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16:前世の夢と優しい手(5)

 目を見開くフィロメーナの前に、赤髪の貴公子が現れた。


 赤髪の貴公子――レオンハルトは、転びかけたフィロメーナを守るようにして、冷たい床の上に尻餅をつく。


「なっ! ……え?」


 レオンハルトは目を丸くして、自分の手足を確認している。手を握ったり開いたりして、その体が自分のものであることを実感しているようだ。


「……人間に、戻っている……? どうして……」


 呆然として呟くレオンハルト。フィロメーナはというと、人間のレオンハルトに抱きかかえられるような体勢になっていることに気付き、頭の中がお祭り騒ぎになっていた。


(ひゃあ! 起きている人間姿のレオンハルト様! は、初めてなのですー!)


 ほんの数時間前にも人間姿のレオンハルトを見ていたくせに、フィロメーナの心臓は今、大暴れをしていた。まるで、初めてレオンハルトと出逢ったかのような錯覚を起こす。


 フィロメーナはそっと、レオンハルトの顔を見上げてみる。思ったよりも近い。レオンハルトの方も、腕の中にいるフィロメーナの顔をじっと見つめてきた。

 レオンハルトの瞳は、優しい夕暮れみたいな色をしていた。宝石みたいな橙色。その橙の瞳と、ぱちりと目が合う。


「フィロメーナ……?」


 耳元で名前を呼ばれ、フィロメーナの顔に一気に熱が集まった。


(レオンハルト様、気を失っている時と全然印象が違います! なんですか、この頼りがいがある感じ! こんなの反則ですー!)


 そもそも、人間のレオンハルトを初めて見た時から、かなりの好印象を抱いていたフィロメーナだ。気を失っている姿にさえドキドキしていたのだから、起きて動いていれば、もっと惹かれてしまうのは当然のことだった。


 まあ、どうせ婚約解消する仲なので、惹かれても仕方ないのだけれど。


「あ、怪我はしていないか? どこか痛いところは?」

「だ、大丈夫です! その、レオンハルト様が支えてくださいましたから」


 フィロメーナは慌ててレオンハルトから離れた。このまま廊下でいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。急いで立ち上がり、スカートを整える。


 レオンハルトも恐る恐る立ち上がった。あみぐるみの時と感覚が異なるのか、少し危なっかしい立ち姿だ。歩くのも慎重になっている。


「人間姿で歩くのは久しぶりだ……おっと」

「あの、ご迷惑でなければ、私がお支えしましょうか」

「ああ、ありがとう」


 フィロメーナはレオンハルトの体を支えるようにして歩きだした。かなり密着しているのでドキドキしてしまう。でも、誰かの役に立てるということは、素直に嬉しかった。


 食堂に着くと、トビアスとソフィアが「ほあっ?」と変な声をあげた。


「え? レオンハルト様、なぜまた人間に?」

「俺にも分からない」

「レオンハルト様とフィロメーナ様が仲良く寄り添い合っているなんて! これは、祝宴……」

「しなくて良いから」


 とりあえずお腹がすいているので、食事をとることにする。フィロメーナは遅めの夕食を、レオンハルトと向かい合って食べる。


 人間の姿のレオンハルトは、公爵令息らしく、上品な仕草で食事をしていた。高貴な貴族らしいふるまいに、フィロメーナは少し怖じ気づく。なんだか急にレオンハルトが遠い存在に思えてきた。


「……ん? どうした、フィロメーナ。あまり食が進んでいないようだが」

「あ、だ、大丈夫です……」


 しどろもどろに答えながら、柔らかく煮込まれたお肉を口に入れる。高級感のあるその味付けに、またそわそわしてしまう。

 フィロメーナは黙ってもぐもぐと口を動かして、必死に食事を続けた。


「でも、不思議っすね。一度毛糸の化け物に戻ったはずなのに、どうしてまた人間に……? もしかして、何時間かごとに変身するようになったとか?」

「分からない。魔導書をもう一度確認した方が良いかもしれない」


 レオンハルトの視線が、フィロメーナの方に向く。その途端、フィロメーナの心臓がどきりと飛び跳ねた。美青年に見られながらの食事、すごく緊張する。


 フィロメーナはなるべくレオンハルトの方を見ないようにして、なんとか食事を終えた。


 食事が終わった後、みんなで居間へ移動する。そして、机の上に置いてある魔導書を改めて開き、呪いについて確かめることにした。


「フィロメーナ、魔導書には何と書いてあるんだ?」

「えっと……儀式の効果について、ですよね。儀式を行うたび、元の姿でいられる時間が伸びる、そして……ええっ?」

「ど、どうした、フィロメーナ?」


 レオンハルトが、フィロメーナの持っている魔導書を覗き込んできた。必然的に、フィロメーナの顔のすぐ近くにレオンハルトの顔が来る。

 ふわりと、柔らかい春風のような良い香りが鼻をくすぐってきた。


「あ、あ、あの! レオンハルト様、近いです……」

「え、あ、すまない」


 ぱっとレオンハルトが離れる。なんとなく目を合わせられなくて、フィロメーナの視線は自然と下を向いてしまう。頬が異常に熱くなっていた。


「……で? 何と書いてあるんだ?」


 レオンハルトが改めて尋ねてくる。フィロメーナは頬を火照(ほて)らせたまま、小さく答えた。


「呪われた者は作品の制作者とキスをすることで、儀式以外の時にも、一時的に元に戻ることができるようになる、だそうです。一回目の儀式の後なら五分程度、二回目の儀式の後なら一時間程度……」

「……は?」


 レオンハルトの気の抜けたような声とほぼ同時。ぱふん、と音がして、彼の姿があみぐるみに戻る。


 居間のソファの上に、ころんとあみぐるみ姿のレオンハルトが転がった。うつぶせで力尽きたように微動だにしない。そんなレオンハルトをつんつんしながら、トビアスが首を傾げた。


「よく分からないんすけど、儀式以外でレオンハルト様とフィロメーナ様、キスしたってことっすか?」


 儀式以外で、キス。そんなことをした覚えはない。フィロメーナは小さく(うな)りながら、頭を(ひね)る。その時、ソファの上のレオンハルトが、ぼそりと呟いた。


「廊下でフィロメーナが転びそうになった時。もしかしたら、唇が触れたのかもしれない」

「……あ! あの時ですか?」


 そう言われてみれば、あの時、顔面にもふっとしたものがぶつかったのだった。あれはレオンハルトだったのか。

 なるほど、謎は解けた。


 納得した表情になったフィロメーナを見て、ソフィアが残念そうにため息をついた。


「なんだ、事故的なものだったのね。てっきりレオンハルト様がフィロメーナ様を襲って、唇を奪ったのかと思ったのに……残念」

「でも、これって朗報っすよね! 一時的にでも人間に戻れるなら、今までできなかったこともできるようになるかもっす!」


 ソフィアを押しのけて、トビアスが明るい声を出す。レオンハルトもこくりと頷いて、その短い腕を組もうとする。――まあ、組めていないけれども。腕があと二倍くらいあれば、組めそうだけども。


「そうだな。短い時間なら人と会うこともできそうだ。書類仕事も今より格段に効率が良くなるだろうな。……ただひとつ、問題がある」


 深刻な顔で、レオンハルトが低い声を出した。フィロメーナと使用人の二人がごくりと喉を鳴らし、レオンハルトの次の言葉を待つ。

 レオンハルトはみんなの顔を順番に見つめた後、ゆっくりとその口を開いた。


「たぶん、また事故みたいなことが起こらない限り、俺は恐らく気絶する。キスして、意識を保ったままでいるとか、無理だ……」

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