女の子は、芽衣菜と友達になってくれた。笑顔が素敵な女の子で、芽衣菜にあみぐるみの作り方を丁寧に教えてくれる優しい子だった。

 その子も芽衣菜と同じ大人しいタイプで、ひとりぼっちだった。ぼっち同士のふたりは意気投合して、大の仲良しになった。


 家族と一緒にいるのが嫌で、大学では一人暮らしをしていた芽衣菜。バイトが休みの時には、家で編み物をするようになる。


 お金はなくて貧乏生活だったけれど、自由な大学生活はとても楽しかった。


 ある日、その唯一の友達の部屋に遊びに行った。オートロックのマンションの中にある、とても綺麗な部屋だった。お洒落な雑貨が飾られていて、いかにも女の子の部屋、という感じがした。


「あれ、これって編みかけのあみぐるみ?」


 芽衣菜は、部屋の片隅に転がっているあみぐるみの頭を見つめて言った。友達は恥ずかしそうに笑う。


「ああ、私って飽きっぽくて。頭を作っている時は調子良いんだけど、胴体や手足を作るのは面倒になって、そのままなの……」

「もったいないね。編み目も揃ってて綺麗だし、すごく可愛い顔なのに」

「芽衣菜ちゃんは、最後まできちんと編むタイプだよね。真面目ー!」


 友達はそう言いながら、あみぐるみの頭をぽんぽん放って遊ぶ。頭だけのあみぐるみは、軽く十個くらいはありそうだ。どれも完成すれば、売れそうなくらい可愛い。


 芽衣菜は少し不器用だから、完成させても売り物にはできそうにないものしか作れない。だから、その技術は本当にうらやましいと思う。

 放られるあみぐるみの頭を眺めながら、いつか完成させてもらえると良いね、と心の中で呟いた。


 月日は流れ、就職活動をするようになった頃。

 研究室の仲間が、芽衣菜の作ったあみぐるみを褒めてくれた。


「芽衣菜ちゃんの作るあみぐるみ、なんか癒されるー」

「就職活動で(すさ)んだ心を慰めてほしいー。芽衣菜ちゃん、ひとつちょうだいー」


 それは、何気ない雑談のひとつだった。

 芽衣菜にあみぐるみを教えてくれた友達も、その話の輪に加わってくる。


「私もあみぐるみ作ってるけど? 良かったら、私の作ったやつ、あげようか?」

「え? でもあなたのって頭だけでしょ? ちゃんと完成してる芽衣菜ちゃんのあみぐるみの方が良いー」


 友達のあみぐるみではなく芽衣菜の作ったものが良い、と言ってもらえて、芽衣菜は嬉しくなった。

 技術は全然友達には及ばないけれど、ひとつひとつ丁寧に完成させていて良かった、と胸の奥が熱くなる。


 でも、友達はそれが気に入らなかったらしい。


「芽衣菜ちゃんの作ったやつより、私の作ったものの方が綺麗で可愛いのに」


 吐き捨てるようにそういった友達は、その日から友達ではなくなった。

 芽衣菜が声を掛けても、無視されるようになる。


 いつも、いつも、芽衣菜は大事にしてもらえない。

 唯一の友達でさえ、ちょっとしたことで離れていってしまう。それでも、もう芽衣菜は泣いたりなんかしない。可愛いあみぐるみが、傍にいてくれるから。



 *



 目を開けると、優しい手が頭を撫でてくれていた。前世の夢から覚めると、いつもこうだ。オレンジ色のもふっとした手に、笑みが零れてしまう。


「……レオンハルト様」

「ん? ああ、目が覚めたのか」


 ライオンのあみぐるみ姿のレオンハルトは、フィロメーナの頭を撫でるのを止め、座り直した。フィロメーナは少しだけ、寂しくなる。もっと、撫でられていたかった。


 芽衣菜だった時も。フィロメーナとして生きている今も。

 あみぐるみはいつだって、味方でいてくれる。だから、フィロメーナはあみぐるみが大好きだ。それはもう、魂に刻まれるくらいのレベルで。


 フィロメーナは起き上がって、ベッドの上に正座した。それから姿勢を正して、レオンハルトと向き合う。


「いつも、ありがとうございます。私、ここに来て良かったです」


 ぺこりと頭を下げると、レオンハルトがあわあわと短い両手を振り始めた。そして、フィロメーナの傍に駆け寄り、頭を上げるように促してくる。


「礼を言うのはこちらの方だ。今日……いや、今はもう朝の五時だから、昨日か。昨日、宴で(みじ)めな思いをしなくてすんだのは、君のおかげだったし」

「でも私、あまりお役に立てた気はしないのですけど」

「何を言っているんだ。隣にいてくれるだけで、充分救われているよ」


 レオンハルトはそう言うと、フィロメーナの方を改めてじっと見つめてきた。その真剣な眼差しに、フィロメーナの胸がとくんと鳴る。


「あの、提案があるんだが」

「は、はい。何でしょう」

「君のことを、愛称で呼びたい。……良いだろうか」


 フィロメーナは、きょとんとした。なんでまた、こんなタイミングで?


「いや、本当はずっと愛称呼びをしてみたかったんだが、こう、きっかけがなくて……」

「そ、そうだったのですね! えっと、もちろん良いですよ。お兄様たちが呼んでいるように『フィー』とか?」

「……君の兄と同じというのは気が進まないな。どうせなら、俺だけが呼べる愛称が良い。そうだ、『メーナ』というのはどうだ?」

「えっ」


 一瞬、芽衣菜(メーナ)と呼ばれた気がして、フィロメーナは固まった。先程まで見ていた前世の夢の感覚が、引き()りだされたような気分になる。


「……駄目か?」

「あ、いえ、そういうわけでは! ……えっと、大丈夫です、メーナで!」


 複雑な気持ちのまま、なんとか笑顔を貼りつける。まだ、部屋の中が暗い時間で良かった。常夜灯のほのかな光の中では、きっと細かい表情なんて分からないだろうから。


 レオンハルトは低くて優しい声で、フィロメーナの愛称を口にする。


「メーナ」


 その声は、本当に柔らかくて温かくて。フィロメーナの心の奥に、まっすぐに届いてきた。

 頬が一気に熱くなってしまう。


 ずっと忘れたかった前世のこと。捨てたかった過去の名前。それがレオンハルトの声で紡がれると、途端に素敵で大切なものに変わった気がした。


 ――フィロメーナの心の奥底に、ほわりと小さな何かが生まれた。

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