『幸運のお守り』~わたし、エリアの広い座敷童になったみたいデス~
すごい久しぶりに勢いで書きました。
読んでいただけたら幸いです。
彼女が居ると栄える街。彼女が見捨てると滅びる街。それはもう歴然と。
その日、格式高い筈の王宮中央庭園でのお茶会の会場は、華やかに着飾った、それなりに身分の高い貴族の令嬢たちとその保護者たちで賑わい、まるでアイドルのサイン会場のような熱気に包まれていた。
齢14の王子様のために、国中から集められた年齢の釣り合う令嬢たち。
この国の成人は16歳。明らかに婚約者候補の選定開始の集い。
正妃に選ばれるのは身分の高い順に公爵・侯爵・上位の伯爵位の令嬢だろうけれど、側妃や、もうワンチャン妾妃ならイケる! と奮起する保護者サイドの欲望と、見目麗しく『神の子』と称される王子殿下の側に侍りたいと憧れる少女たちによる、凄まじい熱気と寵を競う水面下の鍔迫り合い。
春先だってのに、熱中症になりそう。ドリンクほしい。でも目立ちたくない。
こういう場合、目立ちたくないなら壁の花になるのが良いと思うじゃない。
そもそもガーデンパーティのどこらへんに壁があるのよ、ってのは置いておいて、先程の作戦は、もう既に義妹が実行済みなのよ。
それも、他の令嬢たちと差をつけて、私は王子殿下に興味なんかないのヨ、
宮殿のお花ってホント綺麗ねぇ~~あ、蝶々~~の、態で王子が掛かるの待機。
それはもう狡猾な釣り人のように。
義妹の記憶に基づいたシナリオ織り込み済みの計略。
設定によると、見目麗しく才長けた捻くれ我がまま王子殿下は、チヤホヤされるのが当り前生活なので、
無視されるのが酷く新鮮だった模様です。
ドMナノカナ?…ゲフンゴフン。
ちなみに、チヤホヤ、の語源は、「蝶や花や」。
明治28年から連載された樋口一葉の『たけくらべ』の一節に「十七八の頃までは蝶よ花よと育てられ」とあるように、ご存知「蝶よ花よ」ですね。
これはどうも元々「花や蝶や」を江戸っ子が入れ替えた挙句に、江戸前のせっかちで短縮言葉にしてしまったもののようです。
まあ、警官の制服→角袖カクソデ→クソデカ→デカ、な江戸前語ですから。
「花や蝶や」の使われた古い記述は、十世紀末の平安京。
後ろ盾だった父兄を喪い、一度は出家したものの一条帝の寵愛で再び皇后となった和漢の才ある聡明な定子が、ライバルである『源氏物語』の紫式部をお抱えにした彰子に帝と周囲の関心を持っていかれて、寂しい思いをする日々、それでも忠勤に励んでくれていた清少納言に詠んだ歌「みな人の花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける」(世間の人達が皆して蝶よ花よと美しいもの←この場合、流行りもの、かな、に惹かれていく中でも、あなただけは、私の気持ちを分かってくれているのですね)。
女の友情、尊いっ。
でもって、紫式部も「夕霧」の中で「異事の筋に、花や蝶やかけばこそあらめ、わが心にあはれと思ひ、もの嘆かしき方ざまのことを~云々」(関係のないことをただ文学的に綴り、花とか蝶とか言っているだけなら白けた目でしか見れないけれど~)う~ん、これって定子の歌へのリスペクトかな? 清少納言への当てつけかな? (笑)
この時代の宮廷のそこそこ学と身分のある女官に生まれたかった。
面白そう過ぎる~。
あと平安時代後期以降の作品とされる『堤中納言物語』でも有名な『虫めづる姫君』の一節。「うらやまし花や蝶やといふめれどかは虫くさき世をも見るかな」と若い女房が、(いいなぁ世の中の姫さまは蝶よ花よと美しい世界に居るのに、なんで私はこんな毛虫とかの虫臭いところに居るんだろ)と嘆いて、年嵩の女房に怒られるという流れ、とかでも「蝶よ花よ」は、使われているの。
私も、ここじゃないところに居たかった。
「「「「「「殿下~、こちらを御向きになって~~」」」」」」
とりどりに着飾った令嬢の群れから黄色い歓声が上がる。
あ~~コッチ見んなヨ。
「「「「「「素敵! 今日も麗しいですわぁ~」」」」」」
わたくしをご覧になったわ、いいえ、わたくしよ!
姦しい周囲に同化して、口パク。
存在感をコントロールして、そこに居るけれど、個として認識されないレベルに固定。
ミーハー集団に紛れて身内にさえ見つからないように身を隠す。
木の葉を隠すなら森の中へ、人が隠れるなら人の中ってなもんです。
魔法のある世界って便利だねぇ。
ホントなら、こんなお茶会だか、ファン交流会だか分からないモノに参加したくなんてなかったヨ、切実に。
あ、江戸前だの、平安宮廷だので、とうにお分かりでしょうが、私は異世界転生者デス。
なんかね、締切のある仕事をしていた朧げな記憶があるのが最後なの。
連徹でテンション可笑しくなって「いけるいける、お前はまだ全力を出し切ってない」とか叫びながらキーボード叩いていたところまでしか覚えてないから、全力出し切っちゃったんだろうねぇ。文字通り命懸け。
で、普遍的な白い空間に現れた人影に「希望は?」って聞かれたので、「幸運のお守り」て答えちゃったの。多分直前まで縁起物について調べていた資料を見ていたからだと思う。
要は、ナニモ考エテ、イナカッタ。
結果として、現在この国で『神の子』とされているものの正体は私デス。
神様の鳥といわれる七色の瑞鳥が現れた日に生まれたから、王子殿下が『神の子』認定されてますが、あれは、私がこの世界の母親の胎内に宿った日なんデス。
鳥本人が言っていたから間違いない(笑)。
『神の子』、正確には『幸運のお守り』というギフト。
この世界では稀にしか得られない創造神からの贈り物が、生まれつきのギフトなんだそう。
ギフト持ちは国が抱え込みたい存在なんだって。
ヤだ、ソレ、面倒臭い。
私、せっかく記憶持ちに生まれた今生は、まったり生きていくって決めているんだから。
間違っても命懸けで全力出したりなんかしないっ!
だいたいさぁ、欲しかったのは「幸運のお守り」であって、私が「幸運のお守り」になることじゃなかったんだヨ。神様の勘違いだよ。
なんかこーラッキーグッズで憂いのない幸せ生活~~みたいなのを夢見ていたのに、実際は、結構世知辛い。
生みの母はこの国と魔物の森との境界を守護する辺境伯の娘だってのに、一応伯爵である父親は、同じ爵位でも相手の家が上位なのが気に入らなかったのか、それとも政略結婚なんて真実の愛じゃないやいって言い張るレベルのお馬鹿さんなのか、幼馴染の男爵家の妾の娘との間に私と同い年の妹を仕込み、産褥熱で儚くなったお母様の遺体を辺境伯領に送り返した挙句、直後に、その女と再婚、後から生まれた義妹を溺愛している。
どうせなら、赤ん坊だった私も辺境伯領に送ってくれたら良かったのに。
なんかね、国は辺境伯の血を引く者を王都に置いておきたいんだって。
力ある辺境伯家への人質みたい。すごく家族愛と結束の固い家だからね。
伯爵家はソレによって王家に恩を売って、今回は愛娘(もちろん義妹)を売りつける魂胆なんだね。馬鹿なのにずる賢いねぇ、ホント。
でね、さっき話に出てた瑞鳥が舞った日に、父親の伯爵は、当時は愛人だった義母の男爵妾娘とねんごろしてたんだって。
だから、真の神の子はうちの娘(義妹)だ、って一応は人目を憚って屋敷の中で言ってるけど、馬鹿だよね。
あと、正妻こました足で愛人抱きに行くとか最低。
モゲレバイイノニ。
義妹も王子もギフト持ちだから、誤解するのも仕方ないんだけどね。
何故ならこのギフト、所持していることまでは神官とかの鑑定の魔法持ちの人なら読み取れるんだけど、内容は不明。
絶対に詠めない。文字化け乙。
理由は、神様言語で書かれているから。
なんでそんな不親切設定なのかというと、ギフトって神様にとっては、あ、そうそうここにあったわ~というメモ書き程度のものだかららしい。
メモまで翻訳しないよ~みたいな。
私は、神様が「勘違いのお詫び~」って補助役に付けてくれた元瑞鳥、現在は白い文鳥姿のズイちゃんに、教えてもらったから。
王子のギフトは『一応メインヒーローだって(笑)』。
義妹のギフトは『転生乙女ゲーヒロイン(笑)』。
義妹、同郷出身らしいヨ。
本人希望の、記憶持ちで乙女ゲームの世界転生。
なんと、ここは、乙女ゲームの世界でもあるんだって。
今のこの国限定みたいだけど。
この世界って、神様の遊び場なのかな。
で、義妹ヒロイン(笑)。
「ここが舞台の乙女ゲームをやりつくした」とか、「攻略はバッチリ覚えているわっ」とか、滅茶苦茶に不審者丸出しなことを屋敷の庭で叫ぶので、一見清純派美少女が台無し。
しかも基本怠け者みたいで、貴族のマナーやら国の歴史やら魔法の基礎訓練やらの地道な努力を一切しない。
ヒロインのパラメーター上げはミニゲームクリックでオッケーとか口ずさんでいたけど、ここはゲームの舞台だけど、ゲームじゃない世界だからね。知らないよ。
『見当違いな信仰の大神官候補生(笑)』
『真理を目指すノーコン魔法使い(笑)』
『将来有望な宰相、の息子~(笑)』
とかが居るファーストシーズンが、今始まるところらしい。
「攻略対象は、なんと最大12人」とかズイちゃんも言ってたけど、興味ない。
1ダースの恋人作ってなにするの?
男主人公ならともかく、ねぇ?
面倒ごとのかほりしかしないわ、離脱一択だわ。
おつむは現世の父親に似てお目出度いのか、私も転生者とか一切思い付かないらしく、「お姉様は悪役なんて可哀想~」て顔を合わせる度にマウントしてくる妹によると、残っていても悪役が振り当てられるらしいから、まっぴらごめんだわ。
そう、私は今日、ランナウェイするのですよ。
今住んでる王都の伯爵邸では乳児期から軟禁てか、半監禁生活だったからねぇ。
ズイちゃんに伝書文鳥してもらって、辺境伯家と連絡を取り合い、こっそり息のかかった側仕えとか、家庭教師を派遣してもらい、転生チートな魔法の腕を磨き、チャンスを待ってました。
どうもね、私が居るだけで、『幸運のお守り』効果で、ソコが栄えるんだとか。
実際、生れてからやたらと伯爵家の羽振りが良くなったり、王都の屋敷の両隣りの家で吉事が続いたり、ウチの屋敷のある一角の雰囲気が良くなったり、街中の人の体調が良くなったりと、私の成長に合わせるように、効果範囲が広がって行き、現在は、ほぼ国の半分が……。
ドウシロッテイウノヨ……。
まあ、面倒な評判は『神の子』王子に押し付けられてるから。
知~らない。
ただ要領と目端の利きだけでのし上がってきた義母には、何か感じるところがあるらしく、常々私を屋敷から出さないように、私に逃げられないように、自分の配下の者に見張らせているのよね。
だから、半監禁。
自分の娘とあからさまな差をつけて、食事は自分たち親子三人仲良く食堂で、私は使用人たちと使用人の食堂で食べさせたり(おしゃべりやら情報収集楽しかった)、服は妹のお下がりだけだったりするけど(汚れても寝転んでも気にすることないから楽ちん)、まあ暴力を振るわれたりはしない。
それとは別に、私の養育費名目で大金をふんだくられている辺境伯家の伯父様は、ものっそい憤ってましたけども。
横領は駄目だよね。
でね、今回の私と義妹への王家からの招待は、渡りに船だったの。
お妃なんて絶対に嫌だけど、このままウチに閉じ込められたまま悪役にされたり、父親の変な人脈で結婚させられたりとか、冗談じゃないもの。
王家からの招待じゃ参加しないなんて反逆罪を疑われてしまうからね。
必然的に、生まれてから数回目の外出が、公然と叶った訳ですよ。
「ここに居たのか、お姫様」
ズイちゃんを肩に乗せた辺境伯の嫡男の従兄が、精悍な相貌を緩めて笑う。
「お兄さまが来てくださったの」
忙しい方なのにわざわざありがとうございます、を込めて微笑み返す。
「愛する従妹で大事な『幸運のお守り』を迎えに来るのに、私以上の適任者なんか居ないよ。まあ、父上は自分が行くとゴネていたけどね」
「伯父様が来られては、流石に王家に気付かれてしまいますわ」
「だよね。さ、なんだか騒ぎが起っているようだから、今の内に出よう」
あ、王子が釣れてる。(笑)
ズイちゃんが出会いのスチル~~とか言ってる。
確かに見かけだけは美しいわ。
美少年と美少女が、花々と蝶々バックにこんにちは。
義妹のフィッシングが成功して、そちらに耳目が集まっているうちに、
従兄の迅速なエスコートで、私たちは王宮を脱出。
伯爵家に潜入していた辺境伯領の人達をも引き連れて王都を後に、
すたこらさっさと辺境伯領へ引き籠った。
さあ、まったり生きるぞお~~!
乙女ゲームの結末も、国の行く末も、そもそも私には関係ないない。
私が辺境に来てから魔物の被害が激減して領地の開拓が随分進んでいるんだって。
居なくなった魔物はドコへ行ったのかな?
『幸運のお守り』って範囲の広い座敷童みたいね。
そこに居ると栄えるけれど、去って行かれた場所は衰退していくの。
まあ、私自身がコントロール出来ない神様の勘違いギフトなんだし、知~らない。
≪了≫
愉しんでいただけましたでしょうか。
読んでくださってありがとうございます。