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第8話「謀略戦」


 数日後、目の前には2人が昼夜を徹して練った作戦計画があった。

 ヴェロニカが書き上げた必要な物資と人材のリストを読んで、さすがの怒らない男も「まったくお手柔らかじゃやないね」と苦笑した。


「本当に新型戦車にこんな使い方をするのかい?」

「ええ、〔Ⅳ号戦車F2型〕は唯一〔T34〕や〔シャーマン〕に対抗できるまとまった戦力よ。優れた兵器は一番過酷な戦場に投入するのが筋でしょ?」


 〔Ⅳ号戦車F2型〕は、元々対戦車戦闘用に造られていなかった〔Ⅳ号戦車〕の砲を、戦車の装甲を貫ける様に延長した新型だ。性能としては〔シャーマン〕と同程度で、走攻守で〔T34〕には劣る。それでも貴重な装甲戦力であった。

 上層部からは慎重な運用を求められたが、そもそも財布を気にするなら戦争などするべきではない。平時の兵器は見せ金目的の高価な玩具で構わないが、戦場では使ってナンボである。

 もっとも、この手の容赦の無さは、アルフォンソとしても望むところのようだ。下手に容赦されて中途半端な作戦を立てれば、万単位の人名を巻き添えに敗北するので、当然と言えば当然だが。

 それよりも、この作戦の「キモ」である工作部隊の編成には大いに苦労している。幾ら理を示しても、必要な人材を各部隊が手放さないのだ。それらを全て説得して回るのはアルフォンソの仕事だが、流石の彼も起こるであろう反発を考えると胃がキリキリ痛む。


「そんなものより、敵をおびき出す『餌』の方に何か言ってくると思ったけど?」

「いや、こちらの件は了解したよ。確かに、ゾンムや帝国派をペテンにかけるなら、このくらい思い切ったやり方は必要だ」

「日本を説得できるの?」


 この作戦のカギは同盟国である大日本帝国だ。

 ヴェロニカは竜神降臨の1000年も前から存在していたこの古老の国に対し、「攻撃を行うときは手が付けられない程の勢いを見せるが、予想外の事態になると柔軟性を欠く」と言う評価を下していた。

 最も、クロアの義勇軍では、陸軍の栗林忠道少将や、海軍(・・)の牟田口廉也少将(・・)と言ったこの弱点を理解した上で補う事ができる若手の将官も育ってきており、彼らを活用できれば一気に化ける国だとも思っている。

 帝国派を罠にかけ、偽装の撤退を本物と信じ込ませるには、彼らに動いてもらう必要がある。


「総研の飯村中将とは何度か会食した事がある、どうやら僕の事を気に入ってくれたらしくて、『是非またゆっくり話そう』と言ってくれたんだけど、それを今回果たして貰おうと思う」

「飯村穣中将!? 東條首相のブレインで、軍制改革の立役者の!? 貴方何者!?」


 幾らアルフォンソが貴族で高級軍人だからと言って、そうそうお知り合いになれる相手ではない。

 国家の元首ならローマ法王と面識はあるかも知れないが、だからと言って時々彼とプライベート飲み歩いているかかと言ったらそんな事ある訳がない。


「いや、普通の補給参謀だけど?」

「普通の補給参謀が戦争計画の立案者と飲み友達な訳ないでしょ!?」


 日本にとって、謀略に長けた英国が味方に居る事は大きく、良くも悪くも無邪気な日本人に「主張しない正義は正義ではない」という事を時間をかけて教え込んだのは英国である。経済戦争でしかないクロア内戦を、宗教の自由を巡る戦いに仕立て上げたのも彼らの入れ知恵だ。

 もう1つ英国が日本に教えたことがある。「インテリジェンスの活用」である。

 意外かも知れないが、日本の諜報組織は恐ろしく優秀だ。彼らは巧みに現地に入り込み、たちまちのうちにに情報網と人脈を作り上げてしまう。欧州大戦で行った諜報戦の実態を知り、百戦錬磨の英国諜報部も冷や汗をかいたと言う。

 ところが、そんな優秀な諜報組織も、組織ごとのセクショナリズムの壁に阻まれ、上層部は情報の質ではなく責任者の肩書で優劣を判断する者まで居る始末。上がった情報を全く活用できていないのだ。

 これは、新鮮な生卵をハードボイルドにしてしまう英国人でも許しがたい無駄遣いであった。

 やっと重い腰を上げた日本人がインテリジェンスを会得するまで、実に20年近くを必要とした。

 現在では、バラバラだった諜報組織が「曙機関」に統合され、それらを吸い上げて分析するのが内閣所属の研究機関「総力戦研究所」だ。

 所長の飯村中将は「対米戦が勃発した場合、敗北は100%」と大元帥の前で断言して物議を醸した人物である

 現在の首相である東條英機と懇意で、彼を説き伏せて大規模な軍制改革を行ったのは記憶に新しい。日本の戦争計画は実質彼が立てていると噂される人物である。


 ヴェロニカが目を付けたのは、日本海軍の暗号が更新間近である事だった。

 彼女はこれを利用して、旧暗号を意図的に漏洩させ、その上で大公派が大規模な後退を行う事を示唆する通信をあちこちに送らせる事を思いついた。


 アルフォンソがこれを魔法通信で持ち掛けた時、『君の参謀長は無茶苦茶な作戦を立てるね』と怒る前に苦笑された。


 暗号を漏らすと言うことは、情報の露出を増やすと言う事である。何気ない電文、例えばうっかり送った「何処何処に水を送ってくれ」と言う一文が解読された為に、攻撃目標が全て露呈する、と言いった失態は古今東西で起きうる。


「その件ですが、重要な電文は全て盗聴不可能な魔法通信に切り替えます。減った分の無線通信に、攪乱を狙った誤情報を大量に割り込ませます。彼女が言うには地球に『木を隠すには森に』と言う格言があると。漏れた情報は大量の誤情報で覆い隠します」

『君は当然その意味を分かっているんだろうね?』


 口調こそ厳しいが、魔導投影機越しの飯村は、先ほどから口元が緩んでいる。

 あまりに突飛な意見に面白くなってしまったらしい。

 誤情報云々は有効な手だが「騙されてくれる様な誤情報を大量に考える」「送られてきた誤情報を間違えて正しい物だと誤認しない様な手続きを取る」の2点だけで、関係部署は過労死が続出しかねない程の負担を負う事になる。しかも、この手の仕事は専門職で、容易に増員でやりくり出来ない。

 また、魔法通信は希少な魔晶石を使用する為、傍受はほぼ不可能で安全だが、恐ろしく高コストだ。仮に日本海軍の暗号通信を魔法で代替したら、連合艦隊はたちまち破産か大幅な縮小かの二択を迫られる事になるだろう。


「暗号の切り替えまで2ヶ月。現場にはそれだけ耐えて貰いましょう。帝国派のバックに居る米国は、合理主義の権化です。容易なフェイク情報では騙されてくれはしない。それは閣下がご存知の筈」


 飯村は暫し沈黙すると、『君は、賭けているんだね?』と念押しした。


「ええ、私は彼女に(・・・)賭けています」


 頷くアルフォンソに、飯村は『現場にはそれなりの手当てを出して耐えてもらう。足りない人材はダバート王国から一時的に出向してもらおう。魔晶石は、各部署がプールしている物を吐き出してもらう』と告げた。


「ありがとうございます」と深々と頭を下げるアルフォンソに、飯村は言う。



『今回我々は失敗しても失うのは金だ。その程度のリスクで安全保障上必要な同盟国を救えるなら安い買い物だ。失敗で即命を失う君達に比べたら特にね』


 片目を瞑って見せる日本人らしからぬ飯村の仕草に、アルフォンソはもう一度頭を下げた。




 日本が行った大掛かりな欺瞞工作に米国および連盟陣営はまんまと引っかかる事になる。代償として、海軍及び曙機関は新暗号に切り替えるまでの2か月間で、1年半分の魔晶石と通信費を使い切る事になったのだが。


※史実で対米戦の細かい経過を予想して見せた飯村中将は資料が少なく、何も考えずに書いたらこんなキャラになってしまいました。史実はこんな性格では無かったと思いますので、どうか本気にしないでください。

 と言うか、史実の人物は一貫してかなり脚色して書いてます。

※みんな大好きむたぐー将軍閣下が、何故海軍所属なのかは別のお話で書きます。どうぞ気長にお待ちください。

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