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17:お城の宴(1)

三番目のあみぐるみは、月でお餅をついているという、あの子!

さて、何の動物さんでしょう?

 二回目の儀式から何日か経ち、年の暮れも近くなってきた。


 レオンハルトは、相変わらずあみぐるみ姿で活動している。一時的に人間へ戻る方法が見つかったとはいえ、それに頼るのは諦めたようだ。


 まあ、勇気を出してキスしても、人間でいられるのは一時間だけ。気絶する可能性を考えると、なんというか、労力の無駄でしかない。

 そんなことより完全に呪いを解いてしまう方が早いだろう、という結論になった。


「というわけで、三番目のあみぐるみさんに取り掛かろうと思います」


 白い毛糸とグレーの刺しゅう糸を買ってきたフィロメーナは、さっそく居間で魔導書を開いた。その隣に、ちょこんとレオンハルトが座る。


「今回作るあみぐるみさんは、真っ白な動物さんですね。長いお耳が特徴の子です。グレーの刺しゅう糸は、お鼻の部分で使います」

「材料は今までと比べると少しシンプルだな。……ところで、このクリップみたいなものは何だ?」


 レオンハルトが編み物道具を入れている箱の中を(のぞ)き込んで、首を傾げた。そこにはピンクや青、緑や橙など、カラフルなリングがある。


「これは、段数リングと段数マーカーです。多くの段数を編まなくてはならない時、何段目まで編んだのか分からなくなることって多いのですよ。これはそんな時に、目印につけておくものなのです。あみぐるみさんは丸く編まないといけないので、立ち上がりの目に目印でつけておくとすごく便利ですね」


 編み物は、編み目を数えるのが結構面倒だ。だから、こういう便利グッズがあるとすごく助かる。


 段数リングは「の」の字に似た構造をしていて、大きさは一センチくらい。

 段数マーカーは安全ピンに似た構造をしていて、段数リングよりも少し大きめだ。


 ちなみに、フィロメーナは段数マーカーの方を好んで使っている。


 このリングとマーカーは、かぎ針で編む時だけでなく、棒針で編む時にも使える。

 編み物を楽しみたいのなら、持っていて損はないグッズたちだ。


「それでは今回も、はりきって編んでいくのです! 待っていてくださいね、レオンハルト様!」

「頼りにしているぞ、フィロメーナ!」


 レオンハルトの応援を受け、フィロメーナは温かい居間でさっそく編み始めた。


 時折、冬の風が窓を揺らしていく。小さくガタガタと鳴るガラスの音。乾いた落ち葉が転がっていく音。数羽の鳥が飛び立っていく羽音。

 静かにかぎ針を操るだけの穏やかな部屋には、そんなささやかな音たちもよく響く。


 真っ白な毛糸が、フィロメーナの手元でどんどん形を成していく。


 魔術を使っているかのように複雑に編まれていくパーツを見つめるふりをしながら、レオンハルトはフィロメーナの顔を(うかが)っていた。

 楽しそうに指を動かすフィロメーナ。見られていることには全く気付かない。


 近いような、そうでないような、微妙な距離の二人。

 使用人たちは、そんな二人の様子を眺めながら、じれったい思いをするのだった。




「できました! 三番目のあみぐるみさんです!」


 一段と寒くなった、ある朝のこと。

 フィロメーナは目を輝かせて、あみぐるみを掲げた。


 真っ白なモヘア糸で編まれた小さなあみぐるみ。長めの顔に、グレーの刺しゅう糸で鼻と口が描かれている。鼻の部分はサテンステッチ、口の部分はストレートステッチだ。


 ころんと丸いしっぽ。黒い山高ボタンの瞳。そして、長い二つの耳が、ぴょんと立っている。


「これは……うさぎだな!」

「大正解です! そう、この子はうさぎさんなのです!」


 にこりと笑って、レオンハルトの隣にうさぎを置く。

 大きなライオンと小さなうさぎが、居間のふかふか絨毯の上に並んだ。


「ふふ、可愛いです。私、うさぎさん大好きです」

「……ライオンよりも?」

「え?」

「何でもない!」


 レオンハルトは、ふんっと鼻息を荒くしてうさぎを持ち上げる。そして、とたとたと扉の方へと歩きだした。オレンジ色のしっぽがぴょこぴょこと揺れている。


 うさぎを抱っこしたライオンのあみぐるみ。あまりの可愛らしさに、フィロメーナはほわほわと笑顔になってしまう。ここにカメラがあったら確実に写真を撮っていた。たぶん、連写で。いや、動画の方が良いかも。


「フィロメーナ、魔法陣の部屋へ行くぞ。三回目の儀式だ!」

「は、はい!」


 今回のレオンハルトは、かなり気合いが入っているようだ。自分の足でしっかりと廊下を進み、魔法陣の上に自らの手でうさぎを置く。

 それから魔法陣の真ん中に立つと、くるりとフィロメーナを振り返ってきた。


「フィロメーナ、儀式を」


 レオンハルトが短い手を差し出してくる。フィロメーナはこくりと頷くと、レオンハルトを抱き上げた。


 黒いボタンの瞳と、目が合う。


「……あの、レオンハルト様」

「なんだ」

「今回は、気絶なさらないのですか?」


 一回目の時も、二回目の時も、レオンハルトは気を失っていた。そのおかげで、特に何も思うことなくキスできていたのだけど。

 レオンハルトに意識があると、なんとなく、やりにくい。


「……そういえば、気が遠くならないな。少し、慣れたのかもしれない」

「それは、良かったですね……?」


 と言いつつ、フィロメーナはどきどきしていた。どのタイミングでキスしようか迷う。

 だけど、このままもじもじしているわけにもいかない。


(大丈夫、何も初めてのことではないですし! いつも通り、キスしてしまえば良いのです!)


 レオンハルトのもふっとした口元に、思いきって唇を寄せる。唇が触れる寸前、レオンハルトの吐息を感じてしまい、心臓が小さく跳ねた。


 ぱふん、と音がして、レオンハルトの姿が変わる。レオンハルトはなんとか意識を保つことができたようで、魔法陣の上で目を瞬かせていた。


「人間の、姿だ……」


 さらりとした赤い髪が揺れる。橙色の瞳は少し潤んでいるようだ。


 フィロメーナは目の前の美青年から慌てて距離をとる。あまり近くにいると、心臓がおかしくなりそうだったから。

 頬の熱さを必死で気にしないようにしながら、どんどん後ずさる。


 後ろを見ずに、後退していたせいか。フィロメーナは戸棚に勢いよく背中をぶつけてしまった。


「痛っ!」

「フィロメーナ、危ない!」


 レオンハルトの焦り声。

 はっとして上を見上げると、棚に置いてあった道具がバラバラとフィロメーナに向かって落ちてきていた。


 思わずぎゅっと目を(つむ)る。と同時に、どんっと突き飛ばされた。

 床に尻餅をついたフィロメーナは、はっと顔を上げる。


 フィロメーナがさっきまで立っていたその場所に、道具まみれになったレオンハルトが倒れていた。

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