20:お城の宴(4)
「えっ! レオンハルトじゃないか! どうして人間の姿に?」
王子様が金の瞳を丸くして、レオンハルトをまじまじと見た。レオンハルトは頭を掻きながら、気まずそうな顔で口を開く。
「詳しいことは後で。それより、頼みたいことがある」
「え、なに? ……あ、とりあえず部屋に入って」
王子様は目を瞬かせながらも、部屋に通してくれた。
なぜ、王子様の部屋を訪れることになってしまったのかというと。
人間に戻ったレオンハルトに、着替えが必要だったからだ。
あみぐるみの姿の時は、服装なんて気にもとめていなかったのだけど。さすがに人間の姿だと、気にしないといけない。なんせ、レオンハルトが身に纏っていたのはゆるい寝衣。これで宴に出席なんてできるはずがなかった。
残念ながら着替えなんて持っていなかったし、トビアスもソフィアも今は傍にいない。どうやって服を調達するかと考えて、王子様に頼ることにした。
いや、そこで王子様を頼ろうという発想が出てくるところに、フィロメーナは戦慄してしまったけれども。
「というわけで、服を貸してもらいたいんだ」
「あはは、なるほど! うん、良いよー。新年の宴に出るための服で良いんだよね? 今、城にあるものしか出せないけど」
「充分だ、ありがとう」
王子様は使用人に指示を出し、衣装を持ってこさせた。公爵令息が間に合わせの服で良いのか、と使用人は複雑そうな顔をしている。
まあ、そうはいっても、さすがお城。すごく豪華っぽい衣装が出てきた。売ったら家とか買えそう。
レオンハルトはさっさと着替え、フィロメーナのところへ帰ってきた。イケメンというやつは、何を着てもさまになる。あまり違和感のない出で立ちだ。
白い正装姿のレオンハルトに、ついついフィロメーナは見惚れてしまった。
「レオンハルト様、かっこいいです! どこか良いおうちの令息様って感じがします!」
「いや、実際、公爵家の令息なのだが」
レオンハルトは赤髪を軽く整えながら、呆れたように答える。でも、人間の姿でいられるのが嬉しいのだろう。ものすごく機嫌は良さそうだった。
「レオンハルト、それにフィロメーナちゃん。そろそろ宴が始まる時間だよ」
王子様が、宝石がちりばめられた時計を見上げて教えてくれる。あの時計は、売ったら広い畑付きのお屋敷が買えそうだ。
レオンハルトは王子様に改めてお礼を言ってから、廊下に出た。王子様は笑顔で手をひらひら振って、見送ってくれる。本当に優しい王子様だ。
「少し急ぐか。遅れたら、フィロメーナまで悪く言われてしまう」
レオンハルトの大きな手が、フィロメーナの手を握る。驚いて「ひゃあ!」と声をあげると、レオンハルトは少し眉を顰めた。
「嫌かもしれないが、こうして捕まえておかないと君は迷子になるだろう?」
なんだか迷子になること確定みたいな言い方だ。納得がいかなくて、頬を膨らませるフィロメーナ。
まあ、ここでレオンハルトに置いていかれたら、確実に迷子になる自信があるので、大人しくしておくしかないのだけれど。
ちょっと悔しい気がするので、握られた手をぐっと力を込めて握り返してみる。でも、握力がなさ過ぎて、何の抵抗にもならなかった。
もっと鍛えておけば良かった。ますます悔しくなってしまって、フィロメーナはまたも頬を膨らませた。
「……ふっ」
レオンハルトが小さく噴き出す音が、広い廊下に響く。
窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。その光の中を歩くレオンハルトの姿は、とても眩しく見えた。
ほどなくして、宴の会場へと辿り着く。きらびやかな扉が、控えていた騎士によって開かれた。
会場となっている大広間には、新年を祝うための飾り付けがなされていた。窓辺には透き通った宝石みたいな小さな玉が連なって飾られ、光をきらきらと反射している。中央に並べられた長いテーブルの上には凝った料理が並んでおり、おいしそうな香りが鼻をくすぐってきた。
立食パーティーみたいな感じなのだろうか。既に会場にいる人たちは軽く食事をつまみ、楽しそうに会話している。
フィロメーナはレオンハルトの背中に隠れながら、宴の様子を窺う。さすがお城の宴、とても豪華だ。豪華すぎて、腰が抜けそうだ。
へっぴり腰になったフィロメーナと違って、レオンハルトの方は姿勢も良く堂々としている。
「フィロメーナ、大丈夫か? 伯爵家の令嬢らしからぬ姿勢になっているが」
「伯爵家にいた時は、いつもお兄様たちが傍にいてくれましたから……。ひとりでこんな豪華なところに来るのは、初めてなのですよ……」
情けない声で呟くフィロメーナの頭を、レオンハルトが笑いながら撫でてきた。
「ひとりじゃないだろう? 俺がいる」
どきん、と心臓が跳ねる。心細いなら頼っても良い、と言われたような気がした。
じわじわと頬に熱が集まってきてしまう。
その時。大柄な男性が、フィロメーナたちの前に立ちはだかった。
「……レオンハルト、か?」
鋭い目つき、団子鼻、がばりと大きな口。短く刈られた髪の毛は、深い緑色。野太い声を出したその人は――「武」の公爵家の、ドドガル。
「なぜ、どうして人間に」
「答える義務はない。……さあ、フィロメーナ、行こうか」
レオンハルトは唖然としているドドガルに目もくれず、フィロメーナをエスコートしてくれる。慌ててフィロメーナも姿勢を正し、レオンハルトとともに足を進めた。
ドドガルが反応したのを機に、人々の視線が集まってくる。
「え、あれはレオンハルト様……?」
「呪いが解けたのか? 化け物ではなくなっている……」
ざわざわと貴族たちが騒ぎ始める。そんな中、レオンハルトの家族である「魔」の公爵家の人々が、レオンハルトの傍に駆け寄ってきた。
「ああ、レオンハルト! 良かった、呪いが解けたんだな!」
「……いえ、まだ完璧に解けたわけではないです。これは一時的なもので」
「まあ、良い。その姿なら、『魔』の公爵家の人間として傍にいることを許そう」
先程とは全然違う態度だ。いかにも仲の良い家族であるかのように、公爵様はふるまい始めた。レオンハルトはというと、少し苦い顔をしている。
なんというか、周囲の人たちのあまりの変わりように、ぽかんと口を開けるしかない。
そうこうしているうちに、王族の人たちが会場に入ってくる。
新年の宴の始まりだ。
楽団の奏でる音楽が、会場を満たす。王族への挨拶が終わると、貴族たちの交流の時間になった。レオンハルトの元には、未婚の令嬢が群がり始める。
どの令嬢も、地味な伯爵家のフィロメーナよりも身分が上。少し、居心地が悪い。一応フィロメーナはレオンハルトの婚約者ということになっているけれど、ご令嬢たちは気にしていないらしい。すがすがしいほど、無視されている。
まあ、婚約は解消する予定だし、無理してレオンハルトの隣にいる必要もないか。
そう考えて、フィロメーナはレオンハルトから距離をとった。
(ああ、レオンハルト様には、やっぱり高い身分のご令嬢が似合いますね。地味で目立たない伯爵家の娘である私なんか、全然釣り合わないのです……)
フィロメーナは宴の間、ずっと壁際に立って、レオンハルトを眺めていた。
呪いが解けたら、レオンハルトの隣にいることはかなわない。きっと、レオンハルトはあのご令嬢たちの中から伴侶を選ぶことになるのだろう。
それで良い。その、はずなのに。
――少しだけ、心の奥が痛かった。




