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第9話「兄と弟」

 作戦実施の是非を問う作戦会議は、つつがなく終了した。

 と言っても下話は既に済んでいて、「じゃ、そういう事になったから」と大公カタリーナに宣言させて周知させる為の会議、と言うより「儀式」みたいなものだ。カタリーナに至っては、武の賢者ファウストゥスに戦勝の祈りを捧げたりもする。

 そんな訳だから、激論を交わしたり熱弁を振るったりは特にしない。段取りと責任者を確認して、会議は2時間ほどで終了した。


 とは言え、前段階の根回しは恐ろしく手こずった。何しろ一時的とは言え戦線を大幅に下げるのだ。暗号の件は飯村が抑えてくれたとは言え、日本義勇兵の幹部からは「内地の人間は何を考えているのだ?」と言う愚痴を散々聞かされた。そう言った人間を宥めすかし、必要な物資や便宜を融通してもらうのがアルフォンソの仕事である。コツは、最初のうちは言わせたいだけ反対意見を言わせ、「仰ることは確かに正しい」「慧眼です」と誉め言葉を交えた相槌で応じつつ、相手が言い疲れた頃に、おもむろに説得にかかるのだ。

 食卓を共にするのも効果が高いと言うのは、日本に赴いた時飯村に教わった。確かに有効な手だったが、流石に人を別々に説得する為に夕食を3度も梯子するような経験はもうしたくない。

 彼にとっていつもの仕事と言えばそうだが、これを連日行うのはなかなかに来るものがある。しかし、ルーチンとは言え防衛戦闘をヴェロニカに引き受けてもらっているので、そうそう弱音は吐けない。この瞬間にも多くの友軍兵士が死んでいるのだ。

 それでも、最初にダウディング大将を口説き落としたのが功を奏した。頑固一徹の彼は、作戦計画を読むなり強硬に反対したが、一度納得すると態度を改め、説得工作を分担し、意固地になる者には義勇軍総司令の肩書で黙らせさえしてくれた。

 人の和を欠いた計画ほど綻びやすい物は無い。それを骨身にしみて理解しているアルフォンソである。




 会議終了と共に書類を閉じる。これが終わったら輸送機で前線までトンボ返りであるが、敢えて時間の余裕は確保している。何故なら……。


「やあ兄さん。昇進おめでとう。何時かそうなると思っていたけど、こんなに早く階級で追い越されるとは思わなかったよ」


 3ヶ月ぶりに顔を合わせる弟レナートの立ち振る舞いは、いつもの様に絵になる。

 彼も攪乱の為に奇襲艦隊を率いてデニオ泊地に殴り込みをかける、と言う無茶な作戦を担当していて昼夜を徹した作業の筈だが、疲れた様子はまるでない。勿論疲れていないわけではなく、それを見せないだけなのだが、そう言ったところは我が弟ながら格好の良い男だと関心する。


「こっちも戦死したわけでもないのに二階級特進するとは思わなかったよ。准将や少将が司令官だと釣り合いが取れないんだそうだ」


 アルフォンソは司令官を拝命する際、同時に中将の肩書を得ている。実力主義の世界とは言え、軍隊も官僚組織である。星の数が多い程話を通しやすいのは当然である。ついでと言うのは何だが、参謀長のヴェロニカも中佐に昇進である。クロア公国の機甲部隊は若い組織とは言え、上級貴族のコネも無しに26歳で中佐は驚異的な出世である。


「しかし、ただの攪乱で拠点に殴り込みとは、お前も随分思い切ったものだね。うちの参謀長も面食らっていたよ」


 殴り込みに関しても、「海軍に別作戦を行わせる」と言うのはヴェロニカの案だが、敵拠点に殴り込みをぶち上げたのはレナートである。それを聞いたヴェロニカは「貴方の弟は馬鹿なの?」と言う遠慮のない感想を吐いたが、詳細を聞くと「やっぱり兄弟ね」と妙に納得した顔で呟いた。


挿絵(By みてみん)


 現在、旗艦〔ヴィットリオ・ヴェネト〕を中心とした新鋭艦は、海の向こうのゾンム海軍との睨み合いで大忙しである。もし下手に動かしてゾンム帝国が参戦し、主力がいない隙を突かれたら、海上輸送路をずたずたにされまいかと疑心暗鬼なのだ。

 ゾンムの方も今戦端を開くのは得策では無いと判断しているようだが、隙を見せれば後ろから斬りつけようかと言う色気も出てくる。

 レナートは、旧式艦を使って戦果を上げる事で、クロア海軍の価値を高めて手札を増やし、帝国派にリソースを割かせる事を考えた。旧式艦だと思って重要視していなかった戦力が意外に使える事を証明すれば、敵はそれを警戒して対抗する戦力を用意しなければならない。砲弾や原油の補給ばかりでなく、海上を警戒する航空機や、漁船を徴用しての警戒網も強化する必要があるだろう。そして、それらの作業には、宝石より貴重な士官や下士官を張り付けて置かねば現場が回らない。

 失敗したらしたで「大公派は二線級の戦力を使って殴りこみをかけてきた」と言う事実は残るので、結局はある程度警戒はしなければならない。要は「俺達はやる気だぞ」と言う意思を行動で示せば良い訳で、極端な話大被害さえ出さなければ、ちょっと脅して逃げ帰ってくるだけで、例え戦果が無くても最低限の役目は果たせるのである。

 しかも、諜報機関からの情報から判断しても成功の目はある。ゾンムは大量の大型爆撃機と戦車を帝国派に供与したが、そのせいでかなりの無理をしている。後方の警戒任務に必要な航空機や車両の要員や補給物資を引き抜いて前線に回している様なのだ。扱える人間の数は変わらないのに、機材だけより乗組員が必要な大型に変えたらそう言う事になる。

 夜陰に紛れて泊地に接近できればしめたもの。何発か砲弾を撃ち込んで引き上げるだけで、敵方は大騒ぎになる。


「そう、それだよ。兄さんの参謀長は面白い。是非ゆっくり話してみたい」


 (また悪い癖が出たな)とアルフォンソ。

 弟が女性を見る基準は「面白いか、そうでないか」である。個性的かどうかではなく、あくまで「自分が面白いと感じるかどうか」である。

 人並みに面食いではあるものの、顔が良くても普通の女性は寄ってきても適当におだててお帰り願う。逆に面白いと判断した女性は容姿など気にも留めない。

 最近の例で言えば、公都の食糧事情を調べると言ってゴミ箱の蓋を開けて回っていた女学生を見初め、彼女を質問攻めにしたのが恋の始まりだと言う。向こうは論文の執筆に夢中で、男性としては見向きもされなかったそうだが「あれは面白い女性だった」と喜々として語るレナートである。

 「面白い」という点ではヴェロニカの毒舌も人後に落ちない。何しろ、「スターリンは子供好きの好人物である」と言うプロパガンダ記事を一読して言った台詞が、「彼がウクライナで大勢の子供たちを飢え死にさせたのは愛情の発露なのかしら? とんだ変態性癖ね」である。同席していた若い従兵の顔が引きつっていた。後で聞いた話では母親があの新聞の愛読者で、彼女の話を聞いたらどんなに怒り狂うか想像したそうである。

 レナートなら、彼女の毒も見事に受け止めるだろう。ある意味理想的な組み合わせかも知れない。そんな事を想像した時、何やら喉に引っかかった小骨の様に、自分ではどうしようもない焦燥感を感じた。レナート風に言うのなら「面白くない」である。

 33歳の中将は、その正体に気付いていなかった。


(これはこれは……)


 一方のレナートは、兄の反応からその心情をほぼ正確に推し量っていた。

 「怒らない男」などと言われているが、アルフォンソは一度執着を見せた者に対しては、極めてウェットだ。

 父親が「赤毛である」と言うだけの理由で、母の遺髪を取り上げて実家に送り返そうとした時、父親の指に食いちぎらんばかりに噛みついた事がある。結局、使用人に取り押さえられて取り上げられた所を、後で知ったレナートが手を回してこっそり遺髪を取り戻したが、使用人がいなければ本当に父の指を食いちぎっていたかも知れない。彼はそんな情念を持っている。

 一瞬だけ「何か出来る事はあるか?」と考え、すぐ放棄した。野暮と言うものである。


「頑張れ兄さん」


 それは、彼らしくないストレートな表現だったが、きっとそれが一番の言葉だと思った。

 両親の期待や周囲の嫉妬に押しつぶされそうな時、兄は必ず落ち込む弟を目ざとく見つけて傍らに腰を下ろす。彼に「1人にしてくれ」は通じない。邪険にする態度は強がりであると見抜かれていた。

 愚痴をぶつける時も、馬鹿話に花を咲かせる時もあった。理不尽な怒りを向ける時すらあった。だけど、兄はどんな時でも来てくれて、話をした後は、少しだけ明るい気持ちになれた。

 そんなアルフォンソだから、はねっかえりの一人くらい、幸せに出来るし、幸せにもなれる。

 しかし、兄からの返事は割と斜め上を言っていた。


「任命してくれた大公陛下の期待には応えるよ。勿論、お前やファビオ先輩の期待にも」

「いや、そっちじゃなくて!」


 きょとんとするアルフォンソに、レナートは困った様に頭に手を当てた。


(あの敏いアル兄さんは何処へ行ったんだ?)


 兄は色々あって異性に自分の領域に踏み込ませなかったが、変われば変わるものである。

 だけど、33歳でこんなんで大丈夫なんだろうか?

 いつもは奔放さでアルフォンソをやきもきさせるレナートだったが、今回ばかりは彼が頭を抱える番だった。

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