修行パートはあっさりと
前回までのあらすじ
平凡なサラリーマンが迷い込んだのは男少女多の世界!彼は迷い込んで早々女性たちに襲われボロボロになりながらも逃げきるが、女性恐怖症を患ってしまった。
真横に広げ、肘のところで直角に曲げた腕をゆっくりと体の正面に持ってくる。自身の筋肉量に合った重しが上がり、大胸筋が悲鳴を上げる。伸ばした腕を閉じたときよりもゆっくりと開き1回を終える。それを黙々(もくもく)と続ける、本日の目標は17回を3セット。
今使っているトレーニング器具はバタフライマシンと言って、器具を使った筋肉トレーニングをやったことが無い人でも一度は見たことが有るのではないだろうか?ベンチプレス、ルームランナーと並びかなりメジャーな筋トレ器具だ。
無駄に広いトレーニングルーム、なのに人っ子一人いないガラリとした空間で孤独にトレーニングに打ち込んでると寂しさを感じてしまう。
「流石にこのだだっ広い空間を一人で使うのもな・・・」
この男性専用のトレーニングルームは男性専用のマンションに併設にされた施設。恐らく使われないであろう設備に建築者は何を思って設計したのだろうか?と言うのも、この男女比が1:30と言う何とディストピア一歩手前の世界。一人暮らしの男性、と言うのもかなりの希少種だ。
この世界の男性はとても貴重だ、資源と言っても過言ではない。だから、生まれてから大切に扱われる。結婚するまでは母やもしかしたら父と一緒に暮らし、結婚してからは妻の家で暮らす。このマンションに住んでいような一人暮らしの男性は俺のように身寄りが無い奴か、家族にすら拒否反応を起こす極度の女性嫌い位しかいないもんだ。
と言っても、そんな例外は希少な男性の中のさらに希少な部分。男性専用のマンションだって、かなり広大な国土を持つこの国でもこの一棟しか存在しないのだ。
そして、男女比が極端に偏った世界は男女の価値観すらも異なってくる。男性は家で家庭の仕事をするようになり、女性は男性を守るために外に仕事に出る。
体を鍛えると言う女性がすること、そんなことをする殊勝な男性なんて俺か『教官』ぐらいしかいないだろう。
と、噂をすれば影。部屋の入口に筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男性が現れる。
身長190cm 髪は茶 筋肉モリモリマッチョマンのへ・・・と、どこぞのコマンドー部隊を率いてそうな屈強な白人男性だ。
こんな世界ではこんなガタイのいい男性は珍しい・・・と言うか、おそらく彼しかいないだろう。
先述した通り、この世界の男性は家庭の仕事を担うようになり。あまり運動をしなくなった。それに外に出れば襲われると言うこともあり、外には出ずに引き籠ることが多い(と言うか、家族が出してくれないだろう)
他にも様々な要因はあると思うが、そのせいでこの世界の男性は痩せているか、はたまた太っているような人が大多数なのだ。
「やぁ、少年、今日も元気そうだな」
そんなことを思っていると先方から声がかかってきた。
HAHAHA!と今にも聞こえてきそうな力強いバリトンボイス、まさに元の世界でいうアメリカンを体現したかのような男性だ。
「教官のほうも元気そうですねっ」
二セット目に入ったバタフライマシンを閉じながら答える。
「相変わらず余所余所しいぞ少年、もっとフレンドリーにジョンと呼んでくれないか」
彼の名前はジョン・アームストロング、如何にも強そうな名前だ。まさに名は体を表すと言ってもいいだろう。
本当は教官じゃなくて大佐で呼びたい所だが、彼には従軍経験が無い。元の世界での自由の国では女性の兵役が無いように、この世界では男性の兵役義務が無いのだ。
「それを言うならっ、少年呼びをやめてくださいよっ」
「HAHAHA!それはできない相談だな。君はどこから見ても少年じゃないか?未だに23歳と言うのが信じられないよ」
やはりアジア人は幼く見られてしまうのだろうか?
「しかし、噂通り群島出身は勤勉なのだな!もう半年になるが毎日来るとは驚いたよ」
実のところは日本と言う島国から来たと言いたい所だが、そんなことを言えば「Nice joke」と嘲笑で一蹴されてしまうだろう。
なので、この世界のナントカ群島出身って事で教官の言葉に合わせている。未だに国名が思い出せない、早く地理を覚えないと・・・
「それを言うならっ、教官もそうでしょうっ?」
そう思いつつも辛くなってきた三セット目後半、息も少し絶え絶えになりながらも反論する。
すると、教官はふと遠い目をしながら呟いた・・・
「体を鍛えないと妻達の抱擁に耐えれないからな・・・」
「あっ・・・」
どこぞの上院議員のような銃弾を筋肉で弾きそうな肉体を軽く上回るのがこの世界の女性の恐ろしい所、彼の奥さん達はボクシングを始めとするこの国のトップアスリート達・・・そんじゃそこらの男性じゃあ、彼女らの本気の『愛』には負けてしまうだろう。乙女は強くなくっちゃねとは言っても流石に限度があると思いたい。
「それにしても君も大分と鍛え上げたな。そのナイスバルク、西でトップスターも本気で目指せるのではないか?」
大陸の上に国があり、とても広い国土を有するこの国には地方によってさまざまな特色がある。例えば西の方には教官が言ったように映画産業が主軸で前の世界で言うハリウッドと言った所があったりする。
「勘弁してくださいよ教官、俺は・・・」
三セット目最後の一回を終えバタフライマシンから立ち上がる。
この施設で彼と出会って約9ヵ月、この世界に来て約1年・・・女性に対するトラウマを負った俺はどうすれば迫りくる肉食女子に対抗できるかずっと考え続けていた。
そしてその答えの結果が今、ここにある。
「自分自身を守るために鍛えたのですから」
この世界に来たときは息で吹き飛ぶような藁の体だったが・・・見事な逆三角形の背筋にしなるような上腕二頭筋、六つに割れた腹筋と例え飢えたオオカミが来ようが弾き返せる。レンガよりも強靭な鋼の肉体を手に入れたのだ。遺伝の問題か元の世界では細マッチョと呼ばれるような体だが、教官の指導のおかげで見た目以上に筋肉を付けることができた。
そう、精神面で勝てないのであれば肉体面で勝てばいい。それが俺の出した結論だった。
織部「もう何も恐くない」
次回更新は2日後?の予定です(もしかしたら早くなるかも?)